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悪役令嬢が本気の恋を知って正統派令嬢に・・・?

 穏やかになった執務室で上機嫌に浮かれているネヘミアだった。



 だがその頃エレナは・・・


「たった1シバーで飴なんて買えるのかしら?」


 今まで一度もお金の教育などしてこなかった。だってそれは卑しい人のする事だと教わってきたから。

 常にあらゆる外商がマグゴナル公爵家へ訪れ私はただ欲しいものを選んでいただけだった。



 初めてのおつかいーー


 エレナは小さくて明るい店先で真っ赤な飴を一個手に取り店主に買う意思を示した。


「一個くださる?」


 店主はニコニコしながら飴をエレナに手渡した。

 エレナは1シバーを渡す。


 すると店主の顔がみるみる曇っていく。


「お嬢さん、ふざけてんのか? こんな飴玉一個に1シバーを出されてもお釣りを渡すお金がうちには無いよ。とっとと帰ってくれ」


 エレナはポカンとした。

「たった、1シバーじゃない?」


 商人はその一言に激怒した。


「何だと! その1シバーがあれば俺たち5人家族が半月は暮らせんだ! 金持ちの道楽に付き合ってられっか! さっさと帰れ!!」



 エレナは呆然としながらも次の店を見つけて同じように飴を買おうとしても怒鳴りつけられ追い出された。たった4軒の店を回るとエレナの心は折れてしまった。


(もうやだ! 帰りたい! )


 エレナは広場の噴水脇に腰を下ろしてシクシクと泣き出した。


 遠くに帝国役人と騎士が監視として見届けていたが徐にエレナに近付いてくる。


「エレナ嬢、今日はたった4件ですか。初日だとしても余りに少ないですね。ネヘミア様は初日から何十万シバーか分らぬ単位のお金を動かされていたのですよ」

 見届け人は眼鏡をグッと上げて自慢げに話した。


 涙目のエレナが驚愕に満ちた顔を向ける。

「何十万シバー・・・?」



「我ら帝国で長年財務を司っていた財務大宮が急遽鬼籍に入られて帝国の予算案が宙に浮いたのです。残念ながら余りに膨大な予算を直様組める自国の者がいなかった。それを他国からおいで頂いたネヘミア様が忽ち回復してくださったのだよ。それなのにエレナ嬢のした事でどれだけ迷惑を被ったか分かるか!」


 エレナはフルフルと首を振り顔色を失くす。


「1シバーで飴を1個買う事を諦めてはいけませんよ。明日が駄目なら明後日と、売れるまで頑張ってください」


 エレナは呆然とするしか無かった。


 だが現実は甘くないとでも言うように最後にトドメの言葉がエレナに落ちる。


「あ、それと飴が売れるまで公爵家に帰る事は出来ませんからね。騎士達の宿舎で女中が1人辞めたのでエレナ嬢はその代わりとして働きながら寝泊まりをしてください。働きもせずタダで食事にありつき寝泊まりしては世間の道理に反しますのでちゃんと働いてくださいね。勿論、飴を買う時は外に出ても構いません。さあ、騎士と共にお帰りください」



「帰れない? 女中? 働く?」


(・・・もう帰りたいのに・・・)


 エレナの理解が追いつかないのを無視して騎士ギディオンは宿舎に連れ帰ったのだった。



◇騎士宿舎にて


「ねえ、そこの新入り! 突っ立ってないで、廊下の雑巾を掛けてきて」


 エレナは汚い雑巾を渡されてすぐに投げてしまった。目に涙を溜めてブルブル震えている。


「嫌よ! こんな汚いもの・・・私には出来ないわ!」


 女中頭はエレナの頭をガツンと叩いた。


「あんたねぇ、やる気が無いならすぐに出ていきな! さぁ、夜も近いよ。小娘1人で外に出ればどうなるか分かるかい? あっという間に捕まって奴隷として売られるよ!」



 エレナは衝撃を受けて本当にただ突っ立っている事しか出来ない。


「さぁ、どうするんだい? 最低限雑巾掛けをしないならご飯も抜きだし、出て行く事になるよ」


 エレナは仕方なく投げた雑巾を拾ってバケツに入れてクルクル回した。


「あんた今まで雑巾掛けをした事がないのかい?」


 ただ頷くエレナに女中頭が丁寧に濯いで雑巾をギュッと絞って渡してくれた。


「一度しか教えないからね。さあ、あんたはこの階の廊下を拭いてきな」


 エレナにとってたった一階しかない廊下がとても長く感じられた。

 いつもメイド達がどんな風に仕事を熟してきたか考えながらただ手を動かした。


 お嬢様の手はたった数回雑巾を絞っただけで真っ赤に腫れていた。


 身体から汗が噴き出て何度も額の汗を手で拭った。整えられた髪も乱れているがそんな事に気を取られていられなかった。


(あと少し・・・あともう少し・・・)


「終わった?」


 エレナは拭き終わった廊下を見渡して達成感を味わっていた。

 何度も濯いだバケツの水は黒く汚れていた。エレナはそのバケツの水を捨てに行こうと取っ手を持つが重くて持ち上がらない。初めての雑巾がけに腕がパンパンに張り手が震えていたせいで。

 途方に暮れたエレナに騎士ギディオンが近づいてそっとバケツを持って何も言わず去って行った。

 


 女中頭が声を掛けてくれた。


「あんた、良くやったね。さぁご飯でもお食べよ」


 質素な食事だったがエレナはお腹が空いて空いて頭の片様にあるマナーがチラついたがそんなのお構いなしに頬張って食べた。


「あんたは明日も買い物があるんだろ。もう寝な」


「あのう、お風呂は?」


「そんなのお貴族様じゃないんだから毎日は入れないよ! 明後日は入れるから、とにかく今日はもう寝なさいよ」



 エレナは薄暗い女中部屋の少し湿ったベッドで泥のように眠りについた。



 次の日も飴を買おうとするが誰も売ってくれない。

 たった2日しか経っていないのに1シバーの重さがひしひしと伝わってきた。


 帰ると女中仕事をやり少しずつ出来る仕事が増えていく。


 それから半月ほど過ぎたある日。


 もう何度も顔を出した最初に飴を買いに行った店先で店主がエレナを待っていてくれた。


「お嬢さん、今日も飴をお求めかい?」


 エレナは申し訳なさそうに頷いた。


「あれから半月だ。うちも少しずつ金を貯めたから今日は1シバーで買い物をしてもお釣りが出せるよ」


 エレナは感極まって思わず涙が流れた。


「あ、ありがとうございます! あ、飴を・・・一つください」


 そう言って1シバーを渡すと9999ブロンのお釣りと飴を一つ渡してくれる。


 エレナは手にずっしりと乗ったお釣りと飴を握りしめて深々とお辞儀をした。



 背後から監視と騎士がエレナに声を掛ける。


「エレナ様、合格です。今日からマグゴナル公爵家にお帰りください。但し・・・またネヘミア様の執務を邪魔し不遜な令嬢と言われたいですか?」


 エレナは涙をグッと堪えて首を横に何度も振った。


 監視は店の店主に10ゴルンを渡した。

 店主は仰天する。


「だ、旦那! こんな大金貰えないよ!」


「貴方は本当に真っ当な商売をしてくれました。ネヘミア様からエレナ嬢に飴をちゃんとした対価で売った方に渡すように言われていたお金なので気にせず受け取ってください」


 店主はお金を大事そうに受け取ってエレナの正体を訝しがって見ていた。


「さあ、エレナ嬢帰りますか」


 するとエレナは

「待ってください! 女中頭に最後のご挨拶がしたいのです」と言った。


 騎士ギディオンが監査に声を掛ける。


「私が責任を持ってエレナ嬢を送り届けるのでご安心ください」


 監視は頷き帰って行った。


「さぁ、参りましょう。エレナ嬢」


 エレナはギディオンの差し出す手を見た。

 何度か心が折れて泣いた日は清潔なハンカチを差し出してくれた。洗濯は何も言わずに隠れて手伝ってくれた。時々この大きな手で小さなお菓子を差し入れしてくれた。


 エレナは自身の心を動かしたギディオンの言葉をいつまでも忘れないと誓っていた。


「自分は監視なので、エレナ嬢に堂々と接する事が出来ません。ですが一生懸命に飴を買おうとする姿や働く姿を見て心を揺さぶられました。エレナ嬢が飴を買える時まで自分はいつまでもお側におります。どうか諦めないでください。この試練は公爵家にお戻りになった後にも必ずやエレナ嬢の糧となりましょう」


 何度も何度も何度もこの言葉に助けられた。


 そっと騎士ギディオンの手にエレナは震えながら手を重ねた。ギディオンはエレナの小さな手を優しく大事そうに握り返してくれる。


 そうしてエレナは女中頭に挨拶と礼を言い自分が使っていた部屋を片し何度も騎士寮を振り返りマグゴナル公爵家へ帰って行った。



 馬車は華やかな表門を抜けるとマグゴナル公爵家の正門の前で静かに止まった。

 マグゴナル公爵夫妻が揃ってエレナを待っていた。


 今のエレナは風呂にも入っていない貧相な格好をした姿だった。

 恥ずかしさで立ち止まるエレナの背中をギディオンがそっと押してくれた。


 マグゴナル公爵夫妻はそんなエレナを力一杯抱きしめてくれた。

 3人はただ泣く事しか出来なかった。

 夫妻はエレナが心配で砂を噛む思いをしながら娘を信じて待っていた。

 エレナは試練を通して多くの事を学んだ。


 暫くしてエレナはハッとして後ろを振り返った。


 ギディオンの姿はもう無かった。


 ギディオンはエレナより身分が低い事をよく理解していて決して一線を引き踏み込んでくる事は無かった。

 今もそっと姿を消す程に身を弁えている。


 エレナはコレが初めての正真正銘の『本物の恋』だった。素直に戸惑っていた。

 正直に真摯にこの恋に向き合いたかった。でもーー


「お父様、お母様・・・不出来な私のせいで沢山のご迷惑と心配をおかけして申し訳ありませんでした。このエレナ、これからはしっかりと心を入れ替えて、このマグゴナル公爵家を盛り立てて参る所存でございます・・・」


 マグゴナル夫妻は涙を湛えエレナを見て頷いてくれる。


 エレナはこんなに迷惑をかけたのに最後の我儘を言うべきか悩んでいた。


「エレナ、貴女は立派に禊をしましたよ。なのにその態度・・・今の貴女には私たちに遠慮があるのが分かります。心配しないでエレナの考えている事を教えてちょうだい」


「ああ・・・お母様・・・うっ、うう・・・うっ・・・」


 エレナの背中をお父様がそっと撫でてくれる。お母様はエレナの涙をそっと拭ってくれる。


「お父様・・・お母様・・・私は初めて心から愛する方を見つける事が出来ました。その方は私より爵位が低いと要らぬ遠慮をする方です。その方は陰から私をそっと支えてくれた方です。本当の愛が何なのか初めて知ったのです・・・私はどうすれば良いのでしょう?

沢山のご迷惑をお二人にお掛けしたのに・・・この気持ちを押し通す事が怖いのです・・・うっ、うっ」


 マグゴナル夫妻は目と目を合わせ穏やかに笑った。

 そしてエレナへ優しい声をかける。


「エレナ、お前の・・・真の初恋相手はもしかして先程ここへ送り届けてくれた騎士なのか?」


 エレナは泣きながら何度も小さく頷いた。






最後まで読んでいただいてありがとうございました。

とても嬉しいです。

エレナは本筋の公爵令嬢ですよね?・・・次回が楽しみです(*´з`)


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そしてこれからの励みになりますので

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