愛を知った皇帝は策に溺れても良いとすら思ってる?
皇帝リヴァイの手中にある報告書にはエレナ・マグゴナルのネヘミアに対する不遜の数々とそれに対する処罰が書かれていた。
それによってエレナ嬢は見事に更生したとーー。
「流石だな、ネヘミア」
ネヘミアの見事な采配に感心せざるを得なかった。それなのに私は・・・愚かな策に溺れて惨めだった。
「先ずは謝るしか。姑息な真似をした私の言い訳など聞いてくれるだろうか?」
惚れた人に嫌われるかも知れない恐ろしい事実に、つい眉を寄せてしまう。
私はどうしてもネヘミアが欲しかったんだーーだからといって、
(あの時、ネヘミアの周りを囲もうと伝令の早馬で新たな皇帝妃を迎える準備があると流布してしまった。 ああ、今更ながらハッキリと愚策だったと分かる。 これではバレリア王国の小蝿達と同じようなものだ。権力で我が手に落とそうとしたのだから・・・いくら気持ちが焦っていたとしても歪んだ計略を考え実行に移すとは情けない・・・ どこに居ようともネヘミアの気高さは変わらないのに! )
私は後悔で執務机を強く叩いていた。
「ネヘミア・・・ごめん 」
私は善良な為政者としての仮面が剥がれていく気分だった。 自分の明らかな暴走を止める事が出来ないのだから。
( そんな愚かな事をしでかしてまでも恋にとち狂った私はネヘミアが欲しいのだ。それなら私はもっと積極的にネヘミアに向かっていくしかないだろ? 物理的にもネヘミアに触れたいし必ず私の手中に掴み取りたいのだから。掴み取りたいのに、肝心のネヘミアは私の積極的な触れ合いにもどこ吹く風だ。頼むよネヘミア・・・ネヘミアは余りにも恋愛に疎過ぎる! ピュリモンド侯爵夫妻のあの居た堪れない顔が浮かんでくるではないか。 だから致しかたないのだ。 私に打てる策があるのなら打つしかないのだから・・・)
私は新たな秘策としてある者を呼んでいた。以前ならあり得ない事だ。
コンコンコン
「皇帝閣下、お見えでございます」
私はその者を静かに執務室へ迎え入れた。
◇◇
「あら? 今日は謁見要請がちゃんと入っているわね 」
私は手の中にある謁見要請書を感慨深く見て小さく微笑んだ。
すぐに根を上げずに良く頑張ったわ。
まあ、並の神経なら一カ月も私に会いには来ないだろう。
まだ謁見まで3時間ほどある。
「 もうひと頑張り出来そうね 」
私が書類を見ていると不意に目の前に影が落ちた。
顔を上げるとリヴァイ様が立っている。
私をこのベルガード帝国に招き入れた人。
最後の歴訪地である我が国でベルガード帝国財務大宮が亡くなり多国語を話し通訳をしていた私に興味を持って掬い上げてくださった雇用主。
そして100年に一人の才女と謳われ(照れ)近隣全ての言語と政治経済に経営学まで学んでいた私の前に契約書を並べてきたお方。
あれ? いつもより、目が赤い?
私は執務席を立ち仕方なくリヴァイ様をソファーへ促しながら、静かに帰っていただくよう誘導するつもりだった。
「あのう・・・リヴァイ様、執務の邪魔なのですが何か?」
紫がかった黒髪に赤い瞳の美丈夫は、のほほんとソファーに腰かけるべくも無く笑んで私に近付いてきた。
「 ち、近いですよ。リヴァイさま 」
最近の距離の詰め方に私は密かに慄いている。自然と警戒してしまうのも仕方がないと思うのよ?
「わっ!!」 さっそく油断した私が悪いの!?
まさかリヴァイ様が後ろから抱きついて私ごとソファーに腰かけるとは思わなかった。私はすっぽりとリヴァイ様の身体に収まってしまう。
リヴァイ様は私の頭の上に軽く顎を乗せて囁いてきた。
「ちょ・・・ ちょっと、リヴァイさま!? 」
「ネヘミア、そろそろ私との婚姻を正式に進めても良いとは思わないか?」
私が慣れてしまう位にこの話もよくする様になった。いやいや、おかしいでしょ!? 初めて聞いた時は気絶しそうになったわよ!
御姿が凛々しく美しくその存在感は他を圧倒するリヴァイ様なのに、オマケに素敵な雇用主のはずなのに・・・こんなにたびたび言われたら凄い発言の発言力が弱々しく感じるのも仕方ない。
本当にどうしちゃったの!?
バレリア王国の時は仕方なく婚約者のフリをしただけでしょ?
なのにベルガード帝国に来てからというもの、驚くほどの素早さと勢いでリヴァイ様が距離をガンガン詰めてくるようになったのよ。気付けば友達口調になるように誘導されていたし。
私はプイッと首を横に振った。
「 お断りします! 私はこの帝国に財務大宮として雇われただけです。 雇用主様は約束通り、次に執務を譲れる人を連れて来て下さい。引き継ぎとか色々あるのですから 」
私が一生懸命になって腕の中から抜け出そうとしているのに全然歯が立たない。
それなのに今度は私を後ろ抱きからスルリと横抱きにしてリヴァイ様は赤髪をクルクルと指で弄んで金色の瞳を見つめてくる。
もう身体中に包まれる体温が温かくて心地良いと感じそうになる自分を心の中で一発殴っておく!
(ああ、それにしても近いでしょ!)
もう顔一つ分しか距離は残っていないから近過ぎる顔を直視なんて出来るはずも無くて・・・最近の私は何故だが、兎にも角にも余裕がないのだ。
「ネヘミア、もう君は皇帝妃の執務もしている・・・よね?」
「えっ? だってそれは皇帝妃代理としての執務ですよね? 皇帝妃の執務無しでは財務の流れが止まってしまいます! 前任の財務大宮も熟されていた執務ですよ」
「うむ。まぁ彼は帝国民であり先帝である父上の代から勤めていた忠臣だ。信頼もあるし他国に機密を持ち出す事などあり得なかったからね」
私は弄ばれている髪をパッと引き抜きリヴァイ様を睨みつけた。
「皇帝陛下、よもや私を騙したのでしょうか? ヘラヘラと私に皇帝妃としての采配権を渡しておいて!」
皇帝呼びはリヴァイ様のお気に召さないのか一瞬不機嫌さを漂わせる。
だがリヴァイ様は直ぐに不満を不遜な笑みに変えた。
「 騙したのだろうか? 当初は予定通りの執務をネヘミアに渡していたさ。それなのにネヘミアの方から円滑な執務の為とは言え皇帝妃の執務を要求してきた。それをみるみる内に把握して執務の範囲を拡大していったのではないか。ネヘミアは正式な皇帝妃の配分まで渡しても難なく熟せてしまったのだ。高密な文書も多々あったし帝国外に持ち出されては・・・ね?」
今度は私が恐れ多くも? リヴァイの髪を掴んだ。
「ね? じゃないんですよ! 皇帝陛下! それに私は執務に対して不誠実な事はしません! 機密の持ち出しなど考えた事もありませんわ!」
例えネヘミアでも皇帝の髪を強く引っ張るのは憚る。だが気持ちは首でも締めたい勢いだ。
リヴァイはネヘミアの本気の怒りを察した。
だが引き下がれないのだ。
ネヘミアの真価を嫌と言うほど分かっている。恋した人の一挙手一投足全てが気になって知れば知るほど尚更ネヘミアに魅了されていくのだ。リヴァイは誰にもネヘミアを渡したくない! だから絶対に引き下がれない!
「ネヘミア・・・ 」
リヴァイは真剣な表情でネヘミアを見つめながら真っ赤な髪が靡くほど激しく大きな手で包み込んだ。
直ぐそばに鼻と鼻が付くほど顔が近づいた。 ネヘミアが息を呑んだ。
(ひゃー近い! 近い!)
私の心臓が大きく跳ねる。
勉強漬けのガリ勉女には慣れない距離感なのだ!
私はまたもやリヴァイ様の胸を強く押して距離を取ろうとするが相変わらずビクともしない。
「や、約束が違います! 3年で帰してくれると言ったではないですか!? 私は帰りたいのです!」
リヴァイ皇帝の真剣な眼差しは変わらない。暴れる私を強く抱きしめる。
「ネヘミア、私の隣にいて欲しいのは君だけなのだ! それとも君は才女であれば妃が誰でも良いと思っているのか?」
私は身体中の力が抜けてしまって、ふと間抜けな声が出る。
「 へ? 」
リヴァイはそんな私の反応を想定してしたように抱きしめる力を緩めなかった。
(なんでリヴァイ様の身体が震えているの?)
「隣国でネヘミアを見初めたのだ。幾つかの国へ歴訪で回った。だがその中でネヘミアだけを好ましく思った。気持ちが焦れて何としてもネヘミアを連れて帰りたくて色々手を尽くしたんだよ」
私は要らぬ考えが咄嗟に浮かんだ。
「だからって、まさか財務大宮を殺し・・・」
それをすぐにリヴァイ様が否定する。
「そんな訳ないだろ! それは偶然だ・・・だがネヘミアを釣れる良い偶然だと思った」
私の目が座る。
「私は魚ですか? さぞや良い釣果を得たと言うべきでしょうか!? ですがやはり私は帰りたいのです! 私にとって・・・この帝国の妃など荷が重過ぎます!」
リヴァイ様のお顔が力無く私の肩に落とされた。余りにその顔が熱い。話すたびに漏れる熱い吐息が首筋を擽る。
「それでも私はネヘミアを・・・帰してあげる事が出来ない・・・契約違反と言われても良い・・・罰金も払うよ。ネヘミア、私は君を愛しているのだ・・・ だから君をどうしても返してあげる事が出来ない・・・」
「 愛!? え? ・・・へ? あの・・・? え?」
一瞬、驚き過ぎて私は言葉の理解が及ばなかった。益々身体の力も抜けてしまう。
(えっ? 愛って言った? 今確かに言ったよね? どうしたら良いの? 何と言えば正解なの?)
リヴァイはネヘミアを離そうとしない。リヴァイは元々、今日こそ自身の愚策をネヘミアに謝ろうと考えていた。下手に誇張された噂がネヘミアの耳に入る事を恐れていたからだ。
「ネヘミアに謝りたい事がある。私の愚策を素直に謝りたい。実は早馬で皇帝妃を迎えると皆に先触れで報せていたのだ。策に溺れた私が悪かった・・・ネヘミアの気持ちを確認もせず・・・ ネヘミアがこの帝国に来さえすれば良いと、そうすれば3年かけて私が口説き落とし本物の帝国妃にすれば良いと思っていたから。それなのに君は・・・皆に否定して回ってまでネヘミア様と呼ばせている。 そんなに嫌なのか? 皇帝妃になる事が・・・」
思いもしなかった懺悔を聞いて私は怒りよりも動揺する気持ちの方が大きかった。 これがリヴァイ様以外の男なら激しい怒りをぶつけていたかも知れないような気がするけど。
私はリヴァイ様の腕の中で揺れ動く気持ちを宥めてコクリと頷いた。
余りに力強く抱きしめて離れないので諦めて抱かれる事にした私。
不本意であるが仕方がない? バレリア王国の謁見の間から抱かれ癖でもついたか? なんか簡単に抱かれ慣れしつつある気がする。ぐっ! 駄目だ! 考えないでおく。
「リヴァイ様・・・帝都へ来た当初、余りにも自然に皆が皇帝妃とか帝妃様と呼ぶので、すぐに止めてもらうように言い回ったんですよ!? 皆が勝手に勘違いをしていると思っていたので・・・でもまさかそんな計画を立てられて騙されていたとは思いませんでした 」
ここでリヴァイ皇帝は私を離し項垂れながら心底苦しそうな顔をした。
「 すまなかった。 私のやり様が悪かったと認める。 女性とは向こうから勝手に近づく存在だと奢っていたのだ。それなのに・・・いざ自分から呼び込もうとしたらこの為体・・・素直にネヘミアに婚約を申し込むべきだった。すまなかった、ネヘミア。だが・・・」
私はリヴァイ様の口元に手を置き即座に塞いだ。
(それ以上言わせない!)
「 だがじゃありません! 私は約束通り3年で帰ります。ここには家族も友達も誰も知り合いが居りません。騙し討ちなのも腹が立ちます 」
リヴァイ様が私の両腕を掴んで心からの謝罪を述べる。
美しい紅玉の瞳が揺れていた。
「ネヘミア・・・悪かった! 本当にすまなかった。このベルガード帝国の名において心から詫びよう。
だからネヘミア・・・まだ時間があるだろ? ゆっくりで良いから私との事を真剣に考えて欲しいんだ・・・それから・・・ちゃんと後継人は探すから・・・」
私はなんだか自分の中にある得体の知れない気持ちも一緒に吐き出すように嘆息するとリヴァイ様から離れて執務椅子に腰掛けそそくさと執務を再開した。
集中していたせいかリヴァイ様が帰ったのを気付けなかった。
(ネヘミアは集中すると周りの雑踏を見事に遮断する。もう私の事など頭の中から消し去ってしまったのだろうな。正直、寂しいと思うよ。
でもだからこそネヘミアは愛おしく尊いのだ・・・
ネヘミア、君は気づいているかい? 君は初めから本気で私の接触を拒んでいないという事に・・・君が本気で嫌なら断固拒否すると分かっているのだ。だから・・・私は決して手を緩めない )
暫く執務に全集中しているネヘミアをうっとりと見つめて私は執務室を後にした。
今はちゃんと謝れたことを良しとしようか。
そっと振り返りネヘミアのいる執務室の扉を見る。
ここが皇帝妃に与えられた場所だと知ったらネヘミアは怒るだろうか?
ついでにネヘミアの部屋も実は先代皇帝妃のもので、私と隣同士の続き部屋となっている事も知ったら発狂するんじゃないだろうか?
今はネヘミアにバレないなように、自室に帰るタイミングを見計らっている自分が嫌いじゃないとは不思議な感覚だ。
それに今は続き扉に家具を置いているからネヘミアは気付いていないだろう。
はぁ、自分でも気持ち悪いほどネヘミアに執着している事は自覚しているのだ。
逆の立場なら悍ましいと思う。
愛とはこれほど人をおかしくするものなのか!?
だがどうしても触れたくて抱きしめたくて声を聴きたくて見つめ合いたくて・・・その先の熱い・・・駄目だ。考えたら鼻血が出そうだ。
今さっき抱きしめたネヘミアの温もりと甘い香りが私の身体と掌に残っている。
持て余した感情を上手く扱う事が出来なくてもどかしくて仕方ない。
はあ・・・
おかしくなりそうだーー
いや、もうすでにおかしいのだろうな・・・
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
とても嬉しいです。
明日は最終話です。どうぞよろしくお願いします(*^-^*)
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