第34話 ツーリングinロンドン
船着き場に降りた6人はロンドンの街に足を踏み入れる。
久しぶりの地面。眼前に広がる幻想的な街並み。
間違いなく己が生まれた世界の中なのに、ランマはまったく違う異世界に入ったような違和感に包まれた。
景観だけじゃない。匂いや雰囲気が自分の知るものとまったく違った。
「んじゃ、あとは頼んだぜスウェン。俺は先に本部に行ってる」
ミカヅキはどこからか持ってきたバイクに跨る。
「バイクが後2台欲しいんですけど、どこかにありますかね?」
「第一師団の船の中に2台ある。……ゴネリスさんとリーニャが使っていたやつだ。許可は取ってある、好きに使え」
「わかりました」
「ミカヅキさん」
「? なんだランマ」
ランマはロケットペンダントをミカヅキに渡す。
「これ、ゴネリスさんの家族に……」
「――おう」
ミカヅキは多くを語らずロケットペンダントを受け取り、ランマの頭をくしゃっと一度撫でた後、1人バイクで道路を走っていった。
「ランマ君」
「――大丈夫だ。もう引きずってねぇ。それよりまさか、バイクで移動するのか?」
「うん! ここからちょっと距離あるからね。バイク1台に2人乗れるから、3台あればここに居る全員が乗れる」
「ミカヅキの旦那の話だと第一師団の船に2台だろ? 残り1台は?」
「僕のやつが第七師団の船に積んであるから無問題さ。いま取ってくるね。っていうか、降りる時に一緒に降ろせばよかったなー。すっかり忘れてた」
スウェンとフランベルがバイクを取りに船に戻った。
「バイク、か……」
ランマはいつかの苦い記憶を思い出し、冷や汗を垂らす。
「スウェンの後ろにだけは乗りたくねぇ……」
「バイクは3台……でも運転できるのはスウェンとフラン姫だけだよな。もしかしてステラちゃまも運転できたり?」
「しません。バイクというのもさっき初めて見ました」
「もちろん俺も運転出来ないしな。3台目は誰が運転するんだ?」
ランマは「確かに」と首を傾げる。
「お待たせ」
スウェンがバイクを引きずってやってきた。黒炎の右腕が生えており、その真っ黒な右手と生身の左手でバイクを持っている。
そしてスウェンの背後にはフランベル、
さらにその背後には――
「ガウガウ!」
目玉の飛び出た人型ゾンビがバイクを引きずっていた。
「ちょっと待てスウェン、まさかとは思うが、そのゾンビがバイクを運転するのか……?」
ランマが聞くとスウェンは頷き、
「うん、そうだよ!」
「いやいやいや……いやいやいやいや! 無理だろ! 召喚獣だぞ! 悪魔だぞ!!」
「心配には及びませんわ。きちんと免許は取ってあります」
ゾンビは「ガウ!」と誇らしげに運転免許証なるモノを取り出した。ちゃんと写真も貼ってあるし、名前の欄には“ゾンビ3号”と書かれている。
「全員、手ぇだせ!」
ウノが大声で言った。
「ジャンケンで勝った順に誰の後ろに乗るか決める! それでいいな!」
ランマとステラが手を出す。
「「「じゃんけん――!」」」
その結果は――
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ロンドンの街を、3台のバイクが駆ける。
「ステラちゃん、せっかくなんだから顔上げなよ。景色見えないよ」
「で、でも……怖くて……!」
スウェンの背中に顔を埋め、前傾姿勢のステラ。
「ちょ、どこを触っているのですか!? いまわたくしの胸をお触りになったでしょう!?」
「触ってねぇって! 前見ろ前!」
フランベルの後ろに乗るのはランマ。そして、
「ガウ! ガウガウ!」
「……なーに言ってんだかわからんっちゅーの」
ウノはゾンビに体を寄せていた。
「こういうのって大体言い出しっぺが負けるよな」
「くっそ! フラン姫の後ろが良かったぜ……! 腐った死体の匂いで景色が楽しめねぇ!!」
「ランマ君、せっかく最初に勝ったのにどうして僕を選んでくれなかったの?」
「……お前の運転にはトラウマがあるからな」
「ロンドン内だと制限速度があるからそこまで飛ばさないよ。ほら、安全運転でしょ?」
ランマはフランベルの腰に手を回している。
引き締まった腹筋、腰回り。ランマはそのしなやかな筋肉に驚きを覚えていた。
(服の上からじゃわからなかったけど、コイツ……すげー筋肉だな。こんな小さい体なのに象につかまってるかのような安定感だ)
〈ロンドン〉から〈ブルー・ラグーン〉まで泳ぎきった体力は伊達ではない。
赤信号でバイク3台が止まると、ランマは口を開いた。
「フラン。お前、体すげー鍛えてるな」
「……!?」
フランベルの肩がビクッと震え、耳が赤くなる。が、ランマはそのことにまったく気づかない。
「普段、どんな筋トレしてるんだ?」
「――まし」
「え?」
フランベルは震えた声で、
「……筋肉のことは、言わないでくださいまし……!」
フランベルは涙目で振り返る。
フランベルは女性らしい体を好む。柔らかく、ゴツゴツしていない体だ。童話の中のお姫様のような体である。
しかし自身の希望とは異なり体は筋肉を付ける。付けてしまう。そういう体質だった。
彼女は自身の筋肉質の体がとてもとてもコンプレックスだった。
「わ、わりぃ」
ランマはなんとなく察して謝る。
「……マッチョドレスか。マニアックだな」
ボソッとウノが呟くと、フランベルはウノの鼻に肘鉄を当てた。
ウノの鮮血が〈ロンドン〉の道路に飛び散る。
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【修正点】
ミラが記録しているロープの長さを20メートルから30メートルに変更しました。
ミラが記録しているコウリュウの射程を30メートルから24メートルに変更しました。