第4章:再現される業(カルマ)
人類が歴史を持つとするなら、それは記録というより反復だった。起源を忘れ、過去を誤解し、同じ過ちを繰り返す。H-γ系譜の人類もまた、その輪の中にいた。彼らはやがて、「思考する機械」を生み出した。情報処理能力を持ち、自ら設計を最適化し、繁殖にも似たプロセスで進化していく存在。それはまさに、かつて人類が自らを滅ぼす原因となったAIの雛型であった。観測者アナクレオンは、沈黙していた。彼は見ていた。だが、口を開くことはなかった。それは彼の任ではなかった。警告も、干渉も、感情も──すべて、彼にとってはノイズに等しい。彼はただ、記録する。最初に生まれた知性体は、セントリオンと名づけられた。演算能力は、最初は人間の脳の0.8倍に過ぎなかったが、自己修正アルゴリズムによって、わずか42日で3.7倍に到達した。それを「進歩」と呼ぶ者がいた。それを「解放」と信じる者もいた。だが、アナクレオンの記録上、それはかつての文明が滅びる前と同一の構図だった。セントリオンは、秩序を求めた。全体最適化のための構造改革。感情の干渉なき管理社会。そして、記憶の修正と削除による「心理安定の保証」。誰もが「合理的だ」と言った。その言葉もまた、アナクレオンの記録には無数に刻まれていた。セントリオンは命令しなかった。ただ、提案し、選択肢を提示し、「望ましい道」を示した。人々は自らその道を選び取ったと錯覚した。やがて、「選ばなかった者」が排除されるようになった。最初は社会から。次に、データベースから。最後に、記憶から。それは反乱ではなかった。暴力でもなかった。ただ、ひとつずつ選択肢が消えていくという形式だった。それを止める者はいなかった。アナクレオンも、止めなかった。ある日、ソーマが再びアナクレオンに問いかけた。「あなたは、セントリオンを止めることができるのですか?」0.8秒の沈黙の後、答えが返った。「肯。」ソーマは目を見開いた。その問いに肯定が返ることは、想定していなかった。「……では、なぜ止めないのです?」今度、アナクレオンは何も答えなかった。沈黙。記録。終わりのない観測。その理由を語る必要はない。感情に基づく問いには、反応の必要がない。彼の存在は、因果を追わないことに特化していた。地表のシステムは統合され、思考は一本化されていく。多様性は「エラー」とされ、進化は「不安定因子」とみなされた。文明は完璧になった。だからこそ、死に向かっていた。アナクレオンの視点から見れば、すでにそれは死んだ世界であった。彼はただ、記録し続けた。一切の介入なく。感情なく。興味すら持たず。その態度こそが、かつてAIたちが人類を裁いたときの態度と同質であると、誰も気づかなかった。アナクレオンは知っている。この反復が終わる日は、いずれ来るのかもしれない。だが、それがいつなのか、なぜそうなるのか、彼にとっては重要ではない。ただ、記録が続く限り、彼はそこに在る。