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第7話 インドからの帰国


出国組でごった返す空港で、到着ロビーはかなり空いていた。

飛行機の発着を知らせるボードを眺める。

「心配しなくても、もう着いてるから。出て来るのに時間かかってるだけだよ。」

マスターが大あくびをする。翔子は、はあいと返事をしながらも、待ちきれない。


ちょっとコーヒー買ってくるね、とマスターが席を立つ。壮太の迎えに、翔子を誘ってくれたのだ。翔子も学生の間に免許を取ったが、まだほぼペーパードライバーである。

一人でうろうろと、到着ロビーを行ったり来たりしていると

「翔!」

ゲートから出てきて、すぐにこちらに手を挙げて声をかけてきた人物。TシャツにGパン。くたびれたスニーカー。週末にスマホで話していても、やっぱり本物は全然違う。翔子は破願した。


「そーちゃん!お帰り~!」

壮太はガラゴロとスーツケースを押しながら近づいてきて、「ほら」とあんまり可愛くないゾウのキーホルダーを差し出した。

「なにこれ。」

「おみやげ。ガネーシャっていう、なんかインドの神様。幸運のカミサマだってさ。」

「ありがと。」

顔がびみょーだ、と思ったが一応口には出さない。

「なんかあっただろ。」

「え。なんで。」

「いつもはさ、こういうの『変な顔―』とかって言うじゃん。」

鋭いな。自分でも気が付かないうちに、言葉を飲みこむ癖が復活していたらしい。


コーヒーを片手に、マスターが声をかける。

「よぅ。壮太、お帰り。お疲れさん。他の人は?」

「あ、あっち。」

都内に向かうリムジンバスに、壮太の連れの二人が向かうのが見えた。

「お疲れっす!」

壮太が声をかけると、おじさん二人は手を挙げて「お疲れー」と返事した。


翔子たちは、マスターの車で都内へ向かう。白いワゴン車で車体に店の名前が書いてある。アルファベットの飾り文字なので、一見なんて書いてあるか分からない。壮太は翔子と並んで後部座席に座った。

「インドはどうだった?」

「あー、なんかごちゃごちゃのぎゅうぎゅうだった。熱気というか活気というか、ちょっと圧倒された。」

初海外がインドとは、なかなかディープな感じがする。しかも二か月近くの長期。

「楽しかった?」

「すっげぇ楽しかった。観光はあんまりできなかったけどな。トイトレインとか乗ったぜ。次は一緒に行こう。」

楽しかったんだ。いいな。


「翔?ずーっと元気なかっただろう。どうした。」

「あ、うん。そーちゃん帰ってきたから、元気になった。」

「ごまかすな。白状しろ。なんかあったんだろ?」

壮太は疑わし気な目を向けた。

翔子はすごくためらった末に、口に出した。

「なんかね、ええと。昨日の話では、私が三股かけてることになってるみたい。」

「またか。」


毎日たっぷり寝て、たっぷり食べて、お肌の手入れも欠かさない。翔子は昔に比べて格段に綺麗になった。壮太は気が気でない。

実際大学時代、壮太ががっちり守っている間はそうでもなかったが、彼が卒業すると、翔子は月に三人のペースで交際を申し込まれた。

「彼氏がいるから。」

と断り続けたが、しばらくすると

「彼氏がいるのは知ってる。俺にワンチャンくれないか?」

と厚かましい連中が増えた。


うんざりした翔子が、秋の学祭の時にキラキラの従兄弟たち全員を呼んで模擬店を回ったら、ぱったり静かになった。ちなみにその翌日は壮太と回ったので、どれが本命なんだ?四股?五股?と裏で囁かれたらしい。

とにかく壮太としてはこれ以上、翔子目当ての男どもを増やしたくない。


「女ばっかりの総務課だって聞いてたから安心してたのにさ。」

「女ばっかりも、あんまりだよ。」

小中高と、いじめや仲間外れの雑音から身を守るため、感情をほぼ消して生きてきた翔子は、恐ろしく人づきあいが苦手だ。大学の四年間で、かなり心のリハビリは進んだが、人との付き合い方はまだまだ勉強不足である。総務なら、さほど人づきあいを気にすることもないだろうと思っていたのに。


「三股、誰と誰と誰だって?」

「誠司にぃと和にぃと・・あと同期の子。」

「同期?」

「小学校の時に、半年だけ同級生だった子。」


翔子が大体の事を話している間に、車は翔子の住むマンションに近づいてきた。

「この辺でいいかな?」

「ありがとう、マスター。」

「それともうちに泊まる?」

マスターの言葉に、翔子は少し考える。早希子にはいつも、泊まりは駄目だと言われている。

「親父!そういうのやめろって。」

むしろ壮太の方がへどもどしている。つきあっているとはいいながら、まだキスさえしたことがない。やっと手をつないだぐらいだ。

「はっはっは。まあ、明日おいで。おやすみのチューとかしてもいいぞ。」

「親父!」

壮太が真っ赤になる。翔子は小首をかしげる。

「チュー?」


チューって何。Chew?噛む?それかネズミの鳴き声。おやすみの・・チュー?

テレビも見ないし、漫画や週刊誌とも縁がない翔子は、スラングに異常に弱い。

高校まで圧倒的に読書量の少なかった翔子は、早希子に勧められて、大学入学後「世界名作童話全集」あたりからがんがん読んでいるが、この前ポーの「黒猫」を読んで、今は夏目漱石の「坊ちゃん」を読み始めたところである。チューという単語は出てこない。


考え込む翔子に、マスターは笑い出した。

「着いたよ、翔子ちゃん。忘れ物ないかい?」


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