第12話 そして平常運転?
翌日は、割と通常通りだった。
あきらかに他の新人よりはかなり多めの仕事。ここしばらく定番のぼっち飯。部署によって休憩時間の始まりに差があるので、壮太とは後半の三十分しか重ならない。
「ばらしたって言うかねー。もういいかと思って。」
「その営業二課のヤツの顔を見たかったな。」
壮太が、カレーを食べながら、周りを見回した。
「いる?」
「うーん。今日はまだ見てない。避けられてるのかも。」
「従妹って分かったんだから、向こうも安心しただろ。」
「そうだね。でもさー。誠司にぃも悪いよね。早く新しい彼女作ればいいのに。彩佳さんとは絶対嫌って言ってるくせに、選り好み激しいんだよ。」
祖父の会長が、誠司と彩佳の結婚を目論んでいる。ミソノ繊維ともう少し結びつきを強くしたいらしいのだが、早希子の時に失敗したので、孫の代で、という訳である。
誠司が嫌がるので、翔子が見つかった時は峻と翔子の結婚を企んだらしいが、翔子に彼氏がいることが分かったので、元の目標に切り替えたらしい。
でも彩佳は見た目は可憐だが、中身は相当しぶとい。おそらく結婚したら尻に敷かれっぱなしになるのが目に見えている。三十の誕生日までには絶対結婚相手を見つけるから、との約束で、彩佳との結婚話は一旦は無しになっているが、学生の頃から顔と金目当ての女性たちに狙われて、誠司はいい加減心が折れている。社会人になってからは出張も多いし、せっかくいいなと思う相手に出会っても、長続きしない。
「藤沢商事で相手が見つかるとも思えないけど。」
さすがに声を潜めて翔子は言う。
「今日、異動の内示だろ。」
「そのはずなんだけど。」
いつものように食堂はざわざわしている。しかしどうもいつもより視線を感じるようである。
「やっぱり話が回ってるのかな。」
「そりゃそうだろ。総務課の美人が、実は社長と親戚、なんて結構いい感じのゴシップネタだろ。どんな風に雰囲気変わるか、楽しみだな。」
なるべく明るく話しているが、ここ数週間ずっと翔子の顔色が白っぽい。
会社に来るのが相当ストレスなんだと分かる。
早く異動するなり、転職するなりできればいいのに。
表情も固い。
まあ、それはいいや。翔子がにこにこ笑顔を振りまくと、男どもの気持ちをごっそり掴んでしまうから、それぐらいなら笑わないほうが良い。自分だけに笑いかけてくれればそれでいい。
俺ってひどい奴かも、と壮太は少し反省する。
夕方になって、翔子は会議室に呼ばれた。総務課長がいた。
「君に異動の内示が出てるな。」
「はぁ。」
「何で課長の俺を飛び越えて、人事課から話が来るんだ?おかしいだろ。問題があるなら、まず俺に相談するのが筋だろう。」
翔子は一瞬言葉を飲むが、すぐ言い返す。
「え、だって、相談しようとしたら、課長、『森田さんに任せてる』って言いましたよね? どうしようもないんで人事課に相談しました。」
淡々と話す翔子に、総務課長のイライラを隠さない。
「どうしようもないってことはないだろう!俺の立場はどうなる。こんなことされたら俺の評価が下がるだろう!」
ええええ。
なるほど。社員の働きやすさよりも自分の評価か。思わず黙っていると
「人事課長と相談するからな。この内示は撤回だ。」
そう言い捨てて、課長は会議室を出て行った。
えええ。
撤回されるの、困るなぁ。どうしよう。