第3話 二つのターニングポイント
ランマが8歳の時の話だ。
ランマは辺境の村、バイア村で暮らしていた。だがある日、一体の化け物に襲われ、村は壊滅した。
化け物は人型だったが腕が四本あり、紫の瞳で、頬に889という刺青があった。
両親も殺され、絶体絶命のピンチに現れたのが彼女だった。
『すまないな。遅くなった』
金色のロングヘアーの少女だ。歳は14歳ほど。
彼女は10メートルを超える白銀の竜を召喚し、化け物を圧倒した。
その紅蓮の瞳を今でもランマは覚えている。
彼女が着ていたコートの背中には、弓矢を模した紋章があった。
『君の両親を助けられなかった。恨んでくれていい』
憂いに帯びた表情は絵に残したいほど綺麗で、
その美しさに、その強さに、ランマは魅了された。
彼女は用を済ますとすぐにどこかへ消えていった。それからランマは〈カーディナル〉(今もランマが住む町)の孤児院に引き取られ、12歳でアカデミーに入学すると共に孤児院を出た。
ランマはいつか強くなって、彼女の隣に立てる男になろうと心に誓った。ランマ=ヒグラシにとってあらゆる意味で人生のターニングポイントとなった出来事である。
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ランマが日課のトレーニングを終えると、すでに夜になっていた。
滝行をしたせいで肌寒い。ランマはいつもニット帽をかぶってるから頭は温まってるが、体は長袖一枚。失敗した……とランマは嘆く。
「う~、寒い。今度からは上着を持ってこよう」
「あっはっは!」
「ん?」
家に帰る道中、路地裏から聞いたことのある笑い声が聞こえてきた。
「エディック……?」
エディックの笑い声。だが、いつもより汚い笑い声だ。
路地裏を覗くとエディックと、他にクラスメイトが2人いる。
「おー……」
ランマが声を掛けようとすると、
「いやぁ、マジウケるわアイツ。俺の渡した本の内容鵜呑みにして、馬鹿正直に筋トレするわトランプタワー作りまくるわ」
「っ!?」
ランマは出しかけた言葉を飲み込み、建物の影に入る。
「アイツがいっつも町走ってんのってエディックが原因だったのか」
「そうだよ。筋力と比例して召喚陣は広がる! って書かれた本を渡したら本当に筋トレしだすんだもんな。ほんっと馬鹿だよアイツ。今日は滝行すれば召喚陣が大きくなるって迷信が書かれた本を渡してやったから、きっと今頃滝に打たれてるぜ」
ゲラゲラという笑い声が路地裏に木霊する。
アイツ、というのが誰のことを指しているか、わからないランマではなかった。
「そんなんで召喚陣が広がるわけねぇっつーのによ」
侮蔑に満ちた声が響き渡る。
「召喚術の訓練で溜まったストレスを発散するのにちょうどいいよ。あのアホは」
堪えきれず、ランマは影から出る。
「エディック!」
姿を現したランマに対し、エディックは動揺することなく、馬鹿にした表情で見てくる。今のエディックの歪な表情こそ、彼の心の形を表しているのだろう。
「ようランマ! 滝行の成果は出たか?」
エディックが言うと、取り巻き二人が笑い声をあげた。
「本当なのか、今の話。お前も、俺を馬鹿にして……」
エディックはなにも言わず、下卑た笑みを浮かべた。
(そうか)
コイツも、俺のことを馬鹿にしていたのか。とランマは怒るよりも先に落胆した。
エディックは唯一の友達だ。唯一、自分の召喚陣が大きくなると信じてくれた人だった。
その相手に裏切られた事実に、胸が張り裂けそうになる。だがすぐさま落胆は怒りに変わり、頭に血が上っていく。
「テメェ……!」
ランマがエディックに近づこうとすると、
「おっと、あと一歩でも近づいたら……」
エディックは指を鳴らし、召喚陣を展開する。
ランマの約70倍の大きさの召喚陣を。
「相応の仕置きをするぜ」
エディックは指に悪魔との契約の証、サモンコインを挟む。
「上等だ!!」
ランマが一歩踏み込むと、エディックはサモンコインを召喚陣に投げ入れた。
コインが召喚陣に触れると、コインは弾け、召喚陣が輝きだした。
「出でよ暴風の徒! シムルグ!!」
召喚陣から出てきたのは2メートルはある怪鳥。風を操るシムルグだ。
「っ!?」
召喚陣はそれのみだとどこにも繋がっていない開かずの扉。
サモンコインはその扉を開く鍵だ。召喚陣はサモンコインを取り込み、初めて魔界へと繋がる。だがランダムに魔界の適当な場所に繋がるわけではない。サモンコインには術式が刻まれており、この術式が特定の悪魔の元へと召喚陣を繋ぐ。
この世には幾万のサモンコインがあり、それぞれが違う悪魔に繋がっている。
「どうしたランマ! お前も召喚獣を出せよ! 召喚士なんだろ!?」
ランマもサモンコインを召喚陣に取り込むことは可能だ。
ただ取り込んだところで意味はない。3センチの扉から出勤できる悪魔をランマは知らない。無論、エディックもだ。
「このクズ野郎が!!」
仕方なく、ランマは拳を握って走り出す。
――決着は1分で着いた。
「くっそ……」
言うまでもなく、地面に伏したのはランマだ。
シムルグの暴風に全身を切り裂かれ、無残に転がっている。
「おい落ちこぼれ。この俺様がとっておきの情報を教えてやるよ」
エディックは戦闘不能になったランマの頭に足を乗せる。
「召喚陣には個性がある。例えば俺の召喚陣は風神の円環と呼ばれるもので、風属性の悪魔をこの召喚陣で召喚すると召喚獣の魔力が上昇する。一方、お前の召喚陣は限界の円環。その能力は……生まれつき召喚陣が成長しない、というものだ!」
「なん……だと」
「クク……感謝しろよ。わざわざこの俺が、お前の召喚陣のことを調べてやったんだからな。どれだけ努力しようとお前の召喚陣は大きくならない。この先ずーっとな!!」
「う、嘘だ!」
「残念残念! これは迷信じゃねぇんだな! 信じたくねぇなら、自分で調べてみな。だーっはっは!!」
エディックは仲間たちと一緒に高笑いしながら去っていった。
絶望・挫折。
これまでも何度も味わってきたが、今回はド級だ。
体が回復しても、立ち上がることができない。
「クソ……!」
もしも奴が言ってることが本当なら、もう召喚士になることは諦めるしかない。
そう考えた時だった。
「やられっぱなしで終わりかい?」
誰かが、建物の上からランマの側に飛び降りた。
ランマは顔を上げて、その姿を視認する。
ランマと同い年くらいの、灰色の髪をポニーテールにしている男だ。糸目で、常に温和な笑みを浮かべている。
その一番の特徴は隻腕だ。右腕がない。黒コートの長袖がヒラヒラと風に靡いている。
「誰だ、お前……」
こんな特徴的な人間は一度見れば記憶する。だがランマの記憶に男の姿はない。
彼が町の人間ではないと、ランマはすぐにわかった。
「通りすがりの射堕天だよ」
――射堕天。
その名はいずれランマにとって大きな意味を持つのだが、今のランマは意味のわからない単語にハテナマークを浮かべるしかなかった。
「おいスウェン! なにをやっている?」
遠くから別の男の声が聞こえる。
「すみません! 先行っててください!」
スウェンと呼ばれた男は屈んで、ランマの顔を覗き見る。
「限界の円環か。珍しい物を持ってるね」
「お前、今の一幕見てたのか。なら助けてくれたって良かったんじゃないのか」
「助けない方が君のためになると思った。悔しさはバネって言うでしょ?」
どこか呑気な物言いにランマは僅かな苛立ちを覚える。
(こっちは絶賛絶望中だっちゅーのに、なんなんだコイツは)
男は微かに目を開き、
「確かに君の召喚陣はこれ以上成長しない。だけどね」
男は笑顔で、
「……どれだけ小さな召喚陣でも召喚できる悪魔はいる。召喚士を諦めるのはまだ早いと思うよ?」
男――スウェンは、それだけ言い残すと歩き出した。
「じゃあね」
ランマはスウェンの背中を見送り、あることに気づく。
スウェンの着ている黒コート、その背には弓矢を模したマークがある。それを発見したランマはすぐに立ち上がった。
「あの紋章は……!」
――彼女の背中にあったものと同じ……!
「ま、待て!!」
立ち上がり、叫ぶが、彼はすでに道を曲がり、姿を消していた。
追いかけて大通りに出るも、スウェンの姿はなかった。
「……見失った」
深くため息をつき、頭に手を添える。
「諦めるのはまだ早い、か。そうだ、誓っただろ……! あの人の側に立てる男になるって!!」
頭は切り替えた。
(召喚陣を成長させるのは諦める。きっと、エディックが言っていたことは本当だ。自分の召喚陣はこれが限界だと、なんとなく感覚でわかってはいたんだ。それにあの人と同じ紋章を背負った男が限界だと言っていたんだ。信じていいだろう)
ならば、この最小の召喚陣で戦える術を探す。
このスウェンという少年に会ったこの瞬間がランマにとって二度目のターニングポイント。ここから、ランマ=ヒグラシという召喚士の人生は大きく動き出すことになる。
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