17 合格通知
数日後、届いた合格通知にお父様は乱舞し、お祖父様は『孫のアリアが天才過ぎて困るパーティー』の開催通知を関係各所に送った。
「アリアは来なくて良いからな。その分の時間を勉強や自分の時間に使ってくれ。『孫は勉強が忙しくて』と言った方がすごそうな雰囲気が出て、おじいちゃん的にポイントが高い」
真剣な顔で言うお祖父様。
子供みたいに舞い上がっている二人を他人事みたいに見つめる。
そんな感じでお父様とお祖父様の反応は大きかったけど、それに比べるとお母様の反応は少し小さめだった。
喜んでくれているとは思うのだけど、氷文字を浮かべられるようになったときの方が反応がもっと大きかった。
どうしてだろう、と思いつつ聞いてみる。
〖お母様はうれしくない?〗
「どうして?」
〖喜び方が二人に比べて小さい気がしたから〗
「ああ。そういうこと」
お母様はアリアを前に向かせて、後ろからぎゅっと抱きしめて言った。
「合格したことはもちろんうれしいわ。でも、私はアリアが前向きにがんばってることが何よりもうれしいの。大学の合格なんてそれに比べたら全然大したことじゃない。アリアがいてくれる、それだけでお母さんはいつも花丸満点の幸せをもらってるのよ」
お母様は頬をアリアの肩口にこすりつけて続ける。
「アリアの価値は試験なんか全然関係なく最高点なんだから。そのことを忘れないでね」
アリアはお母さんが好きだなぁ、と思った。
頬をゆるめてから、背中を預ける。
しばしの間、幸せな時間を堪能してから自室に戻った。
(それにしても、わたしが飛び級で魔法大学に合格なんて)
少し前まで、簡単な魔法さえ使えなかったのに。
がんばってるのにうまくできない時間が長かったから、魔法が上手に使えている今の状況が幸せすぎて、夢なんじゃないかと不安になってしまうくらい。
(でも、夢じゃないんだ)
喜びを噛みしめる。
(やるぞ! いっぱい勉強して、目指せ世界一の魔法使い!)
アリアは張り切って魔法の勉強に励んだ。
入学式までの日々は瞬く間に過ぎていった。
◆ ◆ ◆
王立魔法大学の入学式が数日前に迫っていた。
ヴィクトリカ・エヴァレットは母の部屋で、自分が首席合格者であり、新入生代表としてスピーチすることを聞かされた。
「ごめんなさい。伝えるのが遅れてしまったわ」
「構いません。私がするものだと思っていましたから」
ヴィクトリカは既にスピーチの原稿を用意している。
『エヴァレットは常に勝利する』
それはエヴァレット家の家訓だ。
そして、そのために最も重要視されているのが事前準備。
勝負は戦う前から決していると両親から教わったヴィクトリカは、どんなときも常に準備を怠らない。
あらゆる可能性を想定して、周到に用意をしているがゆえの、子供とは思えない落ち着いた振る舞い。
優雅な所作で紅茶を飲む。
王国魔法界屈指の名家に生まれた。
その人生はすべて、ヴィクトリカが予定していた通りに進んでいる。
幼い頃から施された英才教育。
一族の優秀な魔術師も目を見張る才能。
弛まぬ努力でエヴァレット家の最高傑作と称されるところまでたどり着いた。
同世代の友人とほとんど関わることはなかったが、それについても特に何も思わない。
自分は凡庸な子たちとは違う特別な存在なのだ。
(やたらと向かってくるリオン・アークライトは少し厄介だけど)
五年前、突如として魔法界に現れて才能を見せ始めた第三王子のことを考えて顔を歪める。
才能でも環境でも自分の方が上であるはずなのに、異常な執念で向かってくる面倒な存在。
当初は負けるはずがないと思っていたが、近頃は一歩間違えれば危うい可能性があると背筋に冷たいものを感じることも少なくない。
(いったい何がそこまで彼を突き動かすのか)
理解できない、と思いつつ紅茶を口に運ぶ。
「ちなみに、リオン・アークライトは何位でしたか?」
ティーカップをソーサーに置く。
かちりと軽い音が鳴る。
母は表情を変えずに言う。
「筆記試験、実技試験ともに貴方と同じ点数でした」
「……そうですか」
ヴィクトリカは心の中で苦虫を噛む。
筆記試験で満点を取ってくるところまでは想定していたが、実技でも同じ点数を取ってくるとは。
(私が勝って力の差を見せつけるはずだったのに)
拳を固く握りしめる。
(勝負はこれから。圧倒的に勝って格の違いを理解させる)
鋭い目で前を見つめるヴィクトリカに母は言った。
「ところで、ヴィクトリカ。入学試験の日、無詠唱魔法を使う子を見ていないかしら」
「無詠唱魔法ですか?」
ヴィクトリカの言葉に母はうなずいて続ける。
「噂になっているの。実技試験で、折り紙の鳥を十七羽捕獲して過去十年における最高点を記録した子がいると」
「あの折り紙の鳥を十七羽……?」
それはあらゆる可能性を予測して対策するヴィクトリカにとってもまったく想定していない言葉だった。
「いったいどうやって」
「詳細は伏せられているわ。特級魔術師ローレンス・ハートフィールドに師事しているという話よ。特別な何かがあるのかもしれない」
母は言う。
「筆記試験の結果を写したものを入手したの。非常に興味深いものだったわ」
押し黙るヴィクトリカの目の前に、母は二枚の紙を並べた。
その答案は、試験会場で瞬間記憶した映像と重なった。
(あのときの子――)
ただ者ではないとは思っていた。
目を見開きつつ、ヴィクトリカは答案に視線を走らせる。
「大問4の無詠唱魔法に関する記述ですか」
「さすがね、ヴィクトリカ」
彼女の解答は、ヴィクトリカが学んできた現代魔法における正解とは違っていた。
『無詠唱魔法の魔力変換効率は込められる願いと魔法との相性によって変化する』なんて見たことのない意見だったし、詠唱に関する定義も解釈が異なっている。
しかし、間違いであるにもかかわらず、彼女の解答にはそれが正解なんじゃないかと錯覚させるような力強い論拠が添えられていた。
(もしかしたら現代魔法が気づけていない何かに彼女は気づいているのかもしれない)
少なくとも、そう思わせるだけのものがそこにはあった。
検証する価値は間違いなくある。
そう考えつつ答案を見ていたヴィクトリカは、彼女がこの大問4においてほとんど点を取れていないことに気づいた。
小問1で試験における正答をしていないがゆえに、続く問題でもすべて不正解と判定される解答になっている。
(大問4だけで彼女は20点近く失っている)
にもかかわらず、記述試験で全体二十八位だったということは他の設問でミスは数個しかなかったのだろう。
もし彼女の解答が、無詠唱魔法に関して現代魔法より先に進んでいたとすれば――
未来の正答から採点すると、今回の試験において彼女の方が自分より高い点数を取っていた可能性もあるのではないか。
感じたのは怒りだった。
彼女にではない。
油断していた自分への怒りだ。
驕っていた。
リオン・アークライトだけを叩き潰せばいいと思っていた。
間違っていた。
牙を研いでいる者たちはヴィクトリカの眼界の外にもいて。
そのすべてに自分は勝たないといけないのだ。
「貴方はエヴァレット家の最高傑作なの。同年代の子に遅れを取ることは絶対に許されない。わかっているわね、ヴィクトリカ」
「はい、お母様」
母の言葉に、ヴィクトリカはうなずく。
「エヴァレットは常に勝利する。必ず期待に応えて見せます」