魔王軍による人間考察と次の進行作戦について
「それではこれより、第48回中央大陸攻略会議を始めたいと思います」
オレが玉座に着くと、司会進行のデュラハンが渋い低音ボイスで会議の開幕を告げた。長テーブルには十名ほどの各魔族の代表者たちが顔を揃えている。魔王軍の重鎮たちだ。これから十年に一度の、中央大陸への進行作戦——人間共との戦い——の方針を決める大事な会議が始まるのだ。
大体は前回——十年前と変わらない面子だが、ちょいちょい新顔もいる。若い竜人の姿を見つけて、オレは少し怪訝な表情を浮かべる。
「そなた、黒龍卿のご子息、ダミアン殿だな。随分立派になられた」
「は、魔王陛下。お言葉を賜り、恐悦至極……」
「そなたが代表を受け継いだとは知らなんだ。黒龍卿はお元気かな?」
「それが……つい先日、亡くなりまして。私が跡を継ぎました」
「なんと。黒龍卿は、まだ千歳程度だったと記憶している。まだまだこれからだというのに……」
「それが、冒険者共に寝首を狩られまして……」
その告白を聞いて各魔族の代表者たちがざわめく。あのレパントの戦いでは、人間たちの軍船を数多沈めて武勇を誇った、あの黒龍卿が……。
オレは渋い表情を浮かべる。またか。人間たちは、冒険と称してテロや暗殺活動を行うことを得意としている。
魔族に比べて目立った特技が無い様に思われる人間——特にヒューマン——だが、僅かな食糧で長駆することが得意なんだよな。だから戦線から遠く離れた後背地にまで入り込み、そして破壊活動を行う。これが実に厄介だ。
それとなぜか竜が好きなんだよな、人間。どうも連中にとって竜退治は一種のステータスシンボルの様なのだ。連中の書物を研究していると、ドラゴンスレイヤーという言葉がよく出てくる。なんでそんなに竜が好きなんだろうなあ。
それと竜はその習性上、単騎で営巣するのも狩られる理由の一端だな。集団で生活すればぐっと安全になると思うのだが、どうにも縄張り意識が強くてね……。
「冒険者というヤツですな。我々も頭を痛めております。兎に角、我らが魔王軍は後方支援が弱いのがアキレス腱ですからな」
「そうだな、その点は以前より改善したいとは思っている」
オークの代表者の意見に、オレも首肯する。魔王軍は人間側勢力に対して、ざっと十倍以上の兵力を有している。それなのに未だ完全勝利を収められない理由の、大きな一つに魔王軍が多種族からなる勢力である点が上げられる。
ゴブリン、オーク、オーガなどの二足類。魔猪や魔馬などの四足類。そして死霊類、淫魔類、魔鳥類……等々。数えだしたら切りが無い。そういう多種族の集合体であるから、統一した戦力として軍隊化するのがまず難しい。
集団対集団になれば、最終的にはより多くの統制された軍勢を整えた方が有利だ。魔族たちは、個別の能力では人間を凌駕しても、集団としては細分化され過ぎているのだ。人間側はせいぜいヒューマン、エルフ、ドワーフ、ハーフリングぐらいのもので、兵士として規格化しやすい。この差は大きい。
それと後方支援——武器食糧の生産能力やそれを前線に運ぶ輜重能力、これも人間側が有利だ。大きく生息域や居住地を離れて活動が出来るのも人間側の特徴だ。魔族にはそれが難しい。試しにゴブリンやオークに農耕とかさせているけど、上手く行かないんだよなあ……連中、出来たそばから食っちゃうから……。
「人間側の様子はどうなっている? 大きな動きはあったか?」
「そうですな。人間側の王国数は現在八つ。最大勢力であったログムンド大王国が内乱によって三国に分裂。そしてミクシニア公国が勢力を伸長し、現在はこちらが最大勢力となっております」
「随分変動しているが……我が魔王軍との戦線はほぼ変わらずか」
「はい。総体としては大きくは変わらずといったところです」
まあ昔からそうだよな。数百年や千年生きる大抵の魔族に比べて、人間の寿命は短い(エルフを除く)。だから忙しなくガチャガチャやってるんだけど、大枠としては大して変動が無い。これもほぼ単一種族に近いからだと推測している。
まあ我ら魔王軍の存在が、連中をギリギリのラインでは結集させているという話もあるけどね……。
「魔王陛下。どうでしょうか? 連中が寝首を狙ってくるのであれば、こちらも同じ手を使うというのは」
そう提案してきたのは死霊王だ。
「つまり、人間の王を暗殺して廻ると?」
「左様です。幸い、我が仲間にはその筋に長けた能力者がいます。お時間をいただければ、全員を呪い殺すことも可能でしょう」
「ふむ……」
オレは興味深く考えた。考える振りをした。これも統率者としての立ち振る舞い。部下の提案を即座に却下するのは下策だからだ。
その案なー、昔やったんだよ。死霊王は若いから知らないのも無理はない。個別の戦闘力ならコッチが上なんだ。精鋭部隊を選りすぐって、当時存在した王国の王を急襲して殺しまくったのだ。
で、結果はというと……あんまり変わらなかった。連中、短命種だからさ。統率者が死んで短期間は混乱しても、跡継ぎがすぐ出てきちゃうんだよね。んで、逆に同じ手でやり替えされた。そうなると魔族の方が長命種な分、ダメージはコッチの方がデカかった。
だからトータルでいうと、その手は損になる公算が非常に高いんだ。
「なにかいい手はないものか……」
オレはやんわりと死霊王の提案を退けた後、皆に意見を求めた。人間ってさー、厄介だよなあ。短命種でゾクゾク増えて代替わりするし、それでいてほぼ単一種で秩序側だから集団行動に向いている。
「いっその事、魔王陛下の殲滅魔法で焼き払うのはどうでしょうか? 真正面から戦い続けるのは愚策では?」
殲滅魔法。大陸全土を一気に焼き払う、神代の魔法だ。確かにソレであれば、中央大陸に巣く人間たちを一掃出来るが……。
「却下だ。我らは混沌の、自由の為に戦っている。相手の殲滅が目的ではないのだ」
オレは即座に却下した。そうだ、この戦争は解放の為の戦いなのである。混沌の代表として、すべからく、あらゆるものから自由になる——それが我らの目的だ。そして解放される対象に、人間も含まれる。人間は、もっと自分の本能に自由になるべきなのだ。
——真なる自由。それを説く為に、我らは戦っている。
「——それでは、こういうのはどうでしょう?」
そういって立ち上がったのは、淫魔の代表者だった。
「ほう。何か良い案でもあるのか?」
「はい。人間の特性そのものが厄介ということであれば、それと正面切って対立するのは愚策というもの」
「そうだな。だが、戦わねば自由は得られぬぞ?」
「人間の相手は、人間にさせれば良いのです」
「——籠絡か」
オレが呟くと、淫魔の代表者はニヤリと笑った。なるほどね。人間の代表者を籠絡して、人間同士で争うように仕向けて弱体化させるのか。まあ、悪くはない。悪くはないが……。
「それだけで弱いな。結局、我らが魔王軍が迫れば結束しよう?」
「無論。なので少しだけ時間をかけます」
「時間? 時間をかけると、何か変わるのか?」
「例えば、人間の王と我ら淫魔の間に子をもうけます。その子が育てば、やがて人間の王へとなるでしょう。果たしてその王国は、人間の王国といえましょうか?」
「お前、それは……」
オレは思わず玉座から立ち上がった。他の代表者たちもざわついている。
「それはつまり……種族として、人間を魔族側に取り込もうというのか?!」
「左様でございます、陛下」
オレは思わず呻いた。それは……それはある意味禁断の手法だ。確かに人間は節操なく混血する種族だ。ハーフエルフ、ハーフドワーフ、ハーフドラゴン……そうやって、様々な種族と混血しうる。だからそれを逆用して、連中のトップから血縁的に混沌側に染め上げようという……そういう手法だ。
「淫魔は、それでいいのか? お前たちの純血の誇りはどうなる?」
「我らこれでも自由を尊ぶ混沌の末席に連なる者。その理想成就の為であれば、一族の純血を捧げる所存……」
「……見事な覚悟だ。感銘したぞ」
オレは淫魔の代表者の元に歩み寄り、その肩をぽんと叩いた。淫魔の代表者はうやうやしく頭を下げる。
「それではこの者の提案を元に、以後の作戦を策定することとする。皆の活発な議論を期待する」
「ははっ」
「出来れば、千年程度で成就させたいものだな」
「人間は代替わりが早うございます。上手く行けば、三百年ほどで人間の王族のほとんどは我ら側の血に染まりましょう」
「三百年か、あっという間だな」
オレはニヤリと笑う。心の中で祝杯を挙げる。この世界に——自由と平和を!
【完】
おはようございます、沙崎あやしです。
今回の短編小説は「魔王軍+異世界」で攻めてみました。お楽しみいただけましたでしょうか?
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