第57話 最前席
ユラユラと揺れる景色。
ランマは赤毛の男の背の上で目を覚ました。同じくステラも男に背負われている。
「ウ、ノ……」
「だーくっそ! 重いんだよガキども!」
ウノが、ランマとステラを背負って運んでいた。
化粧を汗で崩しながらも足を進める。
「すみません、ウノさん。あっしも手伝えたら良かったのですが……!」
「リューさんは自分の足で歩けてるからいいよ!」
「すみません! 帰ったら小指詰めますんで……!」
「詰めんなバカ!」
ウノは体力のある方ではない。
加えてケネディとの戦いで体力も魔力を使っている。ギリギリだ。それでも、闘技場の通路を歩く。2人を背負って歩く。
「絶対死ぬんじゃねぇぞお前ら……! もうごめんなんだよ。死んだ仲間を夢に見るのも、死んだ仲間の幻聴を聞くのも、幻覚を見るのも、ごめんなんだ……!」
ウノは待合室まで気合でたどり着いた。
「ウノ! どうした!?」
ウノの元同僚、ジェイドが駆け寄ってくる。
「ジェイド、か。頼む、医者を呼んでくれ! 仲間がピンチなんだ……」
「お前……!」
ウノは気力を使い切り、その場に倒れ込んだ。
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「……」
次に気づくと、どこかの病室のベッドの上だった。ランマは全身に走る痛みに顔を歪ませる。だが、思っていたよりは痛くない。あのゴールデンストライクとかいう技を受けた時、確実に瀕死になった。そこから先の記憶はないが、満身創痍だったはず。なのに上半身を起こせるぐらいには回復している。
タン、タタ、タン。という気味のいい足音が聞こえる。音の方を向くと、踊り子が踊っていた。褐色肌で、スレンダーな女性。ハーレムパンツにへそ出しの服を着た彼女は陽気に踊り続けている。
「えーっと?」
――なんだこの状況?
「あ! やっと起きたよもうっ!」
踊り子はランマの目が覚めていることを確認すると、バタンとその場に倒れた。
「もう~~疲っれたぁ! 一晩中踊り続けたぁ!! 無茶し過ぎだよキミさぁ!」
「えーっと、どちら様でしょうか?」
「射堕天サークル第七師団所属、リリアーナ=バスティ! キミの先輩だよ!」
「……なんでダンスを?」
「キミを治療するためだよっ!」
「意味がわからねぇ……」
嚙み合わない会話を嚙み合わせるため、灰髪の男が部屋に入る。
「リリアーナの踊りはね、様々なバフを与えてくれるんだ。例えば治癒能力促進のバフとかね」
スウェンがいつもの笑顔でやってきた。
「お疲れ様。リリアーナ」
「スウェン! もうボク帰っていい? 帰っていいよねっ!?」
「ごめんね、まだステラちゃんが目覚めてないんだ。すぐにそっちに向かってほしい」
「やーだ! やーだ! もう帰るごはん食べる寝るぅ!!」
バタバタと暴れて抗議するリリアーナ。
「お前の踊りが治療になるってんなら、俺からも頼む。ステラを助けてくれ」
「……もう、そんな風に頼まれたら行くしかないじゃん! べーっだ!」
リリアーナは舌を出して病室を出た。
「さてと、なにから聞きたい?」
「……ウノとステラとリューさんの怪我の調子は?」
スウェンはベッドの側の椅子に腰かける。
「ウノ君とリューさんは軽傷、入院するまでもないレベルだ。ステラちゃんはかなり重いダメージだったけど命にかかわるほどじゃない。一番の重傷者は君だよ」
「そっか、よかった。そんで、ここはどこだ?」
「第五師団傘下の病院だ」
「闘技場の連中はどうなった?」
「眷属は蒸発。眷属になってないケネディの部下は全員検挙。客や演者、剣闘士は事情だけ聴いて解放した。ケネディに奴隷扱いされてた人たちは救出したけど、3分の1はそのまま衰弱死しちゃったね」
「……そっか」
「闘技場は解体された。施設は射堕天サークルが引き取って修練場にするんだってさ」
任務は大成功さ。とスウェンは言う。
スウェンは本心から言ったが、ランマには皮肉に聞こえた。
「初任務にしてはハードだったね。お疲れ様」
「あ~……ほんっとに疲れた。なぁスウェン」
「なんだい?」
「ハンバーガー食いてぇな……」
スウェンはクスっと笑う。
「ちょうど〈テムズ川〉沿いに新しいハンバーガー屋さんができたんだ。そこにする?」
ランマは疲れ切った顔で、
「……いいや、定番のとこにしてくれ」
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街道にて。
「ジェイド」
ウノはジェイドを呼び止めた。
「なんだよ、なにか用か?」
「お前に言っておきたいことがあるんだ。その……俺はもうマジシャンは辞めてる。わりぃ、嘘ついた」
ジェイドはため息をつき、
「薄々勘づいてはいたさ。で、今はなにやってんだ?」
「アイツらを殺した堕天使を追ってる」
「……お前のような臆病者がか」
ジェイドは「アホくさ」とウノに背を向ける。
「どうせまた逃げるに決まってる」
「逃げないさ」
一切茶化さず、まじめな声色でウノは言う。
「この道からは逃げない。お前の弟の仇を、アイツらの仇を、必ず取る。そして、妹の魂も――解放する」
「……そうかよ」
「それでよ、仇討ちが終わったらさ、また……手品してもいいかね?」
「なんで俺に聞くんだよ、そんなこと……」
「お前の許しが無きゃ、俺はマジシャンには戻れねぇよ」
「この前闘技場でマジシャンやってたじゃねぇか」
「あ、あれはやむを得ずだな……!」
まったく。とジェイドは笑う。
「条件がある」
「お? なんだ?」
無理難題を吹っ掛けられないか、とウノは不安がる。
「最前席のチケット」
「え?」
「復帰一発目のショー、その最前席のチケット、2枚寄越せ。それが条件だ」
ジェイドは歩き出し、手を振る。
「俺たち兄弟は、お前のマジックが大好きなんだ……」
ウノは空を見上げて笑う。
「――約束するよ」
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