第67話 ブリックレーンの戦い その2
ギネスが逃げる。ガルードが追う。
ギネスは鑑定陣を縮小、自身から半径5メートルの範囲に絞る。その鑑定陣を踏み、ガルードが肉弾戦を仕掛けてくる。
先ほどよりも苛烈な攻撃がギネスを襲う。
(流石はアルヴィス=マクスウェルの側近。アレを使う暇がねぇ)
ギネスはガルードの攻撃をいなす。
段々と、ガルードの攻撃が空を切るようになった。
「――記録完了」
鑑定し続けたことにより、ギネスはガルードの攻撃のクセを全て見抜き、未来予知に近い精度で相手の攻撃を予測できるようになっていた。
クセと言っても筋肉の0.1ミリ程度の収縮や僅かな血管の震え、常人ではまずわからない微細なクセだ。
ガルードは自身が解析されたことを知った。だが驚くことはない、落ち込むこともない。
ガルードはすでにギネスが己より格上だとわかっていた。
ガルードの任務はあくまでギネスの足止め。倒せなくてもいい。この膠着状態が長引くほど好都合だ。焦って決着を早めることだけはしてはならない。
実際、ギネスはガルードの動きが読めてもガルードを振り切ることはできなかった。ガルードはすでに相手を倒す体術から相手の足を止める体術に移行してる。例え避けられても足は止められるよう気を配っている。
前提としてギネスの打撃はガルードに響かない。カウンターをいくら当てても意味がない。
――ならば、もっと嫌らしい手を使おう。
膠着を破ったのはギネスの奇行。
ギネスはわざとガルードの膝蹴りを受け、その衝撃でパン屋の露店に突っ込んだ。
「む……」
手ごたえのなさからギネスがわざと強化術を弱めたとガルードは確信する。
ガルードはギネスを追いかけ、露店に向かう。ギネスは倒れた姿勢から瓶を投げた。ガルードが瓶を払いのけると瓶は割れ、中から白い液体が飛び散りガルードの顔面に当たる。
「――っ!!? 牛乳か……!?」
牛乳アレルギーのガルードの眼球に牛乳が浴びせられる。ガルードは大きく怯み、その場で足を止め目を擦る。
先ほど鑑定陣を広げた際、ギネスは牛乳の位置を把握し、ガルードをここへ誘ったのだ。アレルギーである牛乳を使い、動きを止めるために。
「いくら体を強化しても、アレルギーはどうしようもねぇわな」
牛乳で稼いだのはたったの数秒。例えセイレーンを追ってもセイレーンに到達する前にガルードに追いつかれる。
ガルードはギネスの無駄な行動に疑問を覚える。こんなものただの悪あがきに過ぎない、と。
ガルードは大きな勘違いをしている。そもそも、ギネスはセイレーンなど狙っていない。
「【555-0002】」
ギネスの右腕に、黒き呪符が巻き付く。
「“封番・渦螺価裸”。【345-0001】――“降番・羅生門”」
ギネスの右腕に赤き呪符が巻き付く。
黒と赤、二重の呪符がギネスの右腕に纏わりつく。
ギネスが何をやろうとしているのかガルードはまったくわからない。ガルードは退避しようと足に力を入れる。
「――やめとけよ、そこ」
ガルードが踏むしめた地面は脆く、ガルードの脚力に耐えきれず割れる。ガルードは膝をガクンと落とした。
「緩んでら」
地面の強度すらギネスは鑑定済み。ガルードが足場の脆い場所に立っていることはわかっていた。
ギネスは右拳を引く。
「『鬼』の懐に飛び込むとはな! 愚か者め!!」
ガルードも拳を引く。
「なぁおい、俺は一度でも――アンタが『鬼』だと言ったかい?」
ガルードの右拳を避け、
ギネスは自身の右拳をガルードの腹にぶち当てる。
――強制休眠術式、
「“破門”!!!」
一瞬、ガルードは自分の体の『時』が止まったような錯覚に陥った。
「っ!?」
ガルードの体内、そこにある魔法陣にギネスの腕に纏わりついていた呪符が流し込まれる。ガルードの魔法陣は呪符に縛り上げられ、輝きを失った。そしてそれに連動するように4体のセイレーンが突如として消失した。
ガルードが行使したすべての魔法がこの世から消え去った。
「……私の体内の召喚陣が、強制的に封じられただと……!」
「“降番・羅生門”は殴った相手の魔法陣を相手の体内に戻す術。そんで“封番・渦螺価裸”は相手の体内にある魔法陣を強制的に眠らせ、その魔法陣で生み出したすべての魔法をキャンセルさせる。無論、新たに魔法を使うことも不可能にする」
降番で相手がどこに魔法陣を移動させてようが体内に強制返還させ、封番でそれを封じる。
新たに魔法を発することを封じ、さらにこれまで使った魔法の効力も消す。
一撃で相手の戦闘能力を封じるギネスの得意技である。
「この2つを組み合わせたのが俺の必殺技“破門”だ。
――チェックメイト。今のアンタはただの人だ。指一本で倒せるぜ」
体内魔法も体外魔法も一切使えない。
正真正銘の詰み、だ。
ガルードは潔く諦め戦闘を放棄し、疑問を口にする。
「……“封番・渦螺価裸”は自己封印魔法のはず。自身の魔法陣の秘密を秘匿するために使われる物。他者に使える魔法ではない」
なぜなら。とガルードは言葉を紡ぐ。
「“封番・渦螺価裸”は対象の魔法陣を知り尽くしていなければ効力を発揮しない。よく知った自身の魔法陣ならともかく他者の魔法陣に使用するなど不可能だ……」
「魔法陣ってのは複雑怪奇だからな。自分の魔法陣すら曖昧に理解してる魔法士も多い。だが俺には解析に特化した魔法陣がある」
戦闘中に相手の魔法陣を解析するなど不可能だ。召喚陣や転生陣が姿を現すのは術を使う数秒のみ、結界陣に至っては術者以外の目に見えない。
だが、ギネスには鑑定陣がある。
「アンタが鑑定陣を踏んだ時にアンタの魔法陣を鑑定した。そんでアンタの魔法陣に合った封印術式を編んだ。それだけの話だ」
「……簡単に言う。相手の魔法陣を細かく解析する鑑定力、戦闘中に封印術式を編む暗算力、召喚術・転生術・結界術なしに相手に直接拳を叩き込めるだけの体術……これだけの能力を揃えるのは相当苦労しただろう。才能だけではどうにもならん問題だ」
ギネスが“破門”の基礎理論の構築を始めたのが10歳の時。
ギネスが“破門”の基礎理論を確立させたのが18歳の時。それから“破門”を実用レベルまで持っていくのに24歳まで掛かった。
たゆまぬ努力が生んだギネスだけの技である。
「……なぁ。アンタは結局、アルヴィスと同じで召喚士の未来を救いたかっただけなのか?」
ガルードは遠い目をして答える。
「職業柄、私は多くの凡夫を見てきた。落ちこぼれを見てきた。お前やランマのように泥の底から這い上がれた者は良い。だが泥に沈んだまま戻らぬ者がほとんどだ。近い未来、多くの人間が彼らのようになる……それは到底、許容できるものではなかった」
「未来の落ちこぼれを救う、それがアンタの目的か。立派だけどさ、ちょっとやり方が回り道過ぎねぇか? もっと幼稚で、単純な道があったと思うぜ」
「……そんなもの、どこにあると言うのだ」
「きっとアンタの生徒が答えを出してくれるよ。たまには生徒に教われよ、先生」
ガルードは諦めたように目を閉じる。
「……教壇の上からだけでは、見えぬ物もあるか」
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