第7話 魔界と天界
「失礼します」
卒業試験の後、ランマは校長に呼ばれた。
校長室に入ると、校長は椅子に座ったまま笑顔を向けてきた。
「うむ。よく来たな」
「えっと、用事ってなんですか?」
「お主の進路についてじゃ」
校長は一枚のパンフレットを前に出す。
パンフレットにはアビス魔導学院と書いてある。
「アビス魔導学院、という学院を知っておるか?」
「もちろん知ってますよ! 国内屈指の名門学院、学院の卒業生には数々の英雄がいる。みんなが憧れる学院です」
「その学院に、お主を推薦しようと思っておる」
「え……」
ランマは信じられないという目で校長を見る。校長はコクンと頷く。
「ええええええええっ!? あの名門に、俺を!?」
「限界突破の円環とミミックの組み合わせが秘める可能性、それは未だ儂にも測れない。お主には最高の環境で、その潜在能力を磨いてほしい」
「……」
喉から手が出るほどうれしい申し出だ。
だけど、ランマはすでに自分が歩むべき道を決めていた。
「すみません。お断りします」
そう言ってランマは頭を下げる。
「……なぜかな?」
ランマは顔を上げて校長の顔を見る。
アルヴィス校長は怒ってもいないし呆れてもいない。好奇心に満ちた目でランマを見ていた。これだけの申し出を断る理由に興味を示していた。
「ここを卒業したら旅に出ようと思うんです。実は、ある人を探していて……」
「ほう。その人物とは?」
「名前はわかりません。でも、俺の道標となっている人です」
「しかし、名もわからぬ者をこの広い世界から探すのは難しいぞ」
「一応、手がかりはあります」
ランマはポケットから紙を取り出し、金髪の女性の背中にあった弓矢の紋章を見せる。
「この紋章に見覚えがありませんか?」
校長は紋章を見ると、目を見開いた。
「これは……!」
明らかに知っている反応だ。
「な、なにか知ってるなら教えてくれませんか!」
「……長い話になる」
「構いません」
「ランマよ。お主はこの我々が住む世界、人間界に隣接する二つの世界を知っておるか?」
「え? いや……二つは知りません。一つは知ってます。魔界ですよね?」
人間界と次元を隔てて魔界は存在する。
サモンコインという鍵と、召喚陣という扉を使って次元の壁を越え、召喚士たちは悪魔を人間界に招待している。召喚士なら誰もが知っている常識だ。
「そう。片方は魔界じゃ。そしてもう一つ、天界という物がある」
「天界?」
「天使が住む世界じゃ。この三つの世界は魔界、人間界、天界という順で並んでおる」
ランマは『天使なんているはずがない』という常識を一度飲み込み、話を進める。
「天界、なんてものが存在するとして、この紋章に何か関係あるんですか?」
「ある。この紋章を背負った者たちが相手にしている存在こそ天使、否、堕天使なのだ」
校長の表情が真剣なものになる。
「通常、天界より人間界へ天使を召喚することはできんし、禁忌とされている。しかし、その禁忌を破り9999体の天使をこの人間界へ呼び出した者がいる」
「きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう!? なんだそのバケモン! もし天使の召喚に悪魔の召喚と同等の魔力が必要なら、ありえない数だ……」
「悪魔より天使の方が召喚に使う魔力は大きいじゃろうな。だがやってのけた者がいる」
ランマは頬に汗をかいた。
悪魔を一体召喚し、維持するのにもかなりの集中力と魔力を使う。悪魔より燃費の悪い天使を9999体召喚するなど、もう人のできる範囲を超えている。自分の頭の中にある数多くの英雄たちですら、その召喚士と比べたら塵同然だ。
「そして! 天界より人間界に召喚された天使を堕天使と呼ぶ! この堕天使の討伐を目的とした組織こそ、お主が探しているものじゃろう」
校長は目を細め、
「組織の名は――射堕天サークル。堕天使を射抜く者たちじゃ」
射堕天という単語は聞いたことがあった。
「あの人と同じ紋章を背負った男、確かスウェンとか言うやつが自分のことを射堕天と呼んでいたな……」
――それにしても、
「射堕天サークル、か。変な名前だな……」
「サークルとは人の輪、仲間という意味があってな。まぁギルドの一種じゃよ」
「でも天使ってそんなに嫌なイメージないですけど、討伐しなくちゃいけないものなんですか?」
「普通の天使は純真無垢で聖なる存在。むしろ崇めるべき存在じゃろう。だが堕天使は違う。私利私欲を貪り、人間界に堕ちたケダモノじゃ」
そもそも、と校長先生は言葉を紡ぐ。
「堕天使が現れたからこそ、我々は魔界と手を組み召喚術で悪魔を呼び出せるようになったのじゃ。堕天使が現れた時、魔王と人間界に存在する7人の王が話し合い、結託した。魔王は人間界で堕天使を食い止めるために、幾万のサモンコインをこの世に放ったのじゃ。人間界が滅べば次は人間界に隣接する魔界に堕天使が現れる可能性があるからのう」
国でイメージすればわかりやすいだろう。
人間界・魔界・天界という三つの国があり、人間界を挟んで魔界と天界は存在する。ある日、天界の一部が人間界に侵略戦争を仕掛けた。もしも人間界が天界に取られれば、次は人間界に隣接する魔界に侵略戦争を仕掛ける可能性は高い。
これを防ぐために魔界は己の国の武器・武力を人間界に流した。人間界と魔界の連合国の誕生である。
「つまり、堕天使とは人間界と魔界が手を組まねばならぬほどの存在じゃ。あまり、奴らを追うことはお勧めできんな」
「……俺の故郷は、怪物に滅ぼされました」
「?」
「その怪物を倒しに、この紋章を背負った人が現れたんです」
「そうか……」
校長は何かを察したようにため息をついた。
「ようやく、家族の仇の正体がわかった」
「……もう、止めても無駄なようじゃな」
「はい。俺にはこれを追う理由が多すぎる」
校長先生はペンを持ち、紙に文字を書きだした。
「射堕天サークルのメンバーには儂の知り合いも存在する。射堕天にこれを渡すといい」
校長先生は紙を封筒に入れて、ランマに渡す。
「紹介状というやつじゃ。奴らの本拠地は異界都市ロンドンにある。そこを目指すといい」
「はい! ありがとうございます!」
「卒業式は出なくともいいぞ。その顔――一刻も早く出発したいようじゃ」
校長の言う通りだった。
「じゃ、俺はこれで。色々ありがとうございました!」
「うむ。卒業おめでとう。さよならじゃ」
校長先生は満面の笑みで送る。
ランマは勢いよく校長室を出た。
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ランマはその日の内に荷物をまとめ、町の外に繋がる路地を歩く。足元を宝箱姿のミミックが跳ねている。
「ロンドンか。確か海上都市だったよな……」
『みら!』
「あれ? どっから行けばいいんだ?」
「待て」
町を出ようとするランマを、一人の少年が呼び止める。
ランマは振り返って驚いた。おおよそ見送りに来るような人物ではなかったからだ。顔に包帯を巻いた少年、その少年の名は、
「エディック……」
「ガルード先生から聞いたぞ。ロンドンを目指すんだってな」
エディックは一冊の本、地図帳をランマに向けて差し出した。
「持ってけ」
「地図帳! ちょうど欲しかったんだ――」
ランマは受け取ろうとして、ふと気づく。
「……お前まさか、今度はでたらめな地図を渡して俺を道に迷わせる気か。性格終わり過ぎだろ……」
「本物だ馬鹿! いいから持ってけ!」
エディックは無理やり地図帳を押し付ける。
「この前の試験の礼は必ずする! それまでにテメェが迷子になって野垂れ死ぬのは我慢ならねぇって話だ!!」
「本当だろうな!? これでもしロンドンの反対側とかに着いたら……おま、さすがの俺も泣くからな!!」
「テメェが地図を読めれば絶対ロンドンにたどり着くよ!」
エディックはランマに背を向け、
「ここに来てまでくだらない嘘言うほど腐ってねぇ」
最後に小さく手を振り、
「……悪かったな」
ランマはエディックの背を見送ると、森へ目を向ける。
「そんじゃ行くかね」
『みらぁ!』
向かうはロンドン、そこにある射堕天サークルを目指す。
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