第31話 屍を燃やす焔
――第七師団の帆船、甲板にて。
槍を手に持ち、無傷のワンハンドレッド。
相対するスウェンは血みどろだ。全身を斬り刻まれている。だが傷はどれも骨や内臓までは届いておらず、重傷には至ってない。
戦闘開始から約10分、スウェンは一人で堕天使を抑えていた。
「ふーっ! やっぱ君クラスになるときっついねーっ! しんどいや」
「……何のつもりですカ」
堕天使は表情筋含め全身金属質、ゆえに表情はわからないが、戸惑っているのは声の調子からわかる。
「貴方は全力を出していなイ。なぜでス」
「そういう君こそ、全力を出してないように見えるけど?」
「……望みとあらバ」
ギアを上げ、急速接近してくる堕天使。
堕天使の手を離れ、ひとりでに攻撃してくる槍。堕天使はスウェンの背後に回り、打撃を繰り出そうとする。
スウェンは骸炎を動かし、二手に分かれた堕天使と槍の攻撃を凌ぐ。だが状況は二対一のようなもの、攻撃を受けきれずスウェンの左肩が槍によって裂かれ、血が飛び散る。
「所詮は人間、この程――」
「天界から逃げてきた堕天使が。あまり調子に乗るなよ……」
「!!?」
血みどろの少年の小さな睨み。その圧力におされて、堕天使はスウェンから距離を取った。
同時に、堕天使は気づく。いつの間にか甲板にゾンビが現れていることに。
気配は一切なかった。召喚術を発動した反応もなかった。
なのに、ゾンビが大量に溢れてきている。すでに数は20を超える。
不測の事態に堕天使の頭に一点の動揺が現れる。
「……一体どこかラ……!」
堕天使は槍でゾンビを薙ぎ払う。ゾンビはいとも容易く斬り裂けた。
ゾンビ一体一体の戦闘力は大したものではない。ゾンビの戦闘力を理解した堕天使は動揺を消す。
「烏合の衆、恐るるに足らズ……」
「ねぇ君、ゾンビの別名を知っているかい?」
スウェンは骸炎を床につける。
「……?」
「生きる屍さ。そして、骸炎は……」
――骸を燃やし、強くなる。
「――“骸炎・万華鏡”」
船の甲板に黒い炎が広がる。その炎の模様はまるで万華鏡の内に映される花弁のよう。
危険を察知した堕天使は背から翼を生やし、空へ逃げる。
ゾンビたちは炎に焼かれ、足元から溶けていく。ゾンビが溶ける度、骸炎から発せられる圧力が強くなっていく。
堕天使はすぐさま逃走を始めた。空を駆け、船から離れる。一瞬にして逃げを選択できるほどの強大な力を骸炎は放っていた。
吸収を終えたスウェンは骸炎を前に出し、手のひらの前に真っ暗な球を生み出す。骸炎は次第に崩れていき、代わりに黒球に宿る魔力が色濃く禍々しくなっていく。
地面に残った万華鏡から、黒い粒子が発生し、球に吸い込まれていく。同時に粒子はスウェンの傷に吸い込まれ、傷を癒していく。
スウェンの黒炎の右腕は消え去り、球に骸炎のエネルギーが収束する。
スウェンは生身の左手を黒球に添える。
「“骸炎・千輪”」
黒球が発射される。
その速度は堕天使の飛行速度を優に超えている。堕天使は逃げきれないと見るや、反転して球に向かって槍を投げた。
――演舞“一気葬雲”。
フルパワーの投擲。
槍が黒球と接触すると、黒球はあっさりと分裂した。
分裂した無数の球はどれも赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のいずれかの色になり、堕天使に向かって飛んで行く。
“骸炎・千輪”は発射後数秒で黒球が分裂し、無数の追尾弾となって敵を屠る技。迎撃及び回避困難の奥義。
堕天使は避けきれず、体に大量の球をめり込ませる。
「……!!?」
「弾けろ」
スウェンが呟くと球は弾け、煌びやかな火花で空を彩った。
爆発音が遠方の空で続けざまに鳴り響く。
スウェンは空を微笑みながら眺める。
「綺麗な花火だ……」
スウェンは振り返り、
「もう出てきていいよ」
スウェンの声が船の上に響くと、マストの裏側からウノとフランベルが現れた。
「うまくいきましたわね」
「あー、緊張した。せっかくこんな美女と密室で二人っきりだったってのに、ロクに楽しめなかったぜ」
フランベルは長く航海を担当していたことで疲弊していた。
エディックが来たタイミングはちょうど魔力を切らしたフランベルが休憩に入るところだったのだ。
強敵ならばスウェンの骸炎とフランベルのゾンビによるコンボは必須。スウェンとフランベルは話し合い、フランベルの魔力が回復するまでウノの“タネも仕掛けもある箱”でフランベルを隠すことにしたのだ。
そして魔力が回復したフランベルはゾンビを展開したわけだ。
「それで、倒せたのかい?」
「手ごたえはあったけど倒せてないね。飛び去る影が見えた。けれど、ぱっと見腰から下は無くなってたし、ダメージはかなり入っていた。間違いなく撤退したと思う」
「……100番。ゴネリスさんや第一師団の方々が敗北するわけです」
「その化け物相手に、10分以上単騎で耐えたお前はなんなんだよ」
「ははは。さすがにギリギリだったけどね」
ウノは目の前の少年に人知れず畏怖を抱いていた。
(結果的に無傷且つ、魔力もほぼ全快。この野郎、底が見えねぇ……)
スウェンは視線の先に船を発見する。
「あっちも終わったみたいだね」
近づいてくる蒸気船。
蒸気船の上には手を振るランマの姿がある。
「堕天使や眷属に乗っ取られている可能性はありませんの?」
「どうだろうね。すぐにわかるさ」
ランマ、ミカヅキ、ステラ。
スウェン、ウノ、フランベルは無事合流を果たした。
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