第71話 トラファルガーの戦い その2
〈トラファルガー広場〉の戦い。
戦況が動き出すきっかけとなったのは、2つの気配の消失。
「「!?」」
ランマはガルードの魔力が消えたことを察知し、アルヴィスはガルードの魔力の消失と堕天使ワンハンドレッドの神力の消失の両方を察知した。
「……主力2つが消えたか」
これにより、眷属と傀儡化した魔法士が呪縛から逃れた。
アルヴィスは1つの決断を下す。
「殺れ」
破戒竜は爪でランマを狙う。
ランマは爪の振り下ろしを避ける。爪は地面を深く抉った。
当たっていれば致命傷になりかねない攻撃だ。
「……生け捕りは諦めたのか?」
「死者を操る悪魔もいる。今は手の内にないが、いずれこの手に収めて見せよう。お前はもう死体でいい」
全力の破戒竜3体が迫る。
「――時間がないのでな。加減は終わりだ」
ランマは苦虫を嚙み潰したような表情をする。
(まいったな。最悪の状況だ)
冷たい汗が喉を滴る。
(満ちていた魔力が凪いでいく。集中力が散っていく。蝿の羽音が聞こえなくなってきた……!)
ランマ自身、よく理解していない強化状態ゆえ制限時間があるなんて知らず、ランマは長期戦を選択してしまった。仲間が到着するまでの時間を稼ぐよう動いてしまった。結果として短い時間で強化状態は終わり、仲間も到着していない。しかもガルードとワンハンドレッドが消えたことで相手は本気になってしまった。
ランマは自分の選択を悔いるも、すぐに気持ちを立て直す。
(言い訳すんな……! やるしかねぇだろ!!)
ランマの鼻から血が垂れる。
「集中集中集中……集中集中集中集中集中集中!!!」
ランマはミラをコインに変えて握りしめる。
(絞り出せ! 脳の髄から集中力を!!)
ランマは走り出す。
殺意に満ちた破戒竜3体が迫る。ランマは炎のブレスを飛んで躱し、竜の頭に着地。
竜の頭を蹴り、さらに上を飛行する竜の頭上へ。さらに竜を足場に、一番上空を飛ぶ竜の背中に着地する。
「……よし、この位置だ!!」
竜は縦に一直線に並んでいる――
「アラダマ!!」
ミラをけん玉に変え、破戒竜に思い切り叩きつける。
轟音が鳴り響き、大気が震える。
「ぬ、おおおおおおおおおっっ!!!」
右腕に螺旋の傷ができる。
凄まじい衝撃波、激痛が走る。
竜はけん玉の威力に耐えきれず、高速で落下。下に居た2匹の破戒竜を下敷きにする。
右腕にダメージを負う代わりに3体もの破戒竜を同時に撃破することができた。
しかし――
「木竜“ジュピター”」
竜の形をした大樹が、すぐ目の前に現れた。
竜と言ってもさっきまでと破戒竜とは形が大きく異なる。形状としては海蛇に近く、木造りの胴長の竜であり、先ほどの破戒竜の5倍はある巨体だ。
それが今までの破戒竜と別格であることは見て取れた。
ジュピター。そう呼ばれた竜は空気の塊を吐き出す。ランマはその塊に飛ばされ、瞬く間に円柱に突撃した。
「か、はっ……!?」
全身の力が抜ける。痛みを感じない……あまりの威力に全身が麻痺している。
「七耀竜。破戒竜を統べる7体の王の名だ。これはその内の1体、木竜“ジュピター”。無尽蔵の体力と大気を操る能力を持つ」
アルヴィスは余裕の笑みを浮かべる。
「俺と対等にやり合えていると思ったか? さっきまでは蚊を潰さず捕獲しようとしていたようなモノだ。殺すつもりならすぐに片はつく」
圧倒的な実力の差がある。
アルヴィス=マクスウェルは射堕天サークルの基準で言えば間違いなくA級クラス。師団長たちと同等のレベルを持つ。そのアルヴィスを単騎で倒せるだけの力をランマはまだ持ち合わせていない。この結果は当然のモノであった。
「……遺体の損傷が少なく済む殺し方、か。考えたこともなかった。空気による圧死や炎による焼死は論外。ならば水による水死か――うむ、感電死が一番手っ取り早く損傷も少ないか」
アルヴィスは新たな竜を召喚する。
「金竜“ヴィーナス”」
黄金の竜が誕生する。全身が常に帯電しており、通常の破戒竜と同じフォルムだが纏うオーラはジュピター同様圧倒的だ。
ヴィーナスは口に高圧の電流をため込む。
(動け――)
ここで死ぬわけにはいかない。
まだ、ランマ=ヒグラシは何一つやり遂げていない――!
「動けよ……! ヒルスとデートすんだろ……! 師団長になるんだろ……! 堕天使をぶっ殺すんだろ!! また……またアイツの、エマの笑顔を……無くしてたまるかよ……!!!」
ランマはなんとか立ち上がるも、逃げるだけの力はない。
「ミラ……鋼盾……」
ランマは手元を見る。
「ミ、ラ……?」
手の中には、真っ白なサモンコインしかなかった。ミラは先ほどの攻撃に耐えきれず破壊され、ランマの知らぬ間に魔界へと帰っていたのだ。
(ちく、しょう――)
体力はもうない。
パートナーもいない。
もはや、成す術がない。
雷のブレスが、竜の口より放たれた。
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「……いいかウノ、最初に死ぬのは結界士の役割だ」
「あぁ? 急に酒に誘ってきたと思ったら、なんだよつまらなそうな話はよ」
「結界士ってのはチームの盾だ。自分より先に他の奴が死んだら結界士失格だ」
「ミカヅキの旦那、俺はよ、自己犠牲とか嫌いなんだ。俺ぁ誰より自己中心的な人間なんだぜ。自分より他人を優先するなんざありえねぇ」
「悪かったよ。酒に流して忘れてくれ」
「ああ、そうさせてもらうぜ。明日の朝には酒の味しか覚えてねぇさ」
「くくく……そうだな。わかってる。お前はそういうやつだ」
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雷の閃光が止む。
ランマはまだ、自分が呼吸していることに驚いた。
「生きてる……?」
雷撃は避けきれなかったはず。なのに、体は無事だ。
何が起きた?
ランマは防御のため上げたガードを下げ、前を見る。
「は――?」
目の前には両腕を広げた男が立っていた。
防御のために出した結界が割れても体を張って自分を守った男がいた。
黒焦げになって、トレードマークのウサ耳を焼きながらも、自分を守り切った男がいた。
男はランマの方を振り返り、いつもの、日常で見せる笑顔をした。
「あ~……なんだランマちゃん、そこにいたのかよ」
全身が焼け焦げており、まだ喋れていることが奇跡に思える重傷だ。
それでも男は、なんてことのない顔をする。いつもの意地の悪い顔で笑う。
「――気づかなかったぜ」
男はランマの無事を確認すると、その場に倒れ込んだ。