第4話 そして五月
従兄弟たちと旅行に行ったGWから明けて月曜日。
忙しいだろうなと覚悟はしていたものの、業務はむしろぐっと楽になった。
翔子が郵便物をあちこちの部署に配って回ったことで、今年の新人に、超美人がいると話題になったらしい。男性社員が大勢、朝イチで総務に顔を出して、何か用事ある?と話しかけてきたので、これ幸いと、総務に届いた郵便物や小包を引き取ってもらう。
「もし時間があったら、明日も総務に寄ってくださいね。」
なんて翔子に微笑みながら言われて、みんな鼻の下を伸ばして帰っていく。
「ちょっと佐藤さん!無精してどうするの!」
森田が怒るが。
「でも皆さん、取りに来てくださるので・・・。」
翔子には堪えない。
他にもパソコン作業や、会議室の管理など、憶えなくてはいけない仕事が結構ある。手の空いた社員に郵便物を取りに来てもらえば、こっちも助かる。しかし森田は気に入らないらしい。
「郵便物の配布は新人の仕事だから、甘やかしてもらっては困ります。」
総務課長に訴える。
「こちらから来いとは言ってないわけだしねぇ。新人君たちの仕事が減ってよかったじゃないか。効率が上がって何よりだ。」
そう言われると森田は反論できない。
「それに、ちょっと出社が早すぎるんじゃないかと、さっき上の方からも言われてね。まさか総務でサービス残業が常態化してるんじゃないかって、チェックが入ったんだよ。」
受付業務は通常より三十分出社が早いが、その分きちんと業務時間に含まれている。
総務課長は、たくさんの書類を手際よく片付けながら、ペン先で課員を指した。
「聞けば、受付より君たちの方が、出社が早いらしいじゃないか。強制されてるわけじゃないよね?」
横で聞いていて、翔子はちょっと頬をゆるめた。
早希子か従兄弟が、副社長の由紀子に言ってくれたらしい。フジサワフーズの社長の由紀子は、藤沢商事の副社長でもある。
「よく考えたら、確かにいつも業務開始までに夜間のFAXの配布が終わっている。ありがたいことだが、早朝出勤させてまでする仕事じゃないからな。君も注意してくれよ。こんなくだらないことで、新人をダメにしたくはないからな。」
よかった。これで馬鹿みたいに早い出勤もなくなるだろう。
「じゃあ、他の社員と同じ、九時業務開始でいいんですね?」
一応念のため、森田ごしに課長に聞いてみる
森田にも当然聞こえただろう。森田は真っ赤になって一瞬何か言い返しそうになったが、かろうじて踏みとどまり、無言で自席に戻った。
「ありがとー。なんかあの変な習慣、なくなりそうでよかった。」
「だよね。うちらだけ他の人より一時間も早いなんておかしいよ。」
新人同士で、小声で笑い合う。
お昼に地下の社員食堂で、総務課の同期、広田と浦野たちとお弁当を食べる。広田は毎回定食を取ってくる。他の部署の同期が交ざることもある。
自分の話をするのが得意でない翔子は、いつもテーブルの端っこで、ただ黙ってうなずきながら人の話を聞いている。
「ほら、今日会議室に資料持ってきてた営業部の人、かっこよかったよね~。」
「あー。インターンの時にも見た。かっこいいって言うより、ほんわか系?」
それは誠司だ。おっとりした風貌の誠司は、会社の御曹司と知られていることもあって、かなりたくさんの女性からモーションをかけられている。すぐ落とせそうと思われているらしい。ただ、誠司の好みは細かい。向こうからアプローチされると、もうそれだけでアウトなのだ。お気の毒様、と思う。
「仕事できる系の人もいっぱいいるしさ。さっさと結婚相手見つけるに限るわー。」
「え、そうなの?」
思わず翔子が聞く。浦野はうんうんとうなずいた。
「フジサワはさ、古い会社じゃん。営業の男子と、一般職の女子をくっつけて、一丁上がりって感じ?」
「そうしておけば、奥さんも旦那の会社の事分かってるし、福利厚生もそのまま使えるし、転職したくなっても嫁ブロックが働くし、会社にとっても良いこと尽くめだよ。」
へぇ~~~。なるほど。どこでそんなことを聞いたのか、と尋ねると、OB訪問だという。そんな言葉も初めて聞いた。
「だから、女子でバリバリ働きたい人は、フジサワはあんまり選ばないよね。」
そうなんだー。フジサワにいる女子はみんな婚活中だと思うと、ちょっと怖いけど。でもまあ確かに、三十人ほどの同期の中で、割合で言うとほぼ男女半々。営業部の女子もいるが、女子の八割が間接部門である。
ちなみに総務部はほかに広報課、法務課、人事課などもあるが、そこは男性の割合が結構高い。総務課と秘書課だけほぼ百パーセント女性だ。総務課長も、何年か前までは女性だった。その女性課長が出産を機に退職後、広報課の主任が横滑りして今の総務課長になった。
「結婚相手だったらさー、俺にしとかねぇ?」
急に後ろから声をかけられて、びっくりする。後ろのテーブルに、沢田がいた。いつの間に。
「ええー。まだ出世株かどうかも分かんないじゃん。」
浦野がいなす。
「お前に聞いてねぇよ。」
「あー。佐藤さん?美人だもんねぇー。幼馴染だしぃ?」
「そういえば、この前一緒にお昼食べてたよねー。どうなったの?」
「GWの予定を聞かれただけ! 私、彼氏いるから。」
翔子が急いで言うと、沢田は食べ終わった定食のトレーを片手に、
「そんなの嘘だって。この前だって迎えに来るって言ってた彼氏、来なかったじゃん。」
「ええー、彼氏、来なかったんだ。」
急に男の声で割り込まれて、みんなびっくりして振り向くと、誠司がトレーを片手に立っていた。
「ひどい彼氏だなー。僕が彼氏に立候補しちゃおうかな。」
「えっ、せ、し、主任。えーと。」
翔子が、言葉を返せなくておろおろしていると、誠司は「冗談だよ」と笑って、食器の返却口まで歩き去った。
「え、何、何、今の。」
同期達が沸き立つ。
「佐藤さんが困ってたから、助けてくれたんでしょ。」
「かっこいい~~。」
「営業二課にも、佐藤さんの噂が伝わってるんだねー。」
沢田はぶすっとするが、それ以上は翔子に構ってこなかった。
箱根に旅行に行ったときにちょっぴり愚痴ったのを、誠司は気にしてくれていたらしい。
さりげなく助けてくれたんだろう。
しかし事態は悪化する。