26 同級生のお家に初めて行く
到着したエヴァレット家の別邸は、王都の一等地にあった。
大きな門が厳かに開き、出迎えてくれた執事さんが恭しく一礼する。
広い敷地の中を迷いなく歩くヴィクトリカの後に続く。
「この別邸は、大学に通いながら少しでも効率の良い練習をするために作られたの。エヴァレットは常に勝利する。一切の妥協なく、万全の準備をするのがエヴァレットのやり方。私たち一族には最高の環境が与えられているの」
見えてきたのは最新式の屋内練習場だった。
施設の周囲には魔法障壁が張り巡らされ、中で放たれた魔法が外に出ないようになっている。
(すごい、こんな施設初めて見た……!)
瞳を輝かせて見つめるアリア。
二十五メートルプールくらいの大きさの部屋の中で、ヴィクトリカは斜め後ろに立つアリアに振り返った。
「まずは私の魔法を見せるわ」
ヴィクトリカは部屋に備え付けられた機材の電源を入れる。
感じたのは魔力の気配だった。
部屋の奥に七枚の魔法障壁が重なるように展開されている。
〖あれは何?〗
「あらゆる魔法に強い耐性を持つ魔法障壁。近くで見てもらうのが一番わかりやすいと思うから」
ヴィクトリカは背中を向けたまま、長い髪を揺らして言った。
「しっかり見てなさい」
ヴィクトリカは魔法式を起動する。
鮮やかな赤い光が室内練習場を染める。
「散る、散る、散る。落ちる、満ちる、落ちる。其は紅蓮の並木。咲き誇る火焔の華」
朗々と歌うような声が響く。
「花は開く。花は咲く。花は歌う。はらりはらりはらり。限られた刹那の光。舞う生命の炎」
一切の省略をしない完全詠唱。
「其は焔の森の満開の下」
魔法陣が幾重にも展開する。
「十一枚」
真紅の花びらが十一枚現れる。
満開の花が咲くように展開する魔法式。
「百二十一枚」
焔の刃が百二十一枚現れる。
展開する魔法式が空間を埋め尽くす。
「一万四千六百四十一枚」
花びらが一万四千六百四十一枚現れる。
「――散華」
それは空間を塗りつぶす炎の花びらの群れだった。
一切を切り刻む刃の鋭さと、触れたものを焼き尽くす火焔の破壊力を伴ったそれは、アリアの眼前に広がっていた魔法障壁に向けて目にも留まらぬ速さで炸裂する。
屋内練習場が揺れる。
柱が軋み、天井から擦れるような音が響く。
魔法障壁が激しく明滅する。
なだれ込んで爆ぜる火焔の赤い濁流。
強固な魔法障壁が次々に破砕し、部屋の最奥にある石造りの壁に亀裂が入る。
「また壊しちゃった。叔父様に怒られるわね」
肩をすくめて振り向いたヴィクトリカが見たのは、クリスマスの子供のように目を輝かせたアリアだった。
〖すごい! かっこいい!〗
「別に、このくらい普通でしょ」
〖普通じゃないよ。魔法式にも詠唱にも数え切れないくらいたくさん工夫がしてある。特に、全体を繋げている第二補助式の構造がすごく綺麗で好き。あの形にはたくさん失敗しないとたどり着けない。積み重ねてきた試行錯誤が作る美しさがいいなって!〗
夢中で氷文字を展開するアリア。
ヴィクトリカは低い声で言った。
「……初見でそこまで」
少しの間何かを考えるように押し黙ってから続けた。
「今度は貴方の番よ」
〖でも、壊れちゃったんじゃ〗
「大丈夫。貴方の魔法でどうにかなるような設備じゃないわ」
ヴィクトリカの言葉に、アリアはうなずく。
〖わかった〗
アリアは魔法式を起動する――
「なかなか興味深い魔法でしたね」
執事の言葉に、ヴィクトリカは表情を変えずに言う。
「そうね。正直に言って予想以上だった」
淡々とした口調で続ける。
「全部独学で普通の詠唱魔法が使えない子の魔法なんて、底が知れてるとどこかで思ってた。間違っていたわ。無詠唱での振動魔法というその一点において、あの子の魔法はこの国でもトップレベルの出力まで到達してる」
瞳の先には、練習場の壁だった残骸が広がっている。
幾重にも入った亀裂と穴が衝撃の大きさを物語っていた。
「お嬢様も全力を出せばあれくらいは」
「全力を出さなくてもできるわよ。でも、あの子も全力を出してない」
ヴィクトリカは言う。
「あの子、私があの魔法で一番苦労したところを言い当てたの。一度見ただけでよ。お母様でもそんなことはできない」
「それだけ深く魔法を理解しているということでしょうか」
「魔法式の細部や全体の構造についても並の理解度じゃないわ。でも、それ以上に問題なのは、あの子が詠唱魔法を使えないってこと」
ヴィクトリカは嫌そうに顔を歪めて続けた。
「使えない魔法に対して、並の魔術師をはるかに超える知識量を身につけている。それも全部独学で。魔法式を見ればわかったわ。あの子は多分、私よりも多くの時間を魔法に捧げている。幼い頃から、人生のすべてを魔法に捧げるように強制された私よりも」
ヴィクトリカは言う。
「信じられない。いったいどれだけ魔法漬けの人生を送ってきたのよ。最悪だわ」
真っ直ぐに沈んだ夕陽の残滓を見つめて続けた。
「だとしても、私は絶対に勝たないといけない」




