幼き頃の語らい
「アルの将来の夢は何だい?」
満天の星空をバックに、左目から首筋にかけてひび割れたような古傷が目立つ老いた男が、横に座っている少年に向かって問う。
白いローブを着ていたその老人は、銀糸のような髪と、痩せこけて筋張った手足をしていて、側から見れば枯れ木のような身体付きが特徴的だった。誰がどう見てもこの老人は酷く弱っていると分かる見た目をしていた。
しかしその反面、老人の瞳は銀河のような輝きと吸い込まれそうな深い闇が宿っており、底知れない強大さが秘められていた。
「えっ? うーん……」
アルと呼ばれた少年は、老人の事を実の父親のように慕っていただけに、今までされた事のない予期せぬ質問に戸惑っていた。
けどアルは夢に関する事ならずっと前から決めていた。
戸惑いはあったが、答えるのは一瞬だった。
「家族皆でこの星の外で暮らす事かなぁ。この星……治安も良くないし、大気汚染も酷いから」
アルは青色巨星のような瞳に夢と希望を詰め込んで、輝くような笑顔を老人に向けた。老人はそんなアルに羨望の眼差しを向けた後、一拍置いてから話し始めた。
「良い夢だ。でももっと欲張っても良いんじゃないか?」
「欲、張る?」
「ああ、例えばお金持ちになりたいとか、有名人になりたいとか。本当にアルが叶えたい夢を聞かせて欲しい」
アルはうーんうーんと必死に頭を悩ませて、老人の意図を読もうとしていた。
なぜこんな事を聞いたのだろうか。
別に今じゃなくても良かったんじゃないのかとか、数々の疑問が頭の中を巡っていく。
でも答えない訳にはいかないと思った。
現に老人――レイはどう答えるのか期待しているようにアルには見えたからだ。だからこそアルは此処で答えを有耶無耶にするのは違うと、何となく思った。
「それじゃあ……俺は、レイみたいに笑顔で色んな人を助ける人になりたいっ。 人助けってヒーローみたいでかっこいいじゃん? それにレイと同じ力を持ってるなら、俺もなれるかもしれないし!」
一通り悩み抜いたアルは拳を作り上げた後に「成りたい姿」を口にする。心の内に秘めていた思いを告げたアルの小さな手からは、少しばかりの雷光が迸っていた。
かつてレイに命を救ってもらったように、自分もまた人を救いたいという真っ直ぐで純粋な、まるで宝石のような願いを聞いたレイはさっと目を伏せた。
「そっ、か」
そのままレイは憂いに満ちた表情を浮かべた。
だけどその中には少しばかりの嬉しさも混じっていて、1つの感情では表せない複雑な心境なのは幼いアルでもすぐにわかった。
ただ何故そんな顔をしたのか、アルには分からなかった。
アルの答えを聞いたレイは、決して否定するような事は言わずに、アルの肩に手を優しく置くと泣きそうな顔をして言った。
「アル、君がもしその夢を目指すなら……普通の人が経験しないような、数多くの困難に晒されるだろう」
「うん……」
「時には挫けたり、頑張っても報われず、心が引き裂かるような目に合うかもしれない」
「……!」
「だけど本当にそれを目指すならば決して腐ってはいけない。何があっても自分を信じてあげる事、それがアルの為になるからね」
レイはアルの小さくて温かい手をとって、その上に皺だらけになった両手を重ねる。悲しくなりそうなぐらいレイの手は冷たかった。
「レイ?」
「アルには運命を切り拓く力がある、そして才能がある。ボクはそう信じているよ」
アルは彼が何故寂しそうな顔をしているのか、何を思ってそう言ったのか分からなかった。
言っている意味も、意図も分からない。
でも聞き逃してはいけない、忘れてはいけないと幼いながらに感じ取ったアルは、この出来事を魂の奥まで刻み込んだ。
今はわからないけど、いつか大人になって、色々な経験をしたら分かるようになったその時に、改めてレイに聞けば良い――この時、アルはそう思っていた。
しかし3日後。レイはアルの目の前で眠るようにして息を引き取った。
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