怒る皇帝は小さな王国を作り変える
バレリア王国の謁見の間は未だかつてないほどの極寒に包まれ、場の空気はさながら猛吹雪が吹き荒れているかのようだった。
私をその腕に抱きながらベルガード皇帝は鋭い視線をバレリア国王へ向け大帝国としての絶大な圧を放っている。
所詮バレリア王国はベルガード帝国の1割にも満たない小さな国だ。
ただ男社会を守り通すと言う小さなプライドだけで成り立っている王国なのである。
だから例え国王であろうとも遥か格上の皇帝様には抗議も異論も反論も意見も言い訳も口答えも何も言えないのである。
ベルガード皇帝は次に私をお姫様抱っこに持ち直しスクッと立ち上がるとバレリア国王に向かって歩いて行った。
「そこを退け!」
その一言で場を易々と譲るバレリア国王と仲間達。
ベルガード皇帝はバレリア国王の玉座に私を抱きながら座ったのだ!
(えっ? ええ!!玉座!? 他国の玉座なのに!? )
大抵の事には驚かない私でも流石にコレは・・・
「 バレリアの小蝿達よ。 帰還の挨拶の為に来てみれば見るに堪えない最悪の状況をどう説明するのだ? まさか一人の令嬢を多勢の男共で弄るような真似をするとはなぁ。 舐め腐った態度も密偵すら見逃してやったというのに我が帝国ベルガードへ牙を向ける形となった。 許されないお前達の大罪は大切な我が婚約者であるネヘミア嬢に手を出した事だ・・・それだけは到底許されるべきではないのだ! まさか一国の王ともあろう者が咎めが無いとは思っていなかろう?
フッ、そろそろこの国も潮時か?」
皇帝の腕の中で私は盛大に震えた。精一杯小さな声で大きく驚いていた。
「こ、こ、婚約者!?」
ベルガード皇帝は静かな声で腕に抱く私に近づき甘く囁いた。
「 しー、静かに。其方を私の婚約者とした方が話がつけ易い。それらしく振る舞ってくれ 」
私も小声で返す。
「えっ? ですが皇帝陛下、たとえ弱小国であったとしても内部干渉し過ぎではありませんか?」
ベルガード皇帝はチラリと私を見て笑った。そしてこともあろうか抱きしめた私の頭にチュッと軽いキスを落としてきた。
「へ?」
「だから其方を婚約者としておいた方が良いのであろう?」
(えっ! 今何したの? もしかして・・・わ、わ、私の頭にキスした!?)
意外と大抵の事に驚く私を自覚しつつ・・・でも??
見つめられながら囁く声が耳朶に響いて知らず知らずのうちに私の頬が染まる。
(うわっ! 何コレ? この状況がもう無理!)
と、思うのに・・・咄嗟にキラキラと輝く契約書が私の頭に浮かんできたのだ。
雇用主をガッカリさせては駄目だ!
私はコクコクと頷いてとりあえず大人しく抱かれている状態を保持する事にした。
私がキスを落とされて頬を染めた様子にご満悦なのかベルガード皇帝の機嫌が少し直った? ような気がする?
傍から見ていると婚約者と嬉しそうに囁きあう恋人同士に見えるのだろうか・・・?
もう私の許容範囲を超えて恥ずかしくて居たたまれない。ただこの場が早く収まる事だけを私は祈るしかなかった。
バレリア王を始め謁見の間にいる男共は放心状態だった。
一体いつ婚約の契りを交わしたのだ?? そんな情報は入っていなかっただろう?
これは盛大にやらかしたと認めざるを得ないのだ。
首?首か?首が飛ぶのか?毒か?毒が身体中を蝕むのか?
その場にいる男共は歯をガチガチ鳴らし顔色を無くしている。
残念過ぎる事に私を除いて、今この場に女性の姿は誰一人居なかった。
王妃すら居ないのだ。
男社会の中で女一人を断罪する。
これがバレリア王国の現状なのが無念で仕方ない。
ベルガード皇帝は怒りを隠さず冷酷さを滲ませた声でバレリアの男共をただ恐怖で包み込んでゆく。
「先ずはベルガード皇帝の婚約者に傷害を負わした国王には処刑がお似合いか? 其れを面白おかしく見ていた傍観者達には果たしてどのような罪を負わせるべきだろうか? 例えるなら毒杯とか?」
国王陛下の威厳はどこかに軽々と吹き飛んでいた。
いち早く跪き頭を床に押し付け両手を握ってガタガタと震え許しを乞うている。
「ベルガード皇帝陛下! どうかお赦しを! 私の非礼を深くお詫びします! どうか! 」
すると周りにいる全ての仲間達がズササササと一斉に跪き頭を下げた。
私とベルガード皇帝が同じタイミングで溜め息を吐く。
またも皇帝が私に小声で囁く。
「どうだ? 処刑を望むか?」
わ、私? 私は・・・無意識に首を軽く振って
「・・・処刑は・・・望みません。ですが今この王国を刷新して変えられるのであれば男尊女卑の考えを根幹から変えたいです」
「フッ、良い考えだ 」
何だかベルガード皇帝の笑みは見惚れるほど格好良かった、ような・・・?
小さな王国は滅びる事こそなかった。
結論から言うと帰路を急ぐベルガード皇帝に代わり先帝の弟で右腕とも言えるザハリン公爵と精鋭兵が残り後始末をする事になった。
ベルガード帝国から後に一万の精鋭部隊が合流する事もついでに伝えられてバレリア国王と愉快な仲間たちにはなす術も無かった。平和ボケのバレリア王国では一万の精鋭部隊を退けられる程の兵力が無かったのである。
国王と主要な大臣達は全てその職を下ろされた。
元々優秀であった王妃が女王陛下の座へ上り日陰にいた才女達を登用して女性大臣が一気に増えた。
男性大臣は価値観の適性と能力を鑑みて選び直された。
国王と愉快な仲間達は処刑こそ免れたが二度とその座に就くことは許されず奉仕活動に従事する事となった。
男尊女卑を許容しない善良な貴族こそ讃えられるべきだったのだ。
平民達にも女性蔑視の風潮は許されなくなった。
すぐには長年の慣習を直す事は難しいだろう。
でもこれで少しは真っ当な王国になれれば良いと切に願う。
今までより女性達は忙しなくなるだろう。
だけど威張り散らかす男達を裏で支える度量があったのだから・・・
その素養は計り知れないのだ。
次の日、僭越ながら女王陛下より書状を賜った。 断罪の場にいる事も出来ずに私を守れなかった事への詫び状と言ってもいい。でも文末には女王陛下として私にされたような下劣なことは二度と起こさないと固い約束を表明してくださった。
私は3年後に戻る将来の楽しみを思い心が満たされていた。
そして旅立ちの日・・・ウキウキと浮かれている私とは対照的に何故かお父様とお母様そしてお姉様が渋いお顔をされていた。
「ネヘミア、我が国は変わった。もうピュリモンド侯爵家が無くなる未来は潰えたのだ。 だから安心してベルガード皇国でネヘミアの実力を発揮してくるのだぞ。 執務も大事だが身体を大切にしてくれ。そしてベルガード皇帝陛下をしっかりお支えするのだぞ 」
そう言って目をウルウルさせながら私を抱きしめるお父様。
「ネヘミア・・・あなたは私の誇りよ。あなたが頑張った分だけ私も頑張れたの。私はピュリモンド侯爵家を立派に継いでいくわ・・・だからネヘミアも偉大なベルガード皇帝陛下に尽くしてね」
お姉様が固く私の手を握り一粒の涙を流した。
「ネヘミア・・・私の愛しい娘・・・貴女なら立派にベルガード帝国で皇帝陛下をお支えしていけるでしょう。皇帝陛下は貴女を大切にお守りしてくれる筈です。だからネヘミアはベルガード皇帝陛下と一緒に行く末に心を尽くすのですよ。 どうか元気でいてね・・・」
お母様も涙ぐんで私を力強く抱きしめた。
(???)
たった3年したら帰ってくるのよ?
それにしては余りに重たい空間じゃない?
・・・一体どうしたというの?
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
とても嬉しいです。
そしていよいよネヘミアはベルガード帝国へ向かいます。
よろしければブックマークの登録と高評価をお願いしますm(__)m。
そしてこれからの励みになりますので
面白ければ★★★★★をつまらなければ★☆☆☆☆を押して
いただければ幸いです。