第40話 瞬速の太刀
ギネス=ウォーカーは酔い倒れの間を縫って歩く。
「ついてこい。拠点の案内してやる。Hurry Hurry(急げ 急げ)! こいつら起きたらダル絡みされっぞ~」
ランマ達新入り組はついていこうとするが、スウェンとフランベルはその場に留まった。
「僕らはみんなの看病するからここに残るね」
「まったく、世話の焼ける方たちですこと!」
「おう。またなスウェン、フラン」
酔いどれの隙間を歩いている途中、
「……!」
ランマはある人物に目を奪われた。
袈裟姿で、スキンヘッドの男性。
コクンとコクンと首を上下に動かし、床に胡坐をかいて眠っている。
手に持つは木造りの鞘と木造りのグリップの刀。鍔がなく、鞘に納められた姿は木刀のよう。
その男の周囲には一切人がいなかった。地面を埋め尽くすほどに酔い倒れが居るのに、彼の周りだけは誰もいなかった。
(わかる……)
ランマは直感する。
(――あの間合いに入ったら斬られる……!)
彼の刀が届く範囲、そこに殺気が充満している。
間抜け面で眠っているのに、鬼神の如き気迫。
ランマは唾を飲み込み、ジリジリと袈裟の男に近づく。
「責任は取んねぇぞ」
ギネスが言った。
「だが、止めもしねぇ。やりたきゃやれ」
ランマの胸の内には好奇心があった。
――試してみたい。
この男の領域に踏み込んだらどうなるのか、試してみたい。
そんな好奇心に操られるランマの肩を、ウノが掴んだ。
「やめとけよランマちゃん……」
ウノは額に汗をかいている。
「わかるだろ? この男はやべぇ……やべぇよ。言っちゃなんだが、ワンハンドレッドよりずっとやべぇ感じがする。――死ぬぞ?」
「……ウノさんの言う通りです。只モノじゃありません。彼の間合いだけ、まるで別世界のように感じる。それほどの威圧感がある……」
ランマもそれはわかっている。
しかし、それでも、
「危険なのは承知だ。それでも……見てみたいんだ。この人の技を」
ウノはランマの肩から手を放し、やれやれと肩を竦める。ステラもため息をついた。ギネスは興味深そうにランマの行く末を見守る。
ランマは深呼吸し、歩み始める。
(集中……)
ランマの目の色が変わる。
(集中……集中……集中……!)
ランマの鼻から、血が垂れる。
(集中集中集中集中集中集中集中集中……!!!)
最高の集中力、最大の警戒。
ランマは袈裟の男の間合いに、体を入れた。
――――轟!!
刀は鞘より解き放たれ、次元をも裂きそうな勢いで迫ってくる。
0.01秒にも満たない高速抜刀術。ランマは研ぎ澄まされた集中力によってこの一瞬を長く永く感じていた。
最小限の動きで、
最大の力で、
体を屈める。
相手の筋肉の動きから太刀筋は読んだ。先読みは成功しているのに、刀から逃げきれない――!
「――っ!!」
速すぎる。
頭を下げるだけじゃこの薙ぎ払いは避けられない。そう察したランマは、右足に力を入れた。
床を踏み砕き、その落差をも利用して、強引にランマは刃を躱した。
「なっ!?」
「……床を砕いて、無理やり……!」
「――やるじゃねぇの」
抜刀を避けたランマは、砂漠に数時間放置された旅人のように全身に汗をかき疲弊していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
たった1ミリ。
たった1ミリ、頭上を通った。
咄嗟に床を抜いてなかったら、頭蓋を斬られていた。
(す――)
ランマを支配していたのは恐怖ではなく、
「すげぇ……!」
称賛の心。
目の前の男の剣術に、ただただ見惚れていた。
「んあっ!?」
袈裟の男はパチ、と目を覚ます。
「なんじゃ、いつの間にか眠っておった」
「お目覚めですか、ザイゼンさん」
「ギネス……と、こやつらは誰じゃ?」
「新入りっすよ」
「おー! そうかそうか! 入団おめで……うぷっ!」
袈裟の男――ザイゼンは頬を膨らませる。
「いかん……吐きそう。すまぬが、ワシはこれにて失礼する……!」
ザイゼンはトイレに向かって走り、振り返って一言。
「ニット帽の小僧!」
「……俺のことか?」
「今度、酒を奢ってやる!」
ザイゼンはトイレに駆け込んだ。
「まったく、コイツは未成年だっての」
「ギネスさん、あの人は一体……」
「アラヤシキ=ザイゼン。まぁ、あの人はなんつーか」
ギネスは手を振り、
「――『例外』だ。気のいいオッサンだが、寝てる時は近づくなよ。酔ってなかったらお前、斬られてたぜ」
「うっ……!」
今更ながら背筋に悪寒が走るランマであった。
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