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第5話 女子ロッカー室


翌日からは、やっと八時過ぎに出勤してもいいことになった。

よかった。

早希子に車で送ってもらった。

「七時半までに出勤なんて、おかしいと思ったわよ。今どきブラックなんて噂が立ったら、会社もおしまいよ。」

聞いたところ、早希子だけでなく従兄弟や祖父からも、早く調査しろと社長に意見してくれたらしい。

「道理でね。ここ数年総務課の寿退社率が高いと思ったのよ。子供が出来て退職ならともかく、今どき結婚して退職なんてないでしょ。」

なるほど。そういうものか。


早出をしなくてもよくなったのに加えて、男性社員たちが引き続き「〇〇課に届いた荷物とか、ある?」とやってきてくれるので、そこを全力の営業スマイルでお願いして、こちらもあっという間に片付いている。今まで相当時間を取られていたのが噓のようだ。

電話の取り次ぎの他にも、合間に様々な業務を覚えなくてはならない。が、時間がたっぷりできて余裕がある。

順調に仕事してますって感じがする。


「あー、あのちょっと背が高い子でしょ。」

「いつも能面みたいに表情ないのに、男と話すときだけめっちゃ笑顔になるの。」

「うわー。やな感じ。」

ある時、帰りに女子ロッカー室に入ろうとすると、そんなうわさ話が聞こえてきた。

私の事かな。私の事かもな。

ロッカー室に滑り込んで、いくつかある通路の端っこで、音がしないように扉を開け閉めする。


「宮崎君も、岡田君も見に行ったんだって。わざわざ総務部まで。」

「えー。だめじゃん。宮崎君取られちゃうよー。」

「嫌な事言わないでよ。大丈夫、見に行ったぐらい平気だって。」

笑顔、だめなのかな。

ささっとカバンを持ってロッカー室を出る。

宮崎君も岡田君も知らないが、なるべく笑わないようにしよう。


「この週末、何か予定あるのか?」

とある昼休み。今度も後ろに座った沢田に聞かれて、翔子は言葉に詰まる。

予定はある。週末はいつも、壮太と電話している。電波状態がよくないから、つながったりつながらなかったり。土曜の正午から午後二時までにつながらなければ、日曜の午後に試す。

でもそれを沢田に言いたくはない。

「あー。近所の喫茶店手伝ってるから、そこにいるかな。」

「へえ、どこ。」


いい加減しつこい。横から同期の広田が遮った。

「もー、やめなよ。彼氏いるって言ってるやん。しつこい男は嫌われるよ。」

「お前に言ってねぇだろ。ブスは引っ込んでろよ。」

「うわ。でた、ルッキズム。セクハラ。」

「なんだと。」

「あほんだらのたわごとはさぶいぼでるわぼけちゅーてんねん。」

えっなに?なに?なんか呪文のような物が聞こえた。びっくりして、広田の顔を見ていると。


「君たち、また揉めてるんだ?」

涼しい声がして、誠司が定食のトレーを、翔子の前に置いた。席に着きながらにこにこ話しかける。

「新人同士の仲が悪いの、困るなぁ。」

「あ、あ、いえ、仲が悪いって訳じゃないです。えーと、こっちの沢田君が、ずっと佐藤さんに構ってくるので、ちょっと困ってるんです。」

「あー、なるほど。」


相槌をうちながら、誠司は器用に定食のハンバーグを箸で切って、口に運んだ。

「営業二課でも噂になってるよ。美人の新人が総務に来たって。でもさ、これだけ美人なら彼氏もいるでしょ。なんで沢田君は、自分が口説けると思ってるわけ?」

沢田はぐっと言葉に詰まった後、

「あの、口説くってか、その、小学校からの友達なんで、普通に?話してるだけです。」

「そうなんだ。」

まあまあの大きさのハンバーグを五口ぐらいで食べきって、誠司はご飯に備え付けのふりかけを、がーっとかけた。

「まあ、仲がいいんならいいよ。でも小学校からの友達なら、相手の事も尊重しなくちゃね。困ってるって言ってるんだから。」

山盛りののりたまを、ご飯にまぜまぜしている誠司を、沢田は恨めしそうに見やり、

「すいませんっした。」

とぺこりと頭を下げて、席を立った。


誠司はのりたま混ぜごはんを、こっちは三口ぐらいで食べ終わり、席を立つ。

「もめ事は、大きくなるまでに火消ししとかないとね。何かあったら、人事に言うといいよ。ほら、坂井さんて君の学校の先輩でしょ。」

すっかり忘れていたけど、そういえば入社式にいた。前に壮太と噂のあった人だ。

「ありがとう。ございます。」

翔子はぺこりと頭を下げた。

「食べるの、めっちゃ早いですね。」

広田が思わず声をかける。誠司は笑った。

「忙しくてね。今日もこれから、成田まで会長の出迎えに行かないといけないんだ。」


ああ。お祖父様が、海外の視察から帰ってくるんだ。

翔子がぼんやり考えていると、誠司はウインクした。

「うるさいのも一緒だよ。大変だ。」

あ、そうだ。和兄ぃも一緒だった。

ぼぅっと誠司が歩いていくのを見送っていると、横で浦野が言った。

「やっぱり、美人は得よね。佐藤さんが絡まれているのを見て、助けてくれたんだ。」

「そーかなぁ。」


やっぱりコネ入社だって言ったほうがいいのかな。

「藤沢主任、彼女いないんだって。きっと佐藤さん狙いだと思う。」

「それはないって。今、彼氏いるって言ったばかりだし。」

「でもー。ここの御曹司だよ?イケメンだし。仕事できるし。玉の輿案件じゃん。乗り換えるなら今のうちよ。」

「ええええ。」


誠司はイケメンで優しいが、翔子の好みのタイプではない。

しかし、滅多に自分から女性に声をかけない誠司が美人の新人を助けた、という話は、その翌日のうちには営業部の女子の間で持ち切りになっていた。

「やっぱ、顔?」

「なんかがっかりだなー。そういう人じゃないと思ってたのに。」

「藤沢主任も、男って事よ。」

「あの佐藤って子、ビンボーで同期の間では有名らしいよ。」

「えー。何、今どき貧乏話で同情買おうってこと?それはちょっと許せないわね。」


女子ロッカー室の話は気にしないようにしているものの、翔子は居心地が悪い。

微妙に仕事量も増えているようである。


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