第8話 異界都市
50年前、なにもない平原にそれは突然現れた。
〈異界都市キョート〉。金色の寺や造りの独特な城など、見たことのない技術で作られた建造物が多く存在するオーバーテクノロジーの街。調査団が調べた結果、わかったことはそれが遥か遠くの異界より召喚されたということ。生物は一切召喚されていないということだ。さらに地形が継ぎ接ぎの部分があり、異界のキョートとは地形が変動している可能性も示唆されている。
30年前、なにもない海にそれは突然現れた。
〈異界都市ロンドン〉。概要は〈キョート〉とほとんど同じだが、建造物の特徴はまるで違った。多数の宮殿、巨大な橋、威厳のある時計塔。こちらの方が我々の世界に近い建造物が多かったと記録されている。
10年前、なにもない砂漠にそれは現れた。
〈異界都市ラスベガス〉。カジノと思われる物とホテルと思われる物が混在し、すぐさま砂漠のオアシス、博打都市となった。
三つの異界都市には我々の世界にない技術が多くあり、三つの異界都市を抱えた〈コックステール王国〉はそれらの技術を吸収。国力を大幅に伸ばし、世界の覇権を握った。
蒸気機関、自動車、電球、缶詰などなど異界都市がもたらした技術は我々の生活を多大に潤した。その一方で、『異界都市の産物は環境に悪い』、『正当な進化で手にしていない物を扱うのは危険だ』という意見や『召喚獣の方が車より速い』、『電球なんて使わずとも魔導具で十分』など異界都市の技術に難色を示す声も多い。
調査団によると、3つの異界都市はすべて20世紀という異界のくくりの中に存在したものらしい。ちなみにその異界の基準で言うなら我々の世界はいま16世紀のようだ。年月にして実に400年近い差があるが、我々の世界とあちらの世界で時間の流れや読み方が同じかは定かではないし、比べるだけ無駄だろう。
現在の異界都市はオーバーテクノロジーと我々独自の魔術産業が混じりあって非常に混沌と化している。はてさて、異界都市の存在は善か悪か。誰が一体どんな目的で召喚したのか。謎は多い。筆者としてはあまり謎は解明されない方が嬉しい。未知や謎ほど美しいドレスはないのだから。
【人暦1512年8月12日発行 アムレッツ新聞“ハイム=ハイムのコラム”より抜粋】
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「やっと町に着いたな」
出発から二日後の昼、ランマは〈ラヴィアンローズ〉という町に着いた。
「すげぇ。絶景だな」
〈ラヴィアンローズ〉は薔薇の町と呼ばれ、ほとんどの家庭で薔薇が栽培されている。薔薇ジュースや薔薇酒、薔薇のジャムなどが名産である。
丘の上からランマは〈ラヴィアンローズ〉を見下ろし、その彩りに目を奪われた。赤、青、黄色、白、様々な薔薇が町を鮮やかに演出している。今日は風が強く、花弁が飛び、それがまた一層町を美しく引き立てた。
ランマは丘を下っていく。
「良かった。この地図帳はちゃんとホンモノみたいだな」
ランマはエディックからもらった地図帳を広げる。
(ここを越えりゃ港町まで20キロちょい。今日中に港町に行って、明日には船に乗れそうだな)
ランマは〈ラヴィアンローズ〉に足を踏み入れる。
薔薇以外は特筆すべき特徴はない。木造の家、店が立ち並んでいる。
「腹減ったし、まずは飯だな飯……」
食事処を探し、首を回す。すると、
「お母さんどこ……? どこ行っちゃったの?」
と悲痛な少女の声が聞こえた。
視線を下ろすと涙ぐんだ幼い少女が居た。ランマはやれやれと頭を掻き、前屈みになる。
「……どうした? 迷子か?」
「おにいちゃん、だれ?」
「お前の味方だよ。お母さん探してやるから、名前、教えてくれるか?」
「……ララ」
「よーし、じゃあララ、一度耳をふさいでくれ」
ララが言う通り耳を塞いだのを確認し、ランマは目いっぱい大気を吸い込んだ。
「ララちゃんのお母さん!!!!! 居ませんかぁ!!!!!?」
辺り一帯に響き渡る大声。
あまりの声量に近くの店のカウンター扉が開閉するほどだ。
「……近くにはいなさそうだな」
待っても母親が出てこないのを確認したランマはララに目を向ける。
「なぁララ、お母さんが居そうなところわかるか?」
「えっとね、おかあさんはよくおさけをのんでるよ。すっごく、たるがいっぱいあるばしょでね」
「酒場かなぁ」
ランマはとりあえずララを連れて酒場を探すことにした。その道中、人気の少ない路地で、正面に人影が現れた。
「ん? あれは……」
その人物は灰色の髪のポニーテールで、右腕がない。
ランマは彼に見覚えがあった。それはひと月前、助言をくれたあの少年と全く同じ人物だった。
――スウェン。
射堕天と名乗っていた男だ。
「お、お前!」
「……」
スウェンは無言のまま、殺気に満ちた目で走り出した。
「!?」
スウェンは地面を蹴り砕き、大きく飛んだ。
殺意の矛先がララに向いていることにランマはすぐさま気づき、二人の間に割って入る。
スウェンの飛び蹴りを、ランマは両腕で受け止めた。
「……ちょ! なにやってんだお前!!」
「あれ? 君は確か」
スウェンはランマの腕を足場に飛びのく。
ランマはビリビリと震える両腕を見る。
(なんつー蹴りだ。痺れてやがる……)
「やっぱそうだ。限界の円環の子だよね。こんなとこでなにしてるの?」
今の蛮行を忘れたかのように、なんてことない調子でスウェンは話しかけてきた。
「お前らの本部に行くところだよ。異界都市ロンドンにな」
「え? もしかして僕らの仲間になるつもり? いいじゃん! 初めて見た時から君とは気が合うと思ってたんだ」
「……俺もそう思っていたんだがな。今のお前の行動で思い直したぜ。お前いま、コイツになにしようとした!?」
スウェンは目を細める。
「そうだ、忘れてた。そこをどいてくれる?」
ランマは一歩前に出る。
「どいたらどうする気だ?」
「その女の子をね、殺したいんだ」
「……ならどけねぇな」
「うーんと、そっか。説明不足だったね、その子は――」
「おがあざん」
後ろから、濁ったララの声が聞こえた。
振り向くと、ララの全身に亀裂が走っていた。
「ララ……?」
ララの全身が膨らんでいく。
「――っ!!」
「おがあさん、どこぉ!!?」
次の瞬間、ランマはスウェンに思い切り蹴り飛ばされた。
そのすぐ後、大きく膨れ上がったララは轟音と共に炸裂した。
「ぐっ!?」
ララの爆発をスウェンは至近距離で受ける。
一方、ランマはスウェンに蹴り飛ばされたおかげで爆風から逃れていた。
「は? え?」
目の前の状況が理解できないランマはひたすら呆然とするしかなかった。
ただわかるのは、自分のせいで目の前の少年が怪我したということだけだ。
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