第38話 デート権
ヒルスの脇腹から僅かながら血が飛び散る。
「……なるほど」
ヒルスは悔しそうに眉をひそめた。
「剣からコインに変化させた時、右手ではなく左手の中に収めたのか……」
それをあたかも右手に握りしめたように見せ、左手に隠したコインを蛇腹剣に変化させ、脇腹を裂いたわけだ。
「アンタ相手じゃ1ネタじゃ足りねぇと思ったんでな」
「やられたよ」
ランマが瞬きをして、瞼を開いた時、
すでに、ヒルスの拳がランマの腹筋に突き刺さっていた。
「がふっ!?」
「十分だ。ランマ=ヒグラシ」
ランマは30メートル以上殴り飛ばされ、芝生の上を転がる。
「ごほっ! ごほっ!」
衝撃は体の芯まで届き、立ち上がる力が出ない。
(速い! 強い! これが、あの人の全力か……!)
今の一撃で、どれだけヒルスが手加減していたかを知る。
「遠いな……ちくしょう。まだ全然」
――隣に立てるレベルじゃない。
「【002-0001】――“癒番・快風”」
ヒルスの手から緑色の風が吹く。風に包まれると、全身の痛みが引いていった。
「召喚獣の能力もお前自身の能力もまだまだ発展途上、よく言えばポテンシャルの塊だ。今日は会えてよかったよ……お前はまだまだ強くなれる。精進しろ」
ヒルスは赤い竜を召喚する。
「すまないが、もう仕事の時間だ。私は行く」
「待ってくれ!」
ランマは立ち上がる。
10分は立てないほどのダメージを与えたというのに立ち上がったランマを見て、ヒルスは僅かながら顔に動揺を見せた。
「どうすれば、アンタの隣に立てる男になれる……!?」
「……? いまこの竜の背に飛び乗れば、私の隣に立てるのでは?」
「そういう意味じゃなくて! えーっと、そうだな……どうすれば、アンタの横で戦えるんだ? 教えてくれ!」
ヒルスは腕を組み、考え込む。
「……ふむ。私の任務についてこれるレベル……か。なんと言えばいいか、難しいな。だけど、そうだな……」
ヒルスは納得した顔で、
「師団長になれ」
ランマは一瞬間を置き、
「師団長?」
「そうだ。他の師団長たちなら間違いなく私の戦いについてこれる。師団長になれるレベルなら、私の横で戦えるだろう」
「……そうか。師団長……わかった!」
ランマは拳を握り、
「俺は絶対に師団長になって、アンタについていける人間になる! そんで、もしも、もしも俺が師団長になった暁には……」
ランマは頬を染めつつ、声を張る。
「ご褒美に、デートしてくれ!!」
…………。と、一時の静寂の後、ヒルスはフッと笑う。
「あ、いや、もちろん嫌なら――」
「……いいだろう」
ヒルスは赤竜に乗り込む。
「楽しみにしているぞ」
ヒルスはそのまま〈ロンドン〉を去る。
「あ、はい! あざす!!!」
ランマはなぜか敬礼のポーズを取った。
「うおっしゃあ! やるぜランマ=ヒグラシぃ!! 目指せ師団長!!!」
ひとしきり喜んだあと、我に帰ったランマはあることに気づく。
「あれ?」
――ランマは1人、スタジアムに取り残されていた。
「ちょっと待ったぁ!! 〈バラ・マーケット〉まで結構距離あるだろここ! 元居た場所まで送ってけよ!! ヒルゥゥゥゥゥスーーーーーーーっ!!!」
……それからランマがスウェンたちと合流したのは5時間後のことだった。
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竜の背の上。
ヒルスは1人、ランマとの戦いを思い返していた。
(天界礼装とは言うものの、神力ではなく魔力で駆動していた。私の“紫焔・天斬”の特効効果も十分に発揮されていなかった)
ヒルスは腰の剣を撫でる。
(本質的に天界礼装とは少し異なる。直径3センチメートルの召喚陣、アレは確かに狙われるだけの価値はあるな……)
ヒルスはコートの脇腹部分をさする。
「……しかし、加減していたとは言え、私が傷を負うのはスウェンとの決闘以来だな」
ヒルスは口元を笑わせ、頬を僅かに赤らめる。
「……デート……か」
この話めちゃくちゃ改稿しました。
色々と悩んだ結果、こっちの方がランマらしいなと。
話の根幹にかかわる部分の改稿しちゃってすみません。この話以外は特に大きな改稿はしてないです。