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第10話 雨の日に


急に雨が降り出したので、駅まで歩くの億劫だなぁと思いながら、一階のコーヒーショップで雨足が弱るのを待っていると、ガラスドアの向こうを壮太がよぎるのが見えた。

良かった、壮太も今日は上がりだ。駅まで一緒に帰ろう。


通常、壮太の方が終業が遅くなるので、壮太が待っていなければ翔子は先に帰る。

気が向けば、十五分ほどこうやって待つこともあるが、かなりの確率で「一緒に帰らない?」「駅まで送ろうか?」と男性社員に声をかけられるので、鬱陶しくてしかたない。

今も二人に声をかけられて、断ったところである。


でもまあ、壮太と一緒に帰れると思えば我慢できる。

そう思って近づくと


「だって、佐藤さんならもうとっくに帰りましたよ。」

そんな声が聞こえた。翔子は立ち止まる。

「あ、そうっすか。」

壮太の明るい声がする。

「あいつ、傘持ってたんすね。じゃあ、これ貸しますから。いつでもいいんで三階の傘立てに入れといて下さい。」

壮太は自分の折りたたみ傘を差しだした。


「ええ~。それじゃあ真鍋さんが困るでしょ。駅まで入れてくれればいいんですって。」

誰かと思えば、同じ総務課の先輩だった。

「いや俺の傘、二人で入るには小さいし。気にせず使ってください。」

なぜ壮太に。

翔子は表情を消して、先輩の河野を見やる。

ちょっと濡れたらしい。ブラウスから、下着の線が所々透けて見える。


「河野さん、私、傘貸しますよ。」

後ろから声を掛けたら、河野は飛び上がった。壮太はパッと笑顔になった。

「なんだ、翔。いたのか。帰ったかと思った。」

翔子はうなずく。

「そこのコーヒー屋さんで、雨が止むの待ってた。はいこれ。」

もう一本別の折りたたみ傘をカバンから出して、河野の前に差し出した。

「あ・・ありがとう。」

もう少しで、ちっという舌打ちが聞こえそうな表情だった。


傘をさして、壮太と二人で並んで歩きながら、翔子は自分の彼氏を見た。

「何?」

「さっき、河野さんと何話してたの?」

「話すってほどじゃない。翔帰ったかなーと思って見てたら、急に『傘忘れたんで、駅まで入れてください』って言われただけだ。まあまあ降ってたしな。この季節に傘忘れるってどうなんだって思ったけどな。」

「ふーん。」


「なんだよ。まさかヤキモチとか?」

壮太は笑う。

「えー。なんかさー。そーちゃん狙われてるのかなーと思って。」

翔子は唇を尖らせる。

「そりゃすごい。俺にもモテ期が来たんだな。」

「もー。」

「大丈夫だって。翔に比べたら、他の女はみんなカカシみたいなもんだって。心配するな。」


駅前の交差点で立ち止まる。

「そーちゃん、誰にでも優しいからさー。」

「俺は、翔にだけ優しいの。そんなこと言うならさー、俺だって心配じゃん。いつかあのじいさんが、『やっぱりこっちの男が、翔子にはお似合いだ』とか何とか言って、峻さんみたいなの連れて来そうだし。毎日ビクビクなんだよ。」

肩をすくめる壮太に、翔子は笑い出した。


「おじい様そんなことしないよ。うちのママの前例があるから、大丈夫。」

翔子の母は、道端で手作りの指輪を売っていた貧乏画家との結婚を大反対されて、財布一つで駆け落ちした。翔子の祖父母は、今でもそのことを悔やんでいる。

だから、翔子が結婚相手に誰を連れてこようと、きっと反対しないに違いない。


信号は青になった。

「まーな。俺もさ、鋭意努力中だよ。とりあえず給料三か月分を貯金中だ。」

「何それ。」

翔子が首をかしげる。

「新しい車でも買うの?」

壮太は言葉に詰まる。

「まあ・・・そう・・・かもな。」

「そっか。じゃあ一緒にドライブ行けるね。」

「ああ、うん・・・」


駅の屋根の下で、傘を畳みながら、壮太はうなる。

翔子が時々つけているアクセサリーの相場が分からない。

マスターは「婚約指輪といえば、給料の三か月分が相場だ」とか言っていたが、しかしマスターの若い頃の話だから若干信用できない。

壮太の給料の三か月分では、翔子にとってはそんなに大した価値がないのかもしれない。

ちょっと辛い。


あと、無事に買えたとして、テレビとかでやってるみたいに、指輪のケースをパカッと開けて「結婚してください」ってやるのがいいのか?

だせぇぇぇ。

しかし母の小牧には、「それが王道だ」とか言われているし。

二人とも、他人事だと思って、好き放題言うから困る。

まあどのみち、給料三か月分が貯まるのは相当先だ。悩む時間はたっぷりある。


しかし指輪ってサイズがあるよな、適当でいいのかな。

晴れた翌朝、そんなことを考えながらぼんやりと人の指輪を見ていると

「昨日はありがとうございました~。」

と声をかけられた。河野だった。

「ああ、おはよーございます。俺は何も。」

「いえいえ~真鍋さんのおかげで、佐藤さんの傘が借りられたようなもんだし~。」

胸を強調するようなデザインのブラウスに、思わず目が行く。


でかいおっぱいだな。牛のようだ。

大きく開いた襟の胸元から、谷間がチラつく。


「インドに行ってたって聞きました。私も行ったことがあるんですよ~。どんなとこ回りました?タージマハルとか?」

仕事で行ったから、どこもそんなに回ってない。町の中でこんな感じの牛がうろうろしていた。

しかしエレベーターホールで視線を集めるので、かなり気まずい。

「あ、俺三階なんで、階段で上ります。じゃ。」


逃げた。


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