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第13話 翔子のターン


さらに翌日。どうしよう、やっぱり転職しかないのかなぁ、と思いながら出社すると。

今までこちらから挨拶してもほぼ無視だった受付の先輩が、

「おはよう佐藤さん。」

とにっこり笑いかけてきたので、びっくりする。超怖い。エレベーターに乗ろうとすると、出勤する大勢の社員たちの間にモーゼのごとく道ができる。

そそくさとロッカーにバッグを置いて、総務課に向かうと、主任の森田に

「おはよう。」

と声をかけられた。すごく気持ち悪い。


もう早出が習慣になっているのか、みんなそこそこ出社が早い。窓際で話をしていた河野が飛んできて

「この前はごめんなさいね、よく考えたら、あの書類、浦野さんにお願いしたんだったわ。うっかりしてた。許してね。課長にもちゃんと言っておくから。」

「あ、はい。」

いやいや、そんなことはない。作成履歴は、最初から最後まであなたでしたよね。とは思うものの、まあいいかと受け流す。

「脳みそがおっぱいにあるんですもんね。仕方ないです。」

にっこり笑顔で吐かれた毒舌を河野が理解する前に、身を翻して席に着く。


出社してきた浦野と広田が、そろりと近づいてきて

「おはよー。佐藤さん。」

「ああ・・おはよう。」

昨日まで、声をかけるとちょっと困り顔だったのに、今朝はにこにこしている。

「噂、聞いたよ。藤沢のお嬢さんなんだって?びっくりしたよ。」

「そーよ。みんな驚いてるよ。ホントなの?なんで黙ってたの?」


ああ、やっと噂が回ったんだ。

でももういいや。こんな職場、こっちから捨ててやる。

「なんでって。・・こんな空気になるのが嫌だったから。」


総務課が静かになった。翔子は構わずに続ける。

「でも黙ってても、いい事なさそうな雰囲気になってきたし、そろそろ話そうとは思ってたよ。あんまりにも総務が大変だから、異動願いも出してたし。」

「異動!?」

「私には向いてなかった。転職しようとしたんだけど、さすがに引き止められちゃって。」

総務課の面々が凍り付く。新人にあるまじき量の仕事を振っていたことが、上層部にばれているという事だ。凍り付きもするだろう。


森田が慌てて割り込んだ。

「だって、ほら、佐藤さんてすごく優秀だし。ね?つい仕事をお願いしちゃったのよね。」

見たこともない笑顔に、翔子は眉根を寄せた。

「なるほど、そうなんですね。まあ、全然関係ない仕事のミスを私のせいにされて、おとといの創業記念パーティに遅刻しちゃったので、副社長に怒られて、それである事ない事話しちゃいました。後はよろしくお願いします。」


さほど大きくもない棒読みの声が、総務部の部屋の中に響き渡る。

出勤してきた総務課長が飛んできた。

「やあ、佐藤さん。おはよう。さっき聞いたよ。君、社長の親戚なんだって?いやーびっくりだなー。ははは。もっと早く言っておいてくれればよかったのに。」

「おはようございます、課長。親戚かどうかなんて、言っても言わなくても同じでなくてはいけないのでは?」

翔子の正論に、再び総務課の中が凍り付く。

「あと異動は撤回だとか昨日言ってましたけど、あちこち相談して、そうしてもらったので、ちょっと困ります。異動が取り消しになるなら、もう一度社長と相談させてもらわなくちゃ。」

始業の鐘がなった。

我に返った総務課長が、一つ咳払いをして、「朝礼を始める。」と定位置に戻った。


扱いが腫れ物に触るようになったので、昨日までと比べて別の意味で居心地が悪かった。

でもまあ、ビッチな泥棒猫扱いに比べたら、腫れ物のお姫様扱いの方が、数倍マシに違いない。

ただ遠慮があるのか、総務課を覗きにくる男性社員が減ったので、結果社内配達はまあまあの仕事量である。

届いた郵便物を他の新人と手分けして配って回ると、「恐縮です!」とか言われたりする。難しい。


社内を回っていると、六階の自販機前で沢田に呼び止められた。

「あのさ、佐藤・・さん。えーと、なんか・・いろいろ申し訳なかったというか・・」

ほんとにな。お前がすべての元凶だよ。


翔子は沢田に向き直った。

「今さらだよ。最初に坂井先輩にも注意されたよね。昔の経済状況を持ち出してくるなって。なんで私が昔と同じ貧乏だと思うの。貧乏だって言いふらされて、私がどんな気持ちになるか分からないの。想像力が足りないよね。」

淡々と、しかし鋭い言葉に、沢田は縮こまる。

「あとさ、言っとくけど、子供の頃にやったいたずらとか悪ふざけを、子供だから許してもらえるだろうと思うのは、やった当人だけだよ。やられた方は、ただ普段は思い出さないだけで許しはしない。」

「あの・・ホントにごめん・・・」

「百万回言ったって、許さない。」


容赦なく糾弾して、翔子はしかしにっこり笑った。

「でもいいよ、許さないけどもう怒んない。君のその情けない顔、そーちゃんと二人でこの先十年ぐらいは笑わせてもらう。いいよね?」


営業二課に行ったら、原と田村がいた。給湯室で通せんぼをした二人連れだ。

「二課あてにお手紙と小包です。」

持って行って、手近な机の上に置こうとする。

原が、口の中でごにょごにょ言いながら、ちらりとこちらを見た。

ホテルのロビーで、相当笑われたなぁと思い出す。

「1年ぐらい、笑えそうですか?」

翔子が顔を覗き込むと、彼女はさっと赤くなった後、真っ青になった。


「何の話?」

翔子に気が付いた誠司が、寄ってきた。

「僕の部下をいじめないでくれよ、翔子ちゃん。君、反撃する時の攻撃力、高めだから。」

「いじめてないですよ。そんな人聞きの悪い。原さんに比べたら、全然。郵便物持ってきたので確認してくださいね。」

翔子はニコニコしながら、小包を手渡す。何かの部品のサンプルらしい。

誠司はそれを受け取りながら、早希子さんとそっくりだなぁ、おお怖ぁ、と思う。まあ何にしろ、翔子が元気になったようで、よかった。


一方給湯室では同期の女子たちがヒソヒソ話している。

「ほら、新人研修の時、伯母さんのお下がりだってめっちゃ高いバッグ持ってたじゃん。あれ、副社長のだったんじゃない?」

「うわ。やば。」

「買い取ってたら、やばかった。」

「誰よ、あの人がビンボーだって噂流したの。」

「沢田よ沢田。」

早めに気付くべきだった。三十万円もするバッグをお下がりでくれる親戚がバックについていて、そんな噂するほどの貧乏なわけがない。

「地獄に落ちろ~沢田~。」


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