政略結婚確定の男爵令嬢ですが、口の悪い幼馴染の策略で人生がどうにかなりそうです。
私は男爵家に生まれて、結婚は家のためにすると決まっていた。
一人娘の私は家を継ぐことができない。
「お前みたいなバカを貰ってくれる物好きがいるかっての」
「ハルトが貰ってくれたらいいのに。」
「バーカ、俺は次期伯爵だぞ?お前みたいな貧乏娘いらねぇよ」
幼馴染のハルトは、伯爵家の長男だ。
家を継ぐことができる。子供のころから「俺は次期伯爵」が彼の口癖だ。
幼いころから一緒でいつだって傍にいてくれた。これからもそうならいいのに…。
私は小さいころから、家のための結婚に納得はしていても、やっぱり夢見ずにはいられなかった。
いつか物語のような白馬に乗った王子様が私を迎えに来てくれるのではないかと。
あるいは、どこかの舞踏会で眉目秀麗な麗人に見初められて侯爵家に嫁げたり、とか。
「そう、そうよね…」
頬杖をついて、小さくため息をつく。
そんな私にハルトが珍しく気にかけてくれる様子を見せた。
私の顔を覗き込むようにして、どうした?と目が問いかける。
「やっぱり恋愛なんて夢みたいなものよね」
はは、と乾いた笑いを浮かべて、後頭部を支えるように手が行き場をなくしていた。
ハルトの疑問への答えになっていないことくらい理解していた私は、もう一度口を開いた。
「結婚相手が決まったんだけど、なんだか実感がわかなくて。」
「……へぇ。お前みたいなのでも欲しがってくれる奴がいんのかよ。」
「別に…。欲しがられてるのは家督なことくらい私でもわかってるから…」
さすがに自分で言っててむなしくなる…と思いながらも、ハルト相手に気を張っても仕方ないと思いつつ、柄になく私はへこんでいた。
相手は、シュバルト子爵家の次男・ダンテ様。
昔から社交界より家の手伝いの方が好きだった私は、あまり舞踏会や催しにも参加しないため、各々の家の各人の噂も耳に入らない。
「げっ、ダンテっつったら女好きで有名な子爵家次男だろ」
「そうなの?あと一か月で婚約なのに姿絵も送ってくださらないから何もわからなくて。」
「子爵家つっても次男で継ぐわけでもないからって好きかってやってるって有名だぞ」
「…家を継げない肩身の狭さはわかるけど、…好き勝手やってるのかぁ…」
「あいつに至っては肩身の狭さなんて感じるタイプじゃねーと思うがな」
姿絵も送られてこないことに不安を感じていたけど、女好きということは今もどこかの誰かを相手にしていて婚約予定の私になど興味はないということだろうか。
大恋愛を夢見ていたけど、17歳の今に至るまで色恋に触れることもなく…結局は決められていた通りの政略結婚を待つのみとなってしまった。
そもそも社交界が苦手な時点で上手に恋愛できる気もしなかったけれど。
「こりゃぁ新婚早々浮気確定だな」
隣であくびをしながら他人事のように言い放つハルト。
「で、ティア、お前どーすんの?」
どうするって?と聞き返すと、苦笑いを浮かべている私の顔を覗き込む。
「浮気確定野郎と結婚すんのか?」
「か、確定ではないでしょ…もしかしたら改めてくれるかもしれないし…。」
「本気でそんな甘いこと考えてんのか?」
「そ、それは…希望的観測ではあるけど…。仕方ないっていうか…。」
女である私が男爵家を継ぐことはできないし、家督を譲ろうにも一人娘の私に譲る相手もおらず、しがない男爵家を継いでくださるという方がいるならこちらは喜ぶべきことだ。
例えそれが社交界で蝶や花を追いかけまわすことに終始ご執心な色ボケ野郎であったとしても。
「男爵家を継いでさえいただければ、私は仕事を手伝って支えるしかないわ」
これまで社交界にもあまり顔を出さずに家の仕事ばかりしていた私にとってみれば、相手が見つかっただけで有難いことだ。
これからも仕事を粛々とこなして男爵家を存続させることを考えるまで。
「つまんねぇ人生だな」
「はは、相変わらず厳しいなぁハルトは…。」
変わらずに悪態をつくハルトに小さく突っ込みを入れる私。
だけど、実際どうしようもない。
いつか迎えに来てくれるであろうと信じていた王子様に出会うための舞踏会には参加していないし、家を私の代で終わらせるつもりもない。
男爵家の一人娘のもとに、格上の子爵家から入り婿になってくださるというのだから喜んで受けるに決まっている。
姿絵も送ってくれない、なぜうちの男爵家を選んでくれたかもわからないけれど。
◇◇◇
「おい、ティア、わかったぞ」
最近忙しいと言っていたくせになんだかんだと様子を見に来てくれるハルト。
私も婚約の日が近づいてくるにつれて急な話だけに色々と準備に忙しい。
「わかったって、何が?」
「ダンテの野郎がなんでティアを選んだのかって話だ」
「クソみてぇな理由で吐き気がする」
ええ?と驚いて見せる。だってもう引き返せないのだ。婚約日はもう目前。
なぜ田舎の男爵家一人娘である私を選んでくださったのか分からないけれど、入り婿で家を継いでくださるのだから、もう後には引けない。
それでも、---理由は気にならないといえばウソになる。
それで、うちを選んでくれた理由って?とハルトに向き変える私。
「長らく追っかけてるシャルティエ嬢の家に近いからだ」
え?…思わず、間抜けな声が出てしまった。
つまり、あくまで女性を追いかけていて、この婚約・結婚もその延長線上にあるということらしい。
「その女性と逢引するのに立地的な使い勝手がよいからうちを選んだということ?」
「そういうこったな」
「さ、さすがにそれは…」
あまりにも私が不憫ではなかろうか…、自分でも自分の処遇にあきれる。
「あまり社交界に出ないお前のことは、よくも知らないし勝手がいいと思ったんだろう」
「んーと…、仕事を押し付けて自分は遊びまわれる…的な?」
「正解」
ううーん、思わず私は手を組み首をかしげてしまう。
どうしよう…いや、どうしようもないのだ。男爵家を存続させるためには。
「思った通りのクズ野郎でぐうの音もでねぇ」
呆れ切ったようにハルトは大きなため息をついて、もう一度私に向き変える。
「それでも、お前は婚約すんのか?」
う…、そんな風に見られても、はなから私に選択肢はないというのに。
「し、仕方ないでしょう…。家のためだもの…。」
「そんな仕事もはなからする気のねぇ奴を迎え入れて家のためになるのか?」
「そ…!それは…私がなんとか切り盛りするしか…」
悔しい。本当は、悔しい。
私が女だというだけで、家を継げないというだけで、大事にしてくれる気もない人と婚約するなんて。家を軽んじる人との結婚を受け入れなければならないなんて。
「お前が、一言いえばいいだけなんだがな」
ぼそっと、ハルトが呟いた。
よく聞こえなくて、私は聞き返したがハルトは踵を返して、今日はもう帰る、と背を向けてしまった。
今日のハルトはなんだか機嫌が悪かったな…と思いながらも、家の片づけをしていた私は引き続き作業を進めることにした。
仕事をする気のない旦那様の書斎を設けたり、自分の荷物をまとめたり、正式な婚約に向けて家の片づけはしておかなくては。
そうして、いよいよ婚約の日がとうとう明日に迫った日のことだった。
「おい、ブス」
「あ、朝からひどい…」
これでも明日の婚約日、初顔合わせの予習にとしっかり化粧をして着飾っているというのに。
一階の窓、聞き慣れた声が外から聞こえる。
ハルトの声を聴いて、慌てて私は庭先に出る窓から顔をのぞかせた。
それをみてハルトも庭先の石段に腰掛けて、腕を組む。
これは、隣に座れ…ってことかな?と私はそそっとハルトの隣に腰掛けて、ふふっと笑った。
「なんだか寂しくなるね」
「あ?なにがだよ」
「だって私がダンテ様と婚約してしまったら、ハルトとはもうあんまり会えなくなるでしょ…?」
ダンテがいかに多くの女性と浮名を流していようが、新婦である自分は浮気などしないし、殿方と二人きりで会うのもいくら幼馴染とはいえ醜聞がよくないだろう。
やっぱりさみしいな、とへこんでみせる私にハルトはいつも通り口が悪い。
「はっ、んなこと気にしてたのか」
「気にするよ。ハルトと会えなくなるのは寂しいもん…」
これが最後の二人きりの時間だと思うと、寂しくて、心細い。悲しくて、つらい。
少しの沈黙の後、ハルトが口を開く。
「じゃぁ、やめればいいじゃねぇか」
「え?」
「婚約」
やっぱり私は苦笑い。
私だっていつまでも子供でいられない。嫌なことを嫌だと言える時期はとうに過ぎた。
ハルトだって、私がそんな選択肢を選べないことをわかっているはずなのに。
「そういうわけにはいかないよ…家のことだもん…」
わかってはいても、口に出すと、小さく言葉が震える。
これからは、私のことを見向きもしない旦那様のそばで、仕事だけをして暮らしていく。
それだけならまだ耐えられたかもしれない。
でも、ずっと傍にいてくれたハルトとはもう、一緒にいられない。
いま、隣にいてくれることで、より実感してしまう未来の喪失感。
震えた声に、自分でも気付いていた。
ああ、ダメだ。涙が出そう。思わずうつむく私。
「入り婿がいりゃいいんだろ」
うつむいた頭上から、ハルトの声が降ってくる。
「仕事もしてくれりゃ尚いいわな」
ぶっきらぼうな言い草に、私は震えてうつむいた頭を起こせずにいた。
「できれば…、ティアを幸せにできる奴がいいだろ」
―――そんな夢はもう、見られない。だって、明日私はもう婚約するのだから。
今になってなぜ私の夢を反芻するような言葉を落としてくるのか。
私の目にはもう落ちそうなくらいに涙がたまっていた。
こんな憎まれ口も今日が最後だというのに、破れた夢をわざわざ言い聞かさなくたっていいだろうに。
「なぁ、俺がもらってやろうか」
え?---聞き間違いだろうか、驚きで何とか耐えていた涙がポタリと落ちた。
少しの間があって、私は静かに自分で自分の涙をぬぐって顔を上げた。
「…はは、何…いってんの…」
だって、そんなことできるはずがない。
涙を直視されたくなくて見上げた空が青くて、まぶしい。
「次期伯爵って、子供のころからの口癖、でしょ…?」
はは、ともう一度笑ってみて、彼の方を振り向くと、形のいい口角をあげて目を細めたハルトがいた。
「捨ててやるよ、伯爵なんて肩書き」
私は目を見開いてハルトを見た。
「準備に時間がかかっちまった。でも、まだ間に合うだろーが。」
ハルトが私の頭をくしゃっと撫でて、私の頭が揺れた。
珍しく見るハルトの笑った顔に、目が離せなくなる。
「俺がお前の男爵家、継いでやるよ」
呆然と、私は見開いたままの瞳を揺らして何も言葉が出なくなっていた。
いつもの口の悪い冗談かと思おうにも、不釣り合いなハルトの笑みが疑う余地をなくしていた。
「ほんとう、に?」
胸がキュッと引き締まる思いがして、目頭が熱くなる。
さっき拭ったばかりの目じりが熱くなるのを感じる。
泣きそうになる私を察して、ハルトが私の頭を引き寄せた。
「つまんねぇ奴と婚約するとか訳わかんねぇこというから余計手間取っただろうが」
ゴツンと頭と頭がぶつかる小さな音がして、ハルトは言葉を続ける。
「心配すんな、ダンテの野郎にも話は通してある。明日、奴はこねぇよ。」
「で、でも…ハルトの家は?長男のハルトが継がなくなったら…っ」
「養子を迎える用意に時間がかかったんだよ」
ぶつけた頭はそのまま、ハルトが私の手に自分の手を重ねる。
「お前は余計なこと考えなくていいんだよ、黙ってもらわれとけ」
どうやら、ハルトは数年前から伯爵家を継ぐ養子を家系のなかから探していたらしい。
その話がいよいよ本格的になったころに、私の家の婚約が決まってしまったんだとか。
ハルトが私との婚約をするために、うちの男爵家、そしてダンテ本人とシュバルト子爵家にもそれぞれ婚約を白紙に戻すよう働きかけていたらしいのだ。
ダンテ本人にはハルトの伯爵領の別荘を渡すことでシャルティエ嬢を追いかける勝手がいいように場所を提供したようだった。それさえ渡せば簡単に私との婚約を白紙に戻すことに合意してくれたという。
うちの男爵家はというと、当初ハルトが伯爵家を捨ててまで男爵家を継ぐというのが信じられず、すでに婚約の決まったシュバルト子爵家と婚約を進める方が手堅いと思っていたらしく、こちらの方が難航したという。
また、ハルト自身も伯爵家の家督を継ぐことを長らく計画してやっと佳境に入ったところ私の婚約話を破断にさせる仕事も増えたというので、ここ最近はずっと忙しく動き回っていたらしい。
それらすべて私には知らされず水面下で動いていたというのだから、当事者の私の立場がない…。
そうして、私の政略結婚が確定してた人生があっという間にハルトの手によって塗り替えられ、
私は昔も今も変わらずハルトのそばで人生を過ごすことになりそうだ。