表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第2話 そもそもの四月

四月の入社式当日のこと。


会社でうまくやるには目立たないのが一番よ、と彩佳に言われて、わざわざ洋服の〇〇ヤマで吊り下げのリクルートスーツを買って行ったのだ。

みんな同じような服だった。上手くいったと思っていた。

彩佳はミソノ繊維の受付をやっている。一見清楚な美人で、社内でお嫁さんにしたい№1とか言われているらしいが、留学中は金髪にへそ出しルックとかキラキラのつけ爪とかやっていたらしい。それらを全部引っ込めて、受付で微笑んでいるんだから、中身は相当したたかだ。その彼女の助言だから、確かに違いない。


いつものホテルでの入社式が終わって、午後からそこで懇親会があったが、始まるのに少し時間があって、新人たちはその間ロビーでうろうろしていた。

その時に声をかけられたのだ。


「あのさ、君、佐藤翔子だよね?」

嫌な予感はした。一緒に入社式にいた男子だ。式の途中から、なんかちらちら見て来るなぁとは思っていた。

「そーですけど。」

しらを切りたかったが、同じ会社だし、さっき辞令の交付の時に、名前を呼ばれて返事をしてしまっている。

「だよな! 俺、沢田!小学校の時に、同じクラスだった沢田。憶えてるか?」


いや、憶えてないし。


というか、こうならないように、翔子と同じ小中高の卒業生は全員、書類選考の時に伯父が落としていたのに。中にはMARCHの者もいた。彼らはなぜ落とされたか分からなかっただろう。

うまくはいかないものだ。


不思議に思っていると、「六年の二学期で転校した」と言い出したので、あ、なるほどそういう事かと思う。確かにそんなこともあったような気がする。

そういえばやたら翔子の経済状況をネタにからかってくる連中がいた。その中の一人だったように思う。


「おまえさー、すげぇビンボーだったのに、よくこんな会社入れたよなぁ!学歴大丈夫なのかよ?大学行けたのか?」

ロビーに大勢の同期がいる中、大きな声でそんなことを言われて、本当に恥ずかしかった。


入社式の受付の手伝いをしていた坂井奈々子が飛んできて、

「昔の経済状態をネタに、女の子をからかうような男は最低だよ!」

と庇ってくれたが、その後の懇親会で沢田にはずっと付きまとわれた。他の同期にまるで昔からの仲の良い友達みたいにアピールされて、気が重い。なんでそんなことするのか分からない。


「へぇー。じゃあ十年ぶりなんだ。すごいね。偶然?」

「そうそう。俺もびっくりした。」

「運命ってやつかもね~。」

「それな!」


いや、それな、じゃないし。

コネ入社とか知られたくないので、社長や副社長からはなるべく遠くにいて、地味なリクルートスーツで隅っこに立っているのに、沢田がそばで大きな声で騒ぐので、人が集まってくる。

そうっと離れて、テーブルのサンドイッチなんかをお皿に取っていると、気付いた沢田がやってきて、

「俺が取ってやるよ。たくさん食っとかないと、滅多にこんなの食べれないだろ。」

と、ぴったりくっついてくる。

もうホント無理。


「自分で取れるから。」

と断ると、別の男子が

「あっちの、クラッカーにクリームチーズ乗ってる奴、うまいよ。取ってきてやろうか?」

と声をかけて来る。返事をする前に沢田が「じゃあ俺が」と取りに行く。

懇親会が終わった後も、「送ってってやるよ」とか言い出すので、「彼氏が迎えに来るから!」と断ったのだが、一人でタクシーで帰ったのでどうやら本気にしていないらしい。面倒くさい。


ーー

翌日からは新人研修である。

まず三日間は、グループ会社含め全体での研修があり、基本的なビジネスマナーや、コンプライアンス研修など。

その後会社ごとに分かれて二週間ほど、事業内容に沿った研修やコミュニケーション研修、PCスキルの研修などがある。


まさかとは思ったが、その間も毎日のように沢田に「どうせ金ないんだろ、奢ってやるよ。」とランチに誘われた。他の同期の男子からもランチだの晩御飯だの飲み会だのに誘われて、鬱陶しくて仕方ない。

そして同期の女子からは、

「聞いたんだけど、佐藤さんて、すごい貧乏なんだって?」

といじられるようになった。だから、そうならないように就職活動の時点でふるいにかけていたのに。


「昔ね。母子家庭だったし。」

「その割に、バッグとかいいの持ってるよね。」

「あ、伯母さんのお下がりだから。」

早希子がもういらない、と言った古いLOEWEのバッグをさっそく見つけられている。

「買ってあげてもいいわよ。現金持ってた方がいいんじゃない?3万円ぐらいでどう?」

相場は分からないが、じゃあ、と売れるものでもない。伯母さんに悪いから、と丁重にお断りする。


違うバッグにしようと、翌日は散々使い込まれた地図模様のバッグを持って行ったら、

「そんな流行おくれのカバン、よく使ってるわね~。」

と小バカにされた挙句、

「私のと交換してあげようか?」

と言われた。ブランドのことはよく分からないが、普通の人が持つと色々問題があるのかもしれない。急いでまた洋服の○○ヤマに行って、お勧めの仕事用カバンというのを買った。

いちいち気が重い。


三週目からは部署ごとのOJTになるため、やっと離れられると月曜日に元気いっぱい出社したら、朝イチで先輩社員に怒られた。

「総務課は、始業時間より1時間早く出社してください。」


そんなの聞いてない。

他の新人と顔を見合わせていると、

「他の社員が、朝からスムーズに動けるようにするのが総務の仕事ですから。休日や夜間に届いたファックスや手紙などを、始業時間には各部署に届け終えていなくては。」

でもそれって、勤務時間外なのでは?と思うが、さすがに入りたてでそこまでは言い返せない。

「新人だから時間もかかるし、明日からは七時半に出社しておくようにね。」


七時半。

それを早希子に言うと驚かれた。七時半までに出社しようとすると、六時台には家を出ないと間に合わない。研修の間はのんびり八時台に、早希子に車で送ってもらっていたのに。

「そんなに早く?噓でしょ。もっと遠くから来る子だっているでしょ。まさか無給ってことはないわよね?」

聞かれても分からない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ