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第73話 トラファルガーの戦い その4

「ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデートゥーユー♪ ハッピーバースデーディア、ニューワールド!!」


 拍手交じりにアルヴィスは歌い切った。


「なんという幸運だ! まさか、ピースが2つ揃うとはなぁ! 今日が新世界の誕生日だ!!」


「……」


 ランマは無言で微笑む。

 さっきまで必死な顔だったのに、急に余裕のある顔をしだしたランマに対し、アルヴィスは言い表せぬプレッシャーを感じた。


「……なにが面白い」


「いいや、確かにその通りだなと思ってな。新世界……そう、そんな感じだ」


 ランマは自分の右手を見る。

 自分がちゃんと人の形をしていることを確認する。


「酸素を消費せずに海を泳いでる感じかな。もしくは全裸で空を飛んでるような感覚だ。これが万能感ってやつか。なんでもできる気がする……世界が脳みその中にスポッとハマった。俺はこんなにも広く深くクソみたいな世界に居たんだな……」


 ランマは呑気に右手をポケットに入れ、左手を天に掲げる。



「今日が俺の新世界の誕生日。そして、アンタの命日だよ。アルヴィス=マクスウェル」



 ランマの頭上に浮かぶベルゼブブは万を超える眷属(ハエ)の集合体である。

 ベルゼブブは無数の蝿を拡散させていく。


「“喰霧(しょくぎり)”」


 蝿の群体、黒い霧は地を、建物を喰らい分解していく。

 アルヴィスは金竜ヴィーナスに乗って距離を取り、木竜ジュピターを前に出す。


「暴食の名は伊達ではないな! さぁ蝿の王よ! 無尽蔵の体力を持つこのジュピターを喰らいつくせるかな?」


 ジュピターは口を開けてランマに向かって飛ぶ。

 ランマはウノを抱え、一瞬で近くの白塗りの一軒家の上に移動した。


「!? 速い……!」


「……ベルゼ」


 ランマの肩に一匹の蝿が乗る。蝿は女性の声で『なんだい?』と返事する。


「ウノを安全な場所に運んで治癒してくれ」

『治癒は専門外なんだけどねぇ』

「……死も喰らうんだろ?」

『はいはい、やるよ。その代わり、眷属を1000匹程借りるよ』

「好きにしろ。どうせすぐに補充できる」


 1000匹の蝿がウノを引っ張り、飛び去っていく。


「さて」


 またもや向かってくるジュピター。余程体力に自信があるようだ。

 黒い霧がジュピターの頭に喰いかかる。


「無駄だ! ジュピターを喰らいつくすことはできん!!」


「アルヴィス。アンタの今の手は……最悪手(さいあくしゅ)だ」


 黒い霧はジュピターを喰らい、増える。

 黒い霧がドンドン広がっていく。


「……木竜を喰らい、増殖しているのか……!!」


「ベルゼブブの眷属はあらゆるモノを喰らい、魔力に変換させる。魔力に満ちた蝿は繁殖する」

『無尽蔵の体力? それがどうした。――こっちは無尽蔵の食欲だ』


 木竜は瞬く間に喰いつくされる。

 魔力に満ちた蝿たちはランマの元に戻り、ランマの体に大量の魔力を送る。


「素晴らしいな。だがそれだけの魔法を連発できるだけの魔力がお前にあるかな?」


 アルヴィスは新たに破戒竜を8匹召喚する。

 ランマは右手人差し指を挙げた。すると8匹の竜たちの頭上にそれぞれ蝿が集まり、黒い雲のようになった。


 蝿の雲は雷を帯びる。



「“王雷(おうらい)”」



 蝿の雲から巨大な雷が落ち、竜たちを全て跡形もなく焼き払った。


「どういうことだ……!」


 アルヴィスは目を疑った。


「これだけの大規模魔法を使う魔力が、貴様の体内にあるはずがない! そもそもベルゼブブを召喚するだけで、魔力のほとんどを使い果たしたはずだ!!」


『ボクの眷属たちはあらゆる物体を喰らい魔力に変え、主人に還元する。今もキミの竜を喰らい、地を喰らい、大気を喰らって魔力に還元し殿(との)に渡している。――この世界がある限り、こっちに魔力切れはないよ』


 まさに規格外。

 本来召喚士の魔力を消費し顕現する召喚獣が逆に召喚士に魔力を供給しているのだ。


『もっとも、こんな芸当ができるのは殿の召喚陣のおかげだけどね』


 尽きることのない魔力、

 圧倒的な攻撃力、

 増殖し続ける召喚獣、

 無理難題を前にして、尚アルヴィスは笑った。


「……ぬははははっ! 素晴らしい力だベルゼブブ!! 必ずや俺の女にしてやろう!!」


『ボクさぁ、雑食なんだけど、男の趣味にはうるさいんだよね。キミのように精液の薄そうな爺さんはごめんだね』


「何を言う。まだまだ現役さ……!」


 アルヴィスは新たに破戒竜を召喚する。マグマのような肌を持った竜だ。


「ジュピターは確かに悪手だったようだ。ならばこれならどうだ?

――火竜(かりゅう)“マーズ”。虫の天敵、火を操る竜なり」


 マーズは両腕を上げ、天に向け炎を吐く。

 炎はマーズの頭上に溜まっていき、1つの巨大な炎球となる。


「“マーズ・メテオ”」


 マーズは腕を振り下ろす。呼応するように炎球は動き出した。

 炎球は凄まじい速度でランマ達に迫る。だがランマに当たる前に、黒い霧に阻まれ、真っ黒に染まって無力化された。炎をも捕食され、増殖の糧にされた。


『彼、話を聞いてなかったのかな? ボクはなんでも喰らうって言ったんだけど』

「……今のは囮だな」


 アルヴィスの姿がない。

 アルヴィスは気配もなくランマの真後ろに移動し、メリケンサックを嵌めた拳でランマの後頭部を狙う。だが拳は“喰霧”に阻まれ、アルヴィスのメリケンサックは蝿によって喰い尽された。


――虚はついたついたはず……!!


 相手の意識外からの奇襲、それがこの無敵のコンビを突破する方法だとアルヴィスは踏んだ。

 アルヴィスは見誤っていた、ベルゼブブの万能さを。


「俺の視界は眷属(ハエ)すべてと繋がっている」


 蝿は360度の視野角を持ち、さらに人間の何倍もの視覚処理速度を誇る。その蝿が何十万と散布され、広い範囲を監視している。この視野すべてを把握しているランマの虚をつくことは不可能に近い。

 そもそも蝿はランマのダメージとなる攻撃は自動で防御する。例えランマの虚をつけても、一匹でも蝿が反応できれば攻撃は喰われる。


 ランマは右拳を握り、アルヴィスに向ける。


「アンタはもう、俺から隠れられないんだよ……」


 ランマは生身の拳でアルヴィスの鼻を殴り、遠くに見える鐘楼(しょうろう)まで殴り飛ばした。


『蝿を纏って殴れば片がついたのに』

「うっせぇ! アイツは一度、思い切りぶん殴りたかったんだ!」

『子供だねぇ。そういう青いの好きだけどさぁ』


 アルヴィスは立ち上がり、新たに3体の竜を召喚する。


月竜(げつりゅう)“フルムーン”、水竜(すいりゅう)“マーキュリー”、土竜(どりゅう)“クロノス”」


 円形の翼を持つフルムーン。

 全身液体の竜マーキュリー。

 時計のようなモノを全身に括り付けたクロノス。

 これに加え火竜マーズと金竜ヴィーナス。


 5体の七耀竜がランマを囲う。


「喰い尽せぬ暴力を味わえ! ランマ=ヒグラシ!!」


「――“爆雷蟲(ばくらいちゅう)”、(さん)


 ランマは蝿たちを散布する。

 小さな蝿たちは竜たちの鼻や口、肛門から体内に侵入する。


(ごう)


 ランマの合図で蝿たちは体内にため込んだ魔力を使い、自爆魔法を行使する。

 5体の七耀竜は体内から爆破され、落ちていく。


「なっ――」


 思わず絶句するアルヴィス。

 ランマはそんなアルヴィスを嘲笑う。


「ははっ! そっちの趣向に合わせて、こんな術はどうだ?」


 ランマは印を結び、蝿たちを竜の形にさせる。その姿は木竜に似た胴長の竜だ。


「“喰竜(ばくりゅう)”!」


 喰竜は落ちていく竜たちを飲み込み、吸収していく。

 5体の七耀竜はすべて、喰竜によって喰い尽された。

 自分の召喚獣である破戒竜を真似た術、それに切り札の竜たちを飲み込まれることはアルヴィスにとって最大級の屈辱だった。


「はは……!」


 アルヴィスは怒りも屈辱も飲み込み、歓喜の笑い声を口に出す。


「ハハハハハハハッ!!! 嬉しいなぁ。我が研鑽のすべてを出せる機会に巡り会えるとは……!!!」


 20を超えてから全力を出せる機会が極端に減った。自分の強さに匹敵する敵に中々巡り合えることがなくなった。

 50を超え、召喚術の能力が完熟すると、もはや相手になる者はいなかった。

 70代になってから半分の力も出した記憶がない。

 せっかく術を研鑽してきたのに、それを披露する機会がなかった。


 全力を出せる、その事実が、アルヴィスを喜ばせた。


 アルヴィスは召喚陣を展開する。


「間違いなく、我が人生最高の戦いよ……!!!」


 アルヴィスは七耀竜の最後の一体を召喚する。

 暗雲が晴れ、太陽の光がその竜に振り注がれる。


太陽竜(たいようりゅう)“オーロラ”。破戒竜の頂点だ」


 目が痛くなるような煌びやかな多色の竜。神々しさすら感じる。

 他の破戒竜と同じで体の至るところに枷がある。


「これで終わりではないぞ? (まばゆ)い光は深淵の闇を隠すための(ころも)に過ぎん」


 アルヴィスは手で印を結ぶ。


「……見せてやろう、ランマ。召喚士の最大奥義を!!」


 凄まじい魔力がアルヴィスより放たれる。



幻想召喚(げんそうしょうかん)



 天から黄金の鍵が降り注ぐ。

 鍵はオーロラに突き刺さっていく。


『ガアアアアアアアッ!!!』


 オーロラが叫び、オーロラの虹色の鱗が枷ごと弾け飛んだ。

 鱗を剥き、中から現れたのは体中に目のある赤黒の竜。



終焉竜(しゅうえんりゅう)“アカツキ”……!」



 その迫力は今のランマですら警戒するほどだった。


『幻想召喚……まさかその使い手だったとはね』

「なんだありゃ。さっきまでの竜と格が違う」

『天使が人間界に堕ちた時に色々な制限を受けたように、悪魔も人間界に来た時潜在能力のほとんどを封じられる。幻想召喚はその制限を取っ払い、100%の能力を悪魔に発揮させる。召喚術の理想形、召喚術の極致だ』

「お前でもきついのか?」

『今のアカツキは国宝級とも遜色ないレベルの悪魔だね。幻想召喚の恩恵で魔界に居る時より強い状態だよ。なるほどねぇ、ポテンシャルを抑えつけられていた破戒竜とポテンシャルを全て発揮させる幻想召喚は最高の相性だ』


 アカツキは口の先に赤いエネルギーを溜めていく。


『凄いね彼。ボクが見てきた召喚士の中でも3()に入る』

「褒めるのは後にしてくれ。分析に集中しろ」

『ハイハイ。あのブレスはすべてを破壊する属性を持つ。すべてを喰らう属性を持つボクとぶつかれば矛盾が起き、概念の押し付け合いになる』


 ベルゼブブの眷属である蝿は1匹1匹“あらゆるモノを喰らう”という属性を持つ。つまり、普通にぶつかればどんな技だろうと喰らう概念装飾をされた存在なのだ。1兆度を超える炎だろうが1億トンの拳だろうが次元の壁だろうが喰える。それが概念装飾された技の凶悪さ。

 これに対抗するには同じように概念装飾された技を放つしかない。


「押し合いに勝つにはどうすりゃいい?」

『概念衝突を制するのは術の格だ。喰霧じゃ負けるね』

「アレに勝てる術はあるか?」

『絶対勝てる術がある。けど、とても緻密な術だ。相当な集中力がいるよ』

「上等。得意分野だ」


 赤いエネルギー波が放たれる。

 蝿たちは蹴散らされ、ランマは避けることしかできなかった。エネルギー波は上昇していき、天空に消えた。


「……今のが全力か?」


「心配するな。小手調べだ」


 アカツキは再びエネルギーを溜める。エネルギーはさっきのモノに比べ2倍、3倍と膨れあがる。


「逃げるなよ」


 アカツキはエネルギーを住宅街に向けた。


「逃げれば民が死ぬぞ」


 ランマは住宅街の前に降りる。


「――ケリつけるか」


 ランマの足元に蝿が集まる。蝿は()()()()()()をランマの足元に作る。

 アルヴィスは驚きを隠せなかった。いまランマがやろうとしている所業、それは召喚士の常識を覆しかねないものだ。


「……まさか」


 蝿で作られた魔法陣――転生陣が輝く。


「転生術――」


 ランマはニット帽を脱ぐ。

 ランマの茶髪は黒く染まり、服装は変わり、上裸に袴という姿になる。

 背には髑髏のマーク、胸や顔には真っ黒の痣が浮かぶ。

 蝿で出来た6枚の羽が生える。


 ベルゼブブが成した転生術、その名は――



「“糞餓鬼(クソガキ)”」



 召喚士が転生術を行使する異常事態。


 これが国宝級。

 これが、ベルゼブブの力。

 ランマは真っ黒な蝋のような物質で弓と矢を作り、引き絞る。


「“死の宣告(アスタロス)”」


 その弓矢からはあらゆる不吉を感じる。


「……!」


 アルヴィスほどの男がこの術の衝突の先にある結果を予測できないはずがない。

 アルヴィスは悔しそうに顔を歪ませた。


「安心しろよアルヴィス。アンタの武勇伝は後世に残る。アンタが死んだ後も、堕天使が絶滅した後もな」


「世迷言を! そんな方法どこにある!?」


 ランマは口にする。

 シンプル過ぎて、アルヴィスとガルードがたどり着けなかった答えを。


「――俺が魔王に話つけてやる。堕天使がいなくなっても契約を続行しろってな」


「……!?」


「昔、人間の王は魔王に会ったことあるんだろ? だったら俺だって、魔王に会える可能性はあるだろ」


 あまりに幼稚な発想。

 なのに――

 アルヴィスは笑ってしまった。


「……子供の発想だな」

「結構。俺は、クソガキなんでな」


 ランマから矢が放たれる。

 アカツキからブレスが吐かれる。

 矢とブレスはぶつかり、数秒拮抗するも、やがてブレスは矢に喰い尽くされた。

 ブレスを吸収し勢いを増した矢がアルヴィスを貫いた。



――そして、アルヴィス=マクスウェルは転生した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 転生まで含めての計画でしたと…。 これはアルヴィスが1枚上手でしたね。 流石の年の功。
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