第35話 再会
本当に素晴らしい物を見た時、『素晴らしい!』なんて感想は出ない。
そんな無骨な言葉で、表現してはならないと脳が直感する。
ランマは目の前の建造物、〈ウェストミンスター宮殿〉を見て、そう思った。
「ここが〈ウェストミンスター宮殿〉。そしてあの時計塔がビッグ・ベンだ」
〈テムズ川〉のほとりに建っており、全長約265メートル。1100を超える部屋に100以上の階段、中庭数は11。とてつもないスケールだ。
後ろから見て右側に高さ96.3メートルの時計塔ビッグ・ベン、左側に98.5メートルの塔ヴィクトリア・タワー。二本の塔が睨みを利かせている。
建築や芸術に疎いランマでも、目の前の建物がとんでもない物だとわかる。
「異世界の人に悪いことしたよね」
スウェンは言う。
「こんな物を僕らが貰っちゃってさ」
ランマも、同じことを思った。
「……ホントに、ここが射堕天サークルの本部なのですか?」
ステラの問いにフランベルが答える。
「そうです。射堕天サークルのトップである自在天様、そして第一師団はここに所属しますのよ」
「贅沢ですね……」
「僕たち第七師団の拠点はここじゃないけど、全体集会の時とか、あと規律違反起こしたりするとここに来ることになるから、一応場所は覚えておいてね」
「なるほどな。ウノは絶対覚えておかないとだめだな」
「おいおいランマちゃん、俺が上にバレるような悪事をすると思うか?」
「バレない悪事はする気なのかよ……」
「ルールってのは裏をかくためにあるのさ」
「さ! 次行こ次!」
次に足を運んだのはこれまた宮殿。
その名も〈バッキンガム宮殿〉。
白くて華やかで、高貴な雰囲気があふれ出ている。
「ここにはロンドン市長やロンドン議会が通っている。ま、この〈ロンドン〉で一番偉い人が集まる場所だね」
「私、ここ好きです。とても綺麗……」
「そうかぁ? 俺はさっきの宮殿の方が好みだね。貴族御用達って感じが気に食わねぇ」
ステラとウノで意見が真反対に別れる。
「スウェンさん、これから〈バラ・マーケット〉に向かうのですよね?」
「そうだよ」
「それなら、あの橋を使ったらいかがですか?」
「ん? ――あー、いいね。そうしよっか」
「?」
スウェンが楽し気に笑うのをランマは不思議そうな顔で見ていた。
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ロンドンを分断するように川が流れている。この川の名は〈テムズ川〉(異界都市に残っていた文献より引用)。
この〈テムズ川〉を渡るための橋が〈ロンドン〉には幾つかある。
現在、スウェンたちがバイクを走らせているのはその幾つかの橋の一つだ。
「なんだこりゃ!?」
ランマは思わず声を上げた。
その橋は2つの塔を繋ぐように架かっていた。珍しい形の橋だった。
「〈タワー・ブリッジ〉。見ての通り道中にある塔が特徴的な橋ですわ」
フランベルが説明する。
「この〈テムズ川〉を横断する橋の1つで、船が通る際には上げることもできる跳開橋。わたくしおススメのスポットですわよ」
「いやぁ、橋1つでもこんなに凝ってるのか〈ロンドン〉は」
橋を渡り、一行は〈Borough Market〉と入口にでかでかと書かれた市場に着いた。
「到着♪ ここがロンドン最大の食品市場――〈バラ・マーケット〉だ」
多くの食料店が立ち並ぶ市場だ。
肉、魚、野菜、スイーツ。現世の物から異界の物までなんでも揃っている。
「「おおおおおおお~~~~~っっ!!!」」
「異世界にあったとされる料理を数多く再現して売っています。わたくしのおすすめはカレーライスですわ」
「僕はラーメンかな。脂ギトギトのやつ。とりあえず自由行動にしようか。これから2時間後、14時になったらこの入口のところに集合ね」
全員が散り散りになる。
スウェンはラーメンを食べに、フランベルはカレーライスを食べに、
ウノは歩行者の女性を捕まえてガイド代わりにしている。
ステラはクレープを幸せそうに頬張っていた。
1人となったランマは片っ端から料理を食べていく。
ホットドッグ、タコス、ケバブ、焼きそば、パエリア、やぎミルクのアイスクリーム、コーラ。
「い、胃が足りねぇ……! 異世界やべぇ。こんな美味いモンに溢れてるのか……!!」
ランマは次にどこへ行こうか頭をキョロキョロと動かす。そして気づく。自分がまったく知らない場所に立っていることに。
「ここ……どこだ?」
迷子である。
〈バラ・マーケット〉は広く、そして凄い混み具合で、一度人の波に攫われると迷ってしまう。
ランマは勘で歩いていくが、着いた場所はこれまた知らない市街地。
「やっべー……知らない間に〈バラ・マーケット〉から出ちまったみたいだな」
正面に話し込んでいる3人の主婦らしき女性を見つける。
彼女たちに道を尋ねようとランマが考えると、主婦の1人の足にくっついていた女の子が目の前を通った蝶々に釣られ、主婦から離れる。
「!?」
女の子は――車が通る道路に出ようとする。
「馬鹿! 出るな!!」
時同じくして、一台の自動車が走ってくる。女の子は蝶に夢中で気づかない。
ランマは召喚陣を正面3メートル地点に設置、サモンコインを召喚陣に向けて投げる。
サモンコインが弾け、召喚陣からミラが擬態したコインが飛び出す。
「ロープ!!」
ミラがロープに擬態し、女の子に巻き付こうと伸びていくが――
(駄目だ、間に合わねぇ!!)
女の子と車が接触する、その直前、
1人の女性が飛び込んだ。
女性は女の子を抱きしめ、車に轢かれた。
ゴォン!! と音が鳴り、主婦たちの悲鳴が響く。
女性は空中で3回転し、そして――見事に華麗に着地した。
「……怪我はないか?」
女性は女の子に優しく語り掛ける。
「うん! だいじょうぶ!」
「そうか。気を付けろ」
女の子の親が女性に頭を下げ、感謝を述べる。
ランマは、凍っていた。
その女性を、ランマは知っていた。
金色の髪、紅蓮の瞳。
あの時より大人びて、垢が抜けて、美しくなっているが――見間違えるはずもない。
弓矢を模した紋章を背負った彼女は、ランマが幾度となく夢に見た人物。
「ヒルス……ノーヴァス……!!」
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