恋に落ちたかもしれない皇帝は行動してみた
当初、ベルガード皇帝としてバレリア王国には1週間の滞在を予定していた。
1日目、2日目、3日目と全てがとても穏やかに過ぎていた。
予定された歓迎行事に幾つかの視察を熟しベルガード皇帝と何か縁を繋ごうとする貴族達の謁見要請・・・その全ての予定を完璧に組んで常に通訳として影に徹するネヘミア嬢を俄然意識せざるを得なかった。
(我が国でもこれ程までに円滑で無駄のない予定を組める者がどれほどいるのだろうか・・・認めざるを得ない実力だ)
決めた!
私はとうとう途轍もない決心をする事にしたのだった。
4日目の昼を迎えた今、私はピュリモンド侯爵家の客間に座っていた。
目の前にはピュリモンド侯爵と夫人が座っている。
私は昨夜のうちにピュリモンド侯爵家に遣いを出していた。
そしてその際、ネヘミア嬢が屋敷に不在でいる事を願い出ていた。
数人の配下と私だけという信頼のおける仲間だけの訪問であった。
ピュリモンド侯爵夫妻は突然の訪問にも関わらずこの王国貴族らしからぬ落ち着きと私への敬意を払ってくれた。
あのバレリア国王達とは雲泥の差である。
侯爵夫妻は通訳を介さずベルガード語で自己紹介と私が訪ねてきた理由を尋ねてきた。
「突然の訪問にも関わらず手厚い歓迎に感謝する。実は・・・通訳をしたネヘミア嬢に対して私は常に感服するばかりであった。失礼を承知の上で色々と調べさせてもらったのだ。彼女は言語だけに長けた訳ではなく政治に経済や天候学や学術全般に秀でていた。 ましてやこのバレリア王国で女性にしては珍しく学術院へ通い5年間一位の座を譲らなかったとか」
侯爵夫妻は私の話を聞いて怪訝な顔をしつつも特に口出しなどせずに話の着地点を見極めるつもりの様だった。 私は熱を込めて続きを話す。
「侯爵・・・勿体無いとは思わないか? ネヘミア嬢の類稀なる才能がこの国ではただ埋もれていくばかりではないか・・・この国では女性の爵位継承を認めていない。長い歴史のあるピュリモンド侯爵家は男の子が生まれなかったという事だけでいずれ没落の運命ではないか。女性爵位は認めない・・・ふざけた事に婿を迎えた爵位継承すらも禁じている・・・ハッ、ゆくゆくは領地を王国に収める事しか道が残されていないなんて。こんな事は他国ではあり得ない事も侯爵なら知っているだろう?納得出来るとは到底思えない。
そうは思わないか? ピュリモンド侯爵」
ピュリモンド侯爵は静かな男だった。
それがゆっくりと口を開いた。
「私も不敬を承知で言わせてもらうのであれば、この王国の有り様には腸が煮えくりかえる思いでございます。ですが国の体質を憂いてばかりでは先が尚も閉ざされていくばかりでしょう。私達は大切な娘達の将来に何を礎にして欲しいのか考えあぐねました。全てを鑑みて学問を身に付けさせる選択が最善であると結論付けたのです。将来の財産になる知恵を授ければ、行く道を間違えることは無いでしょう。それがせめてもの親心でございます」
ピュリモンド侯爵の言葉で今は亡き父上の幻影が浮かんだ。
ーー知識とは宝だ。これだけは持ち過ぎても困る事はないのだ、とーー
(なんと惹かれる方だろう。父上と等しい考えを持つ方・・・高潔なピュリモンド侯爵家をこの国が没落させると言うなら私が貰い受けるまでだ・・・それには勿論ネヘミア嬢も含まれている )
それから私は侯爵と暫く和やかな話をした後、改めて今日来た確信を話した。
「突然の話に驚かれるであろうか・・・実は、ネヘミア嬢を将来の妃にしたいと願っているのだ・・・
そして行く末に閉ざされるしか道が残されていないピュリモンド侯爵家とその領地民を我が国で迎え入れたいとも考えている。それに伴い爵位の保証と相応の領地を授けると必ず約束しよう。ピュリモンド侯爵は何年掛かかろうと侯爵の後始末が終わり次第、我が帝国に来てくれれば良い。そして侯爵・・・出来れば私たち一行がバレリア王国を発つ時、ネヘミア嬢を一緒に連れて行きたいのだ。どうか許して欲しい・・・」
思いもよらない着地点だったのだろうか?ピュリモンド侯爵は目を見開くと口を閉ざす。
だが今まで一度も口を挟まなかった侯爵夫人が代わりに口を開いた。
「ベルガード皇帝陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」
初めて口を開いた夫人の口調も侯爵同様に穏やかであったが芯には何ものにも動じない大きな強さ感じた。
この夫人にネヘミア嬢は似たのかも知れない。
私は賢明なピュリモンド侯爵家に対して横柄な態度を取るつもりは微塵もない。
一つ頷き片手を向け発言の許しを出した。
「皇帝陛下はネヘミアをどれほどご存知なのでしょうか? 皇帝妃にと申されましたが親愛する気持ちすら無いのにネヘミアを便利な道具とお考えでしたらこの話、 お断りさせていただきますわ 」
頭を殴られた様な衝撃だった。
確かに今までの発言ではネヘミアの優秀さだけを語っている。
親愛すら無いと思われても仕方がないではないか・・・
(私はネヘミア嬢をこのバレリア王国から救ってやりたいと思っている。だがそれだけではないだろう?
どんなに美しいと評判の女性達を見ても心には何も引っかかるモノが無かったのだ。そんな私は恋いう感情を知らなかった。知ろうともしなかった。どうせ私には、そんなモノが欠落しているのだと常に自分を冷静に見ていたのだから。
それなのに・・・ネヘミア嬢だけは違ったのだ。 気付けば目はいつでもネヘミア嬢の姿を追っていた。
偶然触れた指先が熱いと感じた。
用事を優先してネヘミア嬢が私の隣席を立つと追いかけて抱きしめたくなる。・・・私の傍を離れて行こうとするネヘミア嬢をどこにも行かせたくないと思ってしまうのだ。ここ何日もウロウロして認めたくなかった気持ちは嫌でも確信に変わる。
恋とは突然落ちて来るのかと・・・
ああ・・・認めよう・・・一目惚れからの本気の恋だと・・・)
私は侯爵夫人の望む答えを懸命に探していた。
(このお方に嫌われたらネヘミア嬢を連れて行く事が叶わなく様な気がするのだ。だが・・・)
「侯爵、そして夫人。私は賢明で善良なお二人を前にして嘘は吐けません。望む答えを渡す事が出来なかったとしても嘘を吐く事が出来ないのです。愛も恋すらも知らない私ですが・・・確かにネヘミア嬢だけは特別だと感じます。生きてきた中で、絶対に他の女性には感じ得なかった気持ちをネヘミア嬢に感じるのです。それが恋というのなら・・・私はネヘミア嬢に恋をしています」
遠慮がちに声をかけてきた侯爵の声が震えていた。
「皇帝陛下・・・まさか仕事として側にいる時のネヘミアにも可愛いとか特別な気持ちを感じるのですか?」
私は自信を持って答える。
「はい、感じます」
お二人は顔を見合わせて大きく頷かれていた。
「皇帝陛下、恐れ多くも申し上げるなら『合格』ですわ! 仕事の悪魔と言われているネヘミアを女性として見てくださるのなら私達は応援あるのみです!」
しかしそこまで話した夫人の顔が突然曇った。
「皇帝陛下・・・しかし一体、どの様な言葉をかけてネヘミアを連れていこうとお考えなのでしょうか? あの子は親の私達が見ても恋愛には残念過ぎるほど疎いのですわ」
それを言うなら私も怪しいものだ。
「・・・・・・・・・・・・」
思い沈黙を蹴破るように執事がネヘミアの帰宅を伝えてきた。
何故かその場に異様な緊張感が走る。
不思議と侯爵夫妻とは連帯感も生まれていた。
もしかしたら侯爵夫妻もネヘミア嬢の将来に思うところがあったのだろうか?
優秀なネヘミア嬢は父母の用事をあっさり片付けて思いのほか早い帰宅となったらしい。
ネヘミア嬢が私の訪問を聞きつけ急ぎ客間へ挨拶に来た。
単純にも私の心臓はもはや条件反射のようにネヘミア嬢を見ただけで早鐘が打つのを止める事が出来なくなっていた。
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