恋した皇帝は旅でヤキモキする
私はベルガード皇帝陛下で有らせられるリヴァイ様と同じ馬車に乗っていた。
たった二人の空間なのに緊張するヒマなんて全く無かった。勿論、私も当初は絶対に緊張すると思っていたのよ?
でも馬車に乗るや否や目の前にはドドン! と音でも聞こえてきそうな大量の書類が積まれていたのよ。
他国の初めて尽くしの書類となれば他ならぬリヴァイ様から直接ご教授願うしかなくて必死で捌かなきゃダメで緊張なんてしている余裕なんて全くなかったのよね。
何故ベルガード皇帝をリヴァイ様とお呼びしているのかと言えば契約書の中にその旨が記載されていたから。
リヴァイ様は堅苦しい事がお嫌いらしく財務大宮とは常日頃から執務会議をする事が多いから名前呼びで良いと仰ってくれた。
そして私の事も名前から『嬢』が取れてネヘミアと呼び捨てになっていた。
( まぁ私は良いとして・・・逆にベルガード皇帝陛下を名前呼びなんて許されるのだろうか? 例え侯爵家といえども弱小国出如きがだと思うのよ・・・だがリヴァイ様を見るに機嫌は良さそうなのよね・・・)
あの時、我が家に早馬を飛ばしてきた配下にリヴァイ様はすぐさま大事そうに書いた書簡を渡して再びベルガード帝国へ戻した。
隣国とは言えベルガード帝国の帝都までは5日を要する。
馬車でも高級宿でも私はリヴァイ様と常に一緒にいて離れている事が無かった。 勿論、部屋は別よ。
兎にも角にも次から次へと早馬で予算資料が手元に届き、リヴァイ様の教えを受け意見を賜らなければならなかったから。もう嫌でも一緒に過ごさざるを得ないのだ。
その甲斐あって大方の見方が分かり方向性も見えてきた。
リヴァイ様が的確に導いてくれたから。
私は到底一歳差とは思えないリヴァイ様の思慮深さと研ぎ澄まされた洞察力に感心せざるを得なかった。
馬車の旅でネヘミアは外を見ているか書類を見ているか、はたまた寝ているか・・・決して私を見ている事は無い。
私は順調に進む馬車の中で目の前にいるネヘミアを見ながら平然とした素振りを崩さないよう気を引き締めていた。
契約書に名前呼びを記載して良かったと素直に思う。 ネヘミアから名前を呼ばれる甘美な響きに心が躍る。 勿論、他の者にはそう呼ばせる事は決して無い。ネヘミアだけに許すのだ。私もネヘミアと呼び捨て出来る特権を得て満足なのである。
私にとって馬車とは移動するもの、執務をするもの、休息を取るものであった。
だが今、その馬車で私の前にはネヘミアがいるのだ。
この空間はいつもこんなに息苦しかっただろうか?
今まで考えもしなかったのにネヘミアの為に乗り心地すら気にしてしまう。
偶に膝と膝が微かに触れて落ち着かなくなる私の気持ちなどネヘミアは微塵も気付いていない。
(まだ早い・・・ネヘミアは執務に夢中になっているから。恋も愛も知らなかった頃の私は、それらは純粋で美しいものだと思っていた。崇高で穢れのない無垢な気持ちだと。しかし実際は途轍もなく欲望的でネヘミアを渇望してドロドロした自分の気持ちに驚きながらも素直にそれをネヘミアにぶつけたくて仕方ない)
私はネヘミアから教えを乞われる悦びを心でゆっくりと消化してゆく。
(あぁ・・・早く君を堂々と・・・)
まだこのまま二人の空間を楽しみたいと思う気持ちの反面、帝都に着いたら遠慮や躊躇などせず早くネヘミアに攻め込みたい気持ちで私の心は揺れているのだった。
リヴァイ様は狭い馬車の中だというのに至って普通で落ち着いている。偶に膝がぶつかりそうになるのに苛立つような仕草を全くしない。本当にいちいち感心してしまう。
まだ数日だというのに・・・一緒に過ごす事でリヴァイ様の人となりを知っていった。
早朝に鍛錬を欠かさない。この歴訪中にも執務を行っている。
何処にでも連れて行くリヴァイ様の愛馬はとても大きな軍馬で偶に私を乗せては息抜きだと笑う姿にドキドキしてしまった時は正直、自分自身に戸惑いを感じた・・・
いつでも私に優しく接してくれるリヴァイ様・・・とても居心地が良くて安心が出来て。他国の男性は皆なこんな感じなのだろうか? 私は女性蔑視の自国の男達しか知らないのだ。お父様のような方は珍しいのだと充分理解もしている。
私の人生でこれ程一緒に過ごした異性はリヴァイ様が初めてで・・・
いかん、いかん!
リヴァイ様の優しさは雇用主の優しさだ。 私は雇用主様の期待に応えなくてはならないのよ!
ベルガード帝国に戻ればリヴァイ様は膨大な政務を熟し私には膨大な財務職が待っているのだ。
そうなると会えるのは執務会議の時ぐらいで、この旅のように過ごす事はないだろうな。
うん、少し寂しい? ん? なんだ? なに? 今の気持ちは???
ダメでしょ私! そんな訳の分からない事を思うなら執務の事を考えるのよ!
そう、これこれ! これを思うと心の中がワクワクする気持ちで弾けそうになるのよ!
早く来い来い予算案! そして財務資料という膨大な書類たちよ!
ああ、待ってておくれ! と心の中で絶叫しておこう。
馬車は予定時刻でベルガード帝国に入った。私は余りにもバレリア王国との違いを目の当たりにして度肝を抜かされていた。
まだ帝都には着かないのに。帝国の外れの街も整備され貧民街なんて見つける事も出来やしない。
全ての民が同列では無いにしろ活気溢れる街を見れば統治者の力量が良く分かるというもの。
綿々と繋がれた善政の賜物だわ。
私は自分の財務大宮としての力量を早く確認したかった。ちゃんと足るものを持っているのだろうか? この旅で学んだ事を存分に発揮したくて堪らなかった。
財務大宮とは数人の財務大臣達を束ねた実務をする財務の最高権威なのだ。
このベルガード帝国だけに存在する職位である。
バレリア王国では決して味わえなかった腹の底からゾワゾワと湧き上がる期待感と高揚感が!!
やる気満々の私と平常通りのリヴァイ様を乗せた馬車は無事に帝都に入る。
暫くすると豪華な装飾がなされた巨大な鉄門を通過した。
私の高揚感は頂点を極めつつあった。
荘厳な帝城が目に飛び込んで来る。
美しい庭園を走り抜ける馬車。
庭園のある場所を通過すると涼やかな鐘の音が鳴り響いた。
動きに一切の無駄なく大勢の人波が移動している。執事やメイド達そして騎士達が何列にも並んで出迎えてくれる姿が圧巻で私はその様子を驚いて見ているしかなかった。
リヴァイ様が馬車から先に降りて私に向かって手を差し伸べてくれた。
私へ向けたリヴァイ様のお顔はいつにも増して美しく感じる。それは見事な皇城と庭園が相まってこの帝国の主なのだと思い知らされたからだろうか? 堂々と佇むお姿は綺麗なんて一言では言えないほど凄みをまして壮麗であった。
もうこの旅で何度も経験しているけれどあんなに沢山の人達の前だと緊張してしまう。
ほんの少し震えている私の手をリヴァイ様は力強く握ってくれた。
「今帰った。出迎え感謝する」
リヴァイ様の言葉を受けて家令が恭しく一礼すると次に私へ声を掛けてくれた。
「長旅たいへんお疲れ様でございました。改めて、ネヘミア皇帝妃にご挨拶をさせていただきます」
そう言うや否やリヴァイ様以外の者達が押し寄せる波の如く一斉に私に向かい深々と礼をした。
「へ? 」
リヴァイ様が明後日の方向に顔を向け笑っていた事には気付かない私。
(え? え? 待って、待って、待って・・・)
先程の絶好調だった高揚感とウキウキ気分は忽ち弾け飛んだのは言うまでも無い。
呆けている間に部屋に通されても休める訳がない!
私は直ぐに立ち上がった!!
その日のうちに疲れている私が最初にした事といえば・・・
「皇帝妃ではありませんよ!?
私の事はネヘミアと・・・それが駄目ならせめてネヘミア様とお呼びください! 」
帝城で会う人会う人に触れ回ったのだ。
先程の出迎えはざっと見繕っても数百人はいた事だろう。
こんなにチマチマと誤解を解いたとて、果たしてどれだけの人が理解してくれた事だろう?
もう〜どうしてこうなったの!?
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
とても嬉しいです。
リヴァイ皇帝がんばれ~('ω')ノ
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