第53話 堕天使の性
目の前には堕天使を名乗る男。
ランマ・ウノ・ステラ全員が魔法陣を展開する。戦闘一歩手前のところで、ケネディが制止を請うように手を前に出した。
「落ち着きたまえ。暴れれば仲間が死ぬぞ」
ケネディが指をパチンと鳴らすと、部屋の奥から男が縄に縛られ運ばれてきた。
――サポーターのリュークだ。
「リューさん!」
リュークは全身打撲だらけだ。
「すいません、皆さん……自分のミスです……!」
「私は君たち射堕天に用があってね、あえてセキュリティに隙を作ったのだよ。この男はその餌にまんまと食いついたわけだ」
ケネディの部下たちが剣や槍をリュークの喉元に向ける。
「やめろ!」
ランマが叫ぶ。
「座りたまえ。話をしようじゃないか」
ケネディは商談をするように、和やかな口調で話す。
リュークを人質に取られている以上、ランマ達は逆らえない。おとなしくソファーに座る。
「私が聞きたいのは大きく2つだ。まず1つ、君たち射堕天サークルの目的についてだ」
最初に話し出した人間が、恐らくこの先ケネディと真っ向から話すことになる。
3人はこれまでの経験から誰が一番交渉に向いているかを考え、そして、ランマが口を開いた。
「俺たちの目的は堕天使を倒すことだ。そんぐらいはわかってるんじゃないのか?」
「堕天使の殲滅が君たちの目的か。共存、という道はないのか?」
「それは……お前ら次第じゃないのか。お前らがおとなしくできるなら、その道もあるだろうよ」
「おとなしくはできない。我々は人を嬲らなければ生きられぬ存在だからな。しかし、一定範囲の餌場さえくれれば、他の場所には一切手を出さないと約束できる。あくまで私の場合はだがな」
「……理解ができない。そもそもお前らが人を攻撃する理由はなんなんだ?」
「……」
「別に人間の肉を喰わなきゃ生きられないわけでもないんだろ。それどころか、俺たち人間の信仰がお前らの餌なんだろうが。俺たちを殺すことにお前らに何の利がある?」
ランマはずっと抱えていた疑問を思い切ってこの場で聞いた。堕天使と腰を落ち着けて喋る機会など中々ないゆえだ。
「くっくっく! 見識が狭いな。人が祈る時がどういう時か考えてみろ。愛する者が死んだ時、自分が窮地に至った時、どうしようもない恐怖を抱えた時だろう?」
ランマの表情が険しくなる。
「命が消える直前、その時こそ、人はもっとも濃い信仰を発する」
ケネディは「ぐひ」と下卑な笑みを浮かべる。
「とまぁ、これは建前だ」
ケネディは立ち上がり、天を仰ぐ。
「気持ちいいからだよ! お前らの悲鳴が! 苦悶の表情が!!」
目は赤くなり、口からは涎が零れる。
「人を犯し、嬲り、穢し、貪る時!! 生を! 精を! 世を! 星を! ……実感する!! それが我々、堕天使の揺るぎなき性だ!!!」
「……テメェ」
「知っているか人間、天界はな、秩序しかなかった。食事は無味無臭の信仰だけ。犯すことも禁止、自慰も禁止。娯楽は統制され、賭け事など許されなかった。その代償として得たのは無限の命と時間。争いのない世界、競争のない世界、退屈な世界。あんな場所に何千年と閉じ込められた我々が! こんな気持ちのいい世界に来て我慢できるはずがないだろう!? はじめて女を抱いた時は脳漿が吹き飛ぶかと思ったぞ!! ――無為なる長命、イコール地獄だ!!!」
ケネディはハッと我に返り、席につく。
(……今のケネディの態度を見ても、部下たちは一切身じろぎしない。――眷属か)
ランマは注意深く周囲を観察していた。
人質は1人。リュークさえ守れば暴れられる。
「失敬、取り乱した」
ケネディは酒を1口飲み、ペロリと唇を舐める。
「……酒の味、これを知るためなら無限の命など遥かに安い」
さて。とケネディは言葉を紡ぐ。
「2つ目の質問だ。ベルゼブブはどこにある?」
ベルゼブブ。国宝級のサモンコインが1つ。
なんでケネディがベルゼブブのことを知っているのか、ランマは疑問に思う。
「知らねぇな」
「見当もついてないのか?」
「ああ」
「そうか。やはりベルゼブブはいま、王国の手にはないのだな。ソラビトの言う通りだ」
ケネディがニヤリと笑う。ランマは「あ!」と自分の失敗に気づく。
「普通、ベルゼブブはどこだと聞かれれば王国の手にあると答える。ベルゼブブすら知らなければベルゼブブとはなにかと問うだろう。なるほどなぁ……これからの〈ロンドン〉は忙しくなりそうだ」
ランマは左右の同僚から怒りの肘鉄を喰らった。
「いって!」
ランマは大げさに痛がり、ポケットからサモンコインを落とした。あくまで自然を装って、テーブルの下、ケネディの死角にコインを落とす。ケネディはコインが落ちたことにすら気づいてない。ランマはコインを落とした拍子に召喚陣に潜らせる。
「……コウリュウ」
コインは蛇腹剣に変化。ランマは剣を振り上げ、テーブルを裂き、ケネディに向けて剣を走らせる。
「!?」
ケネディは召喚陣を展開し、手を召喚陣に突っ込む。右手に埋め込んでいたロザリオが弾けた。
ケネディは天界礼装を召喚陣から引き抜く。
「天界礼装“秘玉アラダマ”……!」
ケネディは天界礼装でランマの剣を受けた。ガキィン!! と金属音が鳴る。
「武器は持ち込んでいなかったはずだ!」
「……妙な武器使いやがって!」
「ミミックの能力か!!」
ケネディが出した天界礼装はハンマーと玉がセットになった物。名をけん玉という。銀のけん、銀の玉、両者を繋ぐは細い糸。
「ルール違反だ。殺せその男を!」
眷属たちはケネディの指示に従い、リュークを殺そうと武器を振り下ろすが、
「こ、これは……!?」
眷属の攻撃は見えない結界に止められた。
「ふーっ! 旦那の訓練を受けといて良かったぜ。時間はかかったが、うまく武器とリューさんの間に結界を張れた!」
「転生術“銃装冥土”!」
ステラはメイド服になり、両指を銃に変化。そのまま眷属たちを撃ち払う。
ケネディは身を屈め、これを回避。
「ウノ! リューさんと離脱しろ! こいつは俺とステラで片付ける!」
「おう!」
ウノはリュークの元へ行き、結界で姿を消した。
「片付ける、か。それは私のセリフだよ」
ケネディが指を鳴らす。すると眷属の黒服3人は捨て身でランマとステラに掴みかかった。ステラに撃たれ、満身創痍のはずなのに。
「こ、の――!」
眷属たちの瞳には、涙が溜まっている。
いくら操られているとはいえ、痛覚はある。まだ魂は体に存在する。
「……ケネディ!!」
思わずそう叫んだランマ。
ケネディはけん玉を振りかぶる。
「ゴオオオオォォォォルデェン!」
ケネディが叫ぶと、けん玉の玉が、黄金色に輝いた。
ケネディの狙いはステラだ。
「ステラ!」
「ちっ! 解けねぇ!!」
黒服2人の腕がステラに絡みついている。
「ストラァァァァイク!!!!」
ケネディは黄金に輝いた玉を投げた。
玉はステラを掴む黒服に当たる。すると、空間が歪んで見えるほどの衝撃波が発生した。
「あっ!?」
黒服はひしゃげ、黒服越しにステラも衝撃波を喰らう。
「ステラァ!!」
黒服2人は一瞬で肉片と化し、ステラも強力な衝撃をその身に受けた。ステラは耐えきれず吹っ飛び、扉を突き破り、廊下の先の壁も突き破り、遥か向こうにぶっ飛んだ。
(なん、だよこの威力!?)
ケネディは玉を大皿→小皿→けん先の順番に置く。
ケネディは左手で服を破り、上半身を露出させる。その胸に刻まれた数字を見て、ランマは唖然とした。
(883!? あのカラス頭より全然格下だと!?)
「さぁて少年、君に新たなクエッションができた」
ケネディはランマの手にある剣を指さす。
「なぜ、天界礼装を使える?」
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