第70話 トラファルガーの戦い その1
ウノはエマを背負い、避難場を目指していた。
(さっきのアイツ、明らかに様子が違った。嫌な予感がすんぜ……)
背中に居るエマが「うーん……」とうなり声をあげる。
「お! 目覚めたかバニーちゃん」
「お父さん……」
エマは瞳から涙を流す。
「……帰ってくるって、言ったのに……一緒に、お母さんの誕生日祝おうって言ったのに……! 馬鹿野郎……!」
震える少女の体を背中に感じ、ウノは舌打ちする。
「まったく、神様よ……ガキはガキらしく生きさせてやれよ……!」
少女の姿に、いつしかの妹の姿が重なった。
「いた!」
射堕天サークルの白い制服を視界の端に発見する。
「だっはぁ! 疲れた!」
ウノは避難場に到着。
エマをサポーターの1人に預ける。
「わりぃ! とにかくこいつを頼む!」
「は、はい! わかりました!」
「あと! 手の空いてる射堕天が居たら〈トラファルガー広場〉に呼んでくれ! そこに大ボスがいる! ここは広場に近すぎるからもうちょい離れておけ! 以上! 報告終わり! 俺は行く!!」
ウノは伝えることだけ伝えて〈トラファルガー広場〉に戻ろうとするが、
「ま、待って!」
目を覚ましたエマがウノを呼び止めた。
「これを……」
エマはボロボロの右手になにかを握り、伸ばす。
「一緒に、行きたがってる。コイツを、ランマのところまで持って行ってあげて……! きっと助けになるから……!」
ウノはエマが握っている物体を受け取る。
ウノはそれを見て首を傾げた。
「なんだこりゃ。こんなの何の役に――」
「いいから持って行って!!」
「りょ、了解であります!」
ウノは敬礼し、〈トラファルガー広場〉に向かった。
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〈トラファルガー広場〉。
ランマは赤い破戒竜に立ち向かう。
破戒竜は拳や翼、足を使って攻撃してくる。ランマはそれらを躱し、1つの確信を得た。
(やっぱりな。相手の目的はあくまで俺の捕獲。殺害じゃない。角や爪、ブレス、殺傷能力の高い攻撃は使用してこない。そこが狙い目!)
ランマは捨て身で突撃する。すると破戒竜の動きが鈍った。
ランマは蛇腹剣で竜の首を切断し、アルヴィスに向かって走る。
「……命を晒し、こっちに躊躇わせる作戦か。思いついたとして実行できるものか? お前も十分イカれてるな」
アルヴィスはメリケンサックを右手に装着し、メリケンで剣を受ける。
(硬い! 魔装か!!)
ランマとアルヴィスは近距離で打ち合う。
「さっき確信した、アンタは召喚士の未来のためになんか戦ってねぇ!」
「戦ってるさ。だが確かに、本命はそこじゃない」
アルヴィスはうまく剣をいなし、ランマの腹を蹴る。
「がはっ!」
――重い!
(ガルード先生の攻撃よりよっぽど重い……! 召喚術だけじゃなくて強化術、体術も馬鹿げてやがる!!)
「なぁランマ、お前は『栄光』とはなんだと思う?」
「あぁ!? 知るかよ!」
「俺にとって『栄光』とは記録だ。俺はこれまで召喚士として数々の記録を残した。破戒竜を従えたのも、図鑑を作成したのも、すべては長く人類史に記録されるため。己が名を後世に長く永く残すため。1000年後の世に名を遺す、それこそが俺にとっての『栄光』だ。なのに!」
アルヴィスの語気が強くなる。
「射堕天サークルは堕天使を滅ぼし、召喚士を世から消そうとしている! 許せるはずがない……! 召喚士の歴史が途絶えたら俺のすべての記録が霞み、やがて消えるだろう……! 俺の70年の努力が全て泡に帰すのだ!!」
「……わからねぇ」
ランマは否定する。
「アンタはその功績で多くの人間を救ってきただろうが! アンタのおかげで多くの人間が救われた! 俺にとって『栄光』ってのは人を救った数だ! 俺からすりゃ、アンタはいま、せっかく打ち立てた『栄光』に泥を塗ってるようなもんだ!!」
「なぜスポーツマンは大会の優勝を目指す! なぜ学者は新たな生物を、植物を見つけようとする! すべては記録のためだろうが!! 己が名を残すためだろう!!! ゆえに発見した新種や技に己が名を付ける者もいる。天から才を受け取った者はすべて! 本能的に欲している……自分の名を深くこの世に残すことを!!!」
「そんなことはないっ! スポーツマンも学者も努力するのは大切な誰かの笑顔を見るためだ! 人の救いになるためだ!!」
「笑止! 聞き飽きた綺麗事だ……!」