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第3話 楽しいお仕事

翌朝七時半に出社すると、先輩社員ももちろん出社していて、夜間に届いたファックスを示された。これを関係各部署に配って回るらしい。

どこに誰が、何の部署かもわからずに「行ってこい」と言われて、途方に暮れる。昨日総務課の社員に挨拶回りした後、ざっくり仕事の手順について話を聞いたが、それで覚えられるわけがない。


「新人いじめなんじゃない?」

同じ新人の浦野はぶつくさ文句を言う。

「みんな出社してから、『〇〇さんはどこですか』て聞いて回った方が早いじゃん。」

もう一人の新人、広田もうんうんとうなずく。

三人でオロオロしていると、しばらくして他の総務課の社員が出社してくる。でも確かにみんな早い。八時ちょっと過ぎには、全員そろっている。なので、一人をとっ捕まえて、

「これは何階の何課ですか?」と全部聞いて付箋を貼った。


相手は苦笑しながら

「森田さんでしょ。さっそくやられてるんだ。」

「厳しい方なんですか?」

「いわゆるオツボネよ。ま、さっさと仕事を覚えて、あの人の目の届かないところでのんびりするのが、長続きのコツよ。」

三人で手分けして配って戻ると、もう朝礼が始まるところだった。「遅い。」と叱られる。


それぞれOJTについてもらう先輩社員がいるのだが、結局森田が全部口出しをしてくる。

先輩たちも主任の森田には逆らえないらしく、郵便や小包の取り次ぎを始め、各部署の備品の不足分がないか数えてこいだの、ビル内の安全管理のため、非常口や非常ドアの前に邪魔になるような荷物を置いてないか見てこいだの、それ本当に今やる仕事?と思えるような仕事を、がんがん振られる。

定時前にはへとへとになった。

それが一週間続いた。


一応社員証の読み取りで、出勤時間と退勤時間が記録されるらしいが、営業で直行直帰の社員がいるとか、フレックスOKの部署の社員がいるとかで、業務開始・終了はパソコンでの申告である。それをどうやら総務課の新人分は森田が全部やっているらしい。

サビ残なんじゃないかと怪しんでいる。が、まだ確認はできていない。


しかも、またしても沢田である。ランチに一緒に行こうとしつこい。GWの予定も聞かれた。

彼は営業四課である。そっちはそっちで同じ課の先輩とか同期とかと仲良く食べに行けばいいのに、ほとんど毎日のように総務課に顔を出し、「昼、行かねぇ?」と声をかけて来る。他の子と食べるから、と断っているのに、あきらめない。

とうとう先輩に「彼氏?」と聞かれた。


「いいえ、そんな。」

「照れなくてもいいじゃない。新人研修でカップルになる子も結構いるよ。」

先輩の一人、橋本は人のよさそうな笑顔を向けた。

「大丈夫、大丈夫。一緒にランチに行ってきなさいよ。」

「ええ・・・」


押し出されて、翔子は困惑する。善意は分かっているので、はっきり断れない。

仕方ないので、沢田のそばに寄る。

「あのー。ほんとにこれっきりにしてほしいんだけど。」

「なんだよ。もったいぶるなよ。社食でいいだろ?時間もったいないし。」


混み合う社員食堂のテーブルに席を占める。

翔子は一つため息。急速に視界が狭まるのを感じる。

怖い怖い。ぐっとお腹に力を籠める。

何を言われても心の中まで入れないように、いっぱいバリアを張っておかなくては。


「でさ、明日からGWじゃん。一緒に映画でも行かねぇ?」

A定食に手を付けながら、沢田が誘ってくる。

翔子は、きつねうどんに七味をふる。

「親戚の人たちと、旅行に行く予定だから。時間ないって。前にも言ったと思うけど。」

「だからそんな話、信用できねぇって。お前んち、上着買う金もないぐらい貧乏だったじゃん。そんな親戚、どこから湧いて出たんだよ。」


「あのさ、私だって仕事してるんだし、貧乏って言うのやめてくれる?」

翔子は反撃を用心しながらそう言う。

「なんかみんなに知れ渡って、すごく困る。」

「えー。どうしよっかなー。」

沢田は箸の先を振りながら、にやにや笑う。


「なんだよ、二人で飯食ってんの?お前ら、付き合ってんの?」

同期の一人が、声をかけて沢田の隣に座った。

「邪魔すんなよ。」

どうしよう。これ以上の誤解はやめてほしい。

「付き合ってないから。私、他に彼氏いるし。」

「それは聞いたけどさ、だったら紹介しろよ。」

沢田は本気にしていない顔だ。

「いいよな、めっちゃアドバンテージじゃん。俺も美人の幼馴染欲しい〜。」


「幼馴染じゃないよ。小学校の頃同じクラスだっただけで。」

友達って訳でもないし、なんなら顔も名前も忘れてたし。そう続けたかったが、そこまで言って相手を傷つけたら、それこそ何かしら反撃をくらいそうだから、やめておく。

「それを幼馴染って言うんだろ。」

「ま、あの頃よりめっちゃ綺麗になってるけどな。小学校の頃はひどかったもんなー。上靴は穴空いてるし、上着は手首がはみ出てるし。」


反論しかけて、翔子はあきらめた。

だめだ、こいつは。

昔の翔子を知っていることで、自分が他の人よりも翔子自身よりも、優位に立っていると思っているらしい。

「とにかくさ、GWは予定があるから誘わないでくれる?」

「えー。旅行先ってどこだよ。」

「箱根って聞いたけど。伊豆だったかも。従兄弟に任せてるから、よく分からない。」

まさかついてくるとか言わないよね?

そう思ったが、さすがに沢田もそれ以上はつっこまなかった。


そして話は冒頭に戻る。


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