第二話 『ほぼ無一文』
翔は何が起きているのか全く理解する事が出来ないままミアを見つめる事しか出来ないでいる。
「あの二人はすぐに死んじゃうかもなあ。カケル、大丈夫? ちょっと助けるのが遅くなっちゃった」
「まあ、大丈夫」
「そっか、よかった。じゃあカケル、ちょっとそこでじっとしててね」
「なに?」
ミアは地べたに座る翔の背後に立った。一体何をするつもりかと思っていた矢先、とんでもないセリフが聞こえた。
「髪を染める魔法」
「は?」
直後、翔の頭の周りが謎のキラキラしたもので覆われたかと思うと、ミアは鏡を差し出してきた。そこには、髪色が黒色から茶髪へと変化した翔が映っていた。
「……お前、何してんの」
「怒らないで聞いてほしんだけどね。黒髪だとカケルが異界人だってすぐにバレちゃうんだよ。だからそれを防ぐため」
「俺が異界人だったら何か問題なのか」
「さっきそれで殺されかけたんだよ、キミ」
君は何も分かってないんだね、と言わんばかりのミアの顔。翔は暢気に「あー」とだけ返す。だからといって人の髪色を勝手に変えていい訳では無い。
「詳しい話は後でする。だから今は、信じて一緒に来て欲しい」
「何かしらの条件を後で付けるなら」
「いいとも――ところで、もうこの世界の事は、信じた?」
ミアは、私の勝ちと言わんばかりの勝ち誇った顔をしている。
「少しは」
「お堅いなあ」
こうして二人は、バディ(仮)となって路地裏を出るのであった。
***
空模様はいつの間にか夕方に近づいていた。(この時刻を夕方と呼んで良いのかは、かなり疑問ではあるが)
今ミアは、今日寝泊まりするための宿を手当り次第探している最中であるのだが、どこも満室で心が折れかけている最中でもある。
そうしてこの街で最後の宿に希望を託す事までとなった。
ミアは心折れながらも元気良く「おばちゃーん、部屋空いてるー!?」と尋ねた。
「どの部屋を希望だい」
「贅沢を言えばシングル二部屋、言わないならダブル一部屋」
「なんだい、その遠回しで面倒臭い言い方は」
翔はミアが何を企んでいるのかは分かっていないが、ミアは「任せて☆」と言っていたのでと
りあえず全任せしている。
ミアは咳払いをして話し出した。
(シングルとかダブルとかいうのも地球と同じか……)
とミアに言っても「細かい事は気にするな」と言われるだけなので、心の中に止める事にした。
「今私達はお金がありません。けど数日は泊めて欲しいと思っております。もちろん無銭でなんて言いません。後払い制を採用して欲しいのです」
「どういうことだい?」
そうしてミアは再び例の魔法の杖を召喚させた。
「これは私の"特注の"杖です。これをこの宿にお預けします。そして後払いが完了し次第、取りに来ます。そうすれば無銭宿泊を防げると考えるのです」
なんとも言えない策であるが、恐らくこの他の策は無い。
「別にこんな杖くらい、外でまた作って貰えるだろう? これじゃあ交渉の価値は――」
「その杖を甘く見てもらっては困ります。"特注物"なんです。これからの宿泊費用よりも高価な価値があるんです。私にとっての宝物を置いて逃げるなんて事は私には出来ません」
若干この宿をディスっている事にミアは気づいていない。
ただ、その分あの杖がミアにとってはそれほど大事な物であるという事も分かる。
「私がこの約束を破るような事をすれば、その時は『こくさつ』にでも依頼してください」
ミアは冗談を言っている訳じゃない。こくさつが何かは知らなくても、顔は本気そのものである。
おばちゃんも少し唸り考えたが、
「許可しよう。ただ、部屋はダブル一部屋、値段も通常より少し増させてもらうよ」
「ありがとう! おばちゃん!」
何か大きな事を成し遂げたように見えるが、ただ翔達は無一文だから助けて、と乞食したに過ぎなかった。ただミアの表情は、大きな事を成し遂げた顔をしていた。
「とりあえず寝床は何とかなったね」
ミアは荷物をベッドの上に置きながら話した。
部屋はベッドが一つと小さな椅子と机一組が置いてあるシンプルなもの。テレビなどという物は無く、化粧台のような場所があり、風呂場はユニットバスである。
翔は、もう「地球と同じか……」と考える事はやめた。
「杖が犠牲になったけどな」
「取り返すからいいの」
「で、俺はお前に聞きたい事が山ほどあるんだが」
「その前にさ、夜ご飯買いに行かない?」
「は?」
ミアはまたも勝ち誇った顔をしている。
「無一文なんて嘘だよ。食費を分けて考えた時に宿代が無駄だなって思ったの。だから食費は何とかなるよ。それでも数日分しかないけど……」
「なんてやつだ」
「嘘はついたけど、宿代もちゃんと払うよ。じゃないと杖を取り返せないから」
「そんなに大事なのか」
「まあね。だから話はご飯を食べてから!」
ミアは翔の腕を引っ張ってスーパーらしき所まで走って出かけた。
(おばちゃんは、俺達を外出禁止にしておくべきだったと思う)
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