恋に無自覚令嬢は怒る。制裁する。
大陸一の栄華を誇るベルガード帝国は天候も味方をするのか麗らかで全てが滑らかに過ぎ去り穏やかであった。
だがその根幹の一部であろう財務を支えるのが18歳の少女だと誰が知るのだろうか・・・
そりゃ勿論、ほんの一部の人達は知っているだろうけど。
陽の光を集めたような濃厚な赤い髪とこれまた陽の光を集めたような黄金色の瞳をキョロキョロと忙しなく動かすネヘミアは執務室で歳費案の骨組みを読み漁り予算案を組んで振り分けていた。
手の中で膨大な金額が記された書類の決裁が回されてゆく。
国費の中で皇帝妃の決裁を待つ事業は意外に多いのだと、ネヘミアは実務から実感していた。
なんと言っても、女性蔑視の隣国ですら、天才にして生意気ながさつ才女で名の通ったネヘミア。そんなネヘミアの手に掛かれば、余裕で捌くのなんて訳ないのである。
だが他国の、さすが大陸一と言わしめるベルガード帝国の財務大宮に要求される執務は膨大な知識を操らなくてはならなかった。
私は小さな垂れ流しともいえる予算の無駄を見つけては嬉々とし、また貴族から提出された予算案と議案の矛盾を見つけてはウキウキした。
さぁ、 見つけてしまったからには速やかにリヴァイ様へ提案書を作成して提出する。 すると忽ちすぐに了承されるのだ。
ああ、なんて話の分かる雇用主様なのだ! 嬉しい気持ちが溢れて尚更ヤル気が漲ってくるじゃない。
新たに骨太な改革案を練る事で無駄に捨てられていた予算を他の理に回し予想外の利益と成果を出したと実感できた時こそ私の魂は震えるほど歓喜に満たされる。
ネヘミアの頭の中には数字が絵になり風景になり人になるのだ。
今回バレリア王国からベルガード帝国へ来るための旅が良い機会と経験になったとネヘミアは思った。
ベルガード帝国に入った時の感動が蘇ってくる。
このベルガード帝国はもっと良い国に出来る・・・
だから私は自分の能力を惜しまず使い切ると誓ったのだ。
コンコンコン
「ネヘミア様・・・また例の方が・・・ 」
私は顔を上げて、困った様に報告をしてきた執事のエリオットに溜息混じりに返事をした。
「例のって、例のマグゴナル公爵家のエレナ嬢の事かしら? 」
エリオット執事が私に同調するかの様にコクコクと頷き溜息を吐きながら言葉を連ねた。
「左様でございます。ネヘミア様は執務中であると、何度も申し上げたのですが・・・」
エリオットは突然シナを作りエレナ嬢の口調を真似た。
《公爵家の私を待たす気なのかしら!?》
「と、申しておりましてお帰り願う事が叶いませんでした」
私は瞬きを数回繰り返して一瞬呆気に取られたが気持ちを立て直す。
(エリオットったらモノマネが上手いわね)
それにしても公爵家より序列が下の執事を責めても仕方がない。
「分かったわ。マグゴナル公爵令嬢を第二応接室にお通しして」
エリオット執事は忽ち安堵した。
「はい。そういたします。ネヘミア様」
「あっ、待ってエリオット。例の方を別室で・・・」
エリオット執事は心得たとばかりに大きく礼をした。
静かに部屋を出た後ろ姿を見ながら、私は舌戦の備えを頭の中で繰り広げていた。
私の到着を今や遅しと待っていたマグゴナル公爵家のエレナ嬢は、皇帝陛下の許嫁候補として常に名を馳せていた。
本人も自分が将来の帝国妃であると、事ある毎に吹聴していたらしいし。
早速、私が応接室に入ると・・・上から下に視線を這わせ・・・フッと鼻で笑ってくれた。
私に対してこの態度か? 稚拙すぎて笑いそうになる。
私はほぼ毎日訪ねてくる迷惑な客に対して、礼儀を弁える気にもなれないので早々にテーブルを挟んだエレナ嬢の前に座り相手の出方を探る事にした。
エレナ嬢は優雅にお茶を飲んでいる。
沈黙が続くーー
私も特にエレナ嬢を気にも留めず窓の外を眺めて話かけもしなかった。
沈黙が続くーー
(頃合いね・・・)
20分程過ぎたところで私は、一言も話さず席を立とうとした。
そこでエレナ嬢が慌てて口を突く!
「お待ちなさい! ネヘミア嬢。私の要件はまだ終わっていませんわ」
私はしらけた顔でエレナ嬢を見ながらキョトンと首を傾げた。
「なっ! なんですの! その態度は! たかが侯爵家の出なのに、許せませんわ!」
私は突けば我慢の足りないエレナ嬢を貶める様に笑った。
「あら? 挨拶も出来ないご令嬢に? これ以上執務を邪魔される所以はありませんでしょ? では失礼」
尚も席を立とうとする私を必死で引き留める。
「だ、か、ら! 他国から来た侯爵令嬢なんて駄目なのですわ! この大陸一と云われるベルガード帝国では、貴女のその態度は常識が無いと言われるのですよ! 貴女はそれを心得ておくべきですわね!」
(全く、謁見の許可なく来ている令嬢の言葉とは思えないわね)
だが、今回はいつまでも無礼なご令嬢を許しておくつもりは無かった。
(雇用主が私を試しているのだから・・・ご期待に沿わなくてはならないでしょ?)
そろそろ本気の私は鋭くエレナ嬢を睨んだ。
そして愈々口撃開始の始まりを告げた。
「貴女・・・1000シバーの損が出ましたわ」
エレナ嬢は素っ頓狂にハテナマークを散らしていた。
続ける私。
「あら・・・もう1500シバーの損失ね」
エレナ嬢は訳が分からず大声を張り上げた!
「貴女! さっきから何訳の分からない話をしているのよ!?」
私は凄みを効かして声に威厳を放ってエレナに説明をした。
「私の執務を止めた事による、損害の金額ですわ。貴女のくだらない戯言を聞く時間に垂れ流される損失ですのよ。それは今、この瞬間も続いていてよ?」
一瞬たじろいだエレナだったが、ニタリと笑って反撃してきた。
「まあ、執務を始めてやっとひと月なのに?・・・見栄を張るものではありませんわよ」
「ふーん、見栄ね」
私は大切な執務の内容を教える気は無い。何といっても帝国の極秘内容も多いしね。
でも今日をもってひと月ーー
あやふやな態度も茶番も終わりにしなくてはと兼ねてから決めていた。
「エリオット執事! 直ぐに別室にいるマグゴナル公爵を連れてきなさい」
「ネヘミア様、その必要はありません。マグゴナルはこの場におります」
エリオット執事の後ろにマグゴナル公爵の姿があった。
その姿を確認したエレナは少し驚きを見せたが、私を前にして引き下がる様子を見せなかった。
「お父様! 私は他国から来た侯爵令嬢に礼儀を教えて差し上げているのです! 邪魔をしないでくださいませ!」
マグゴナル公爵は右手をガバッと顔に当て何とか心を落ち着かそうとしていた。潜もった声で私へお伺いを立てる。
「ネヘミア様、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」と一言。
私が揚々に頷くとスタスタと部屋に入りエレナの腕を掴んで席を立たせた。
追い討ちを掛ける様に私から一言。
「エレナ嬢、もう10万シバーですわ」
エレナの腕を掴むマグゴナル公爵がピクリとする。
「エレナ・・・お前という奴は皇帝閣下の御心も掴めず今はネヘミア様の執務の邪魔をしていたとは・・・エレナ! 10万シバーとはどれ程の価値があるのか知っているのか!」
エレナは癇癪を起こして父を詰った。
「お父様! 当家は公爵家ですわよ! そんなはした金で怒らないでくださいませ!」
マグゴナル公爵は握っていたエレナの腕をブンッと振り下ろした。
「痴れ者が! 10万シバーは我が公爵家のひと月分の予算だ!」
「そんなの嘘よ! あんな目下の女にそんな大金を動かせる筈なんて無いわ!」
私は容赦しない。
「マグゴナル公爵、もう15万シバーになろうとしていますわ」
マグゴナル公爵が慌て出し早々に退席しようとしていた。
一度離したエレナの腕を掴んで。
そんなに簡単に退席させないわよ。
「マグゴナル公爵、このひと月余りエレナ嬢はほぼ毎日執務の邪魔をしてくれました。それはゆうに国家予算の半分に等しい金額を垂れ流した事に変わりありませんの。これからもこんな事が続くのかしら?」
マグゴナル公爵の力が強まりエレナは悲鳴を上げる。
「お父様、痛い!」
「・・・ネヘミア様、エレナを急ぎ修道院へ入れます・・・我が公爵家で弁済出来る限り致します故、何卒ご配慮願いますでしょうか」
と言ったそばから深々と頭を下げた。
エレナ嬢を破門ではなく修道院とは。
これぞ父の愛ってとこかしら?
私は一瞬、隣国にいる恋しい父の顔が浮かんだ。
そのマグゴナル公爵の温情を果たしてエレナ嬢は理解しているのかしら?
私は小さく溜息を吐く。
「マグゴナル公爵はエレナ嬢に一度でも市井で買い物をさせた事がありますか?」と酷く冷静に尋ねる。
「い、いいえ。一度もありません・・・」
公爵は顔を上げられず言葉を返す。
エレナは修道院という単語から魂が抜けるほど驚き、話の内容など入ってこない様だった。
ああ、私も意地が悪い。
楽しい執務を邪魔されていた事が思っていたより遥かに腹が立っていたようだった。
同じ歳の令嬢に生優しく許してあげる事が出来ないのだ。
「マグゴナル公爵、エレナ嬢の籍を抜く事も修道院へ行く事も不問にします・・・但し、エレナ嬢に1シバーを渡して市井で飴を一個買いに行かせてください。買えるまで何日でも構いません。買えるまで続けてください。良いですね」
マグゴナル公爵の顔色が悪くなる。だが破格の提案である事も否めない。
エレナも内心、なんだ・・・そんな事かと安堵していた。
マグゴナル公爵は苦々しく返事をするしか無かった。
「ネヘミア様・・・仰せのままに・・・」
それからは嘘の様に執務室は穏やかな時が流れていた。
時々尋ねてくる、
リヴァイ様さえ来なければ・・・
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
とても嬉しいです。
ほんの少しリヴァイ皇帝とネヘミアから話が外れましたね。
明日はもっと外れます(;´・ω・)
でも大事なキャラなので楽しんでいただけたら嬉しいです(^^♪
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