第29話 凡人同盟
〈コックステール王国〉北東に位置する街、雪国〈キール〉。
ミカヅキ=アリアンロイス(14歳)はこの〈キール〉にある結界士専門学校に通っていた。ちなみにこの時の彼は今のようなストレートパーマではなく、アフロ&サングラスである。
雪の降る中、ミカヅキが一人学校の中庭にある木の下に座り教本を読んでいると、彼女が現れた。
「君がミカヅキ君?」
鼻元のそばかすが特徴的な少女。
ミカヅキは教本から目を離さず、
「誰だテメェは?」
「リーニャ=レッキス。一応、同じクラスなんだけど……知らない?」
「知らねぇな」
「……あっはは~、不愛想だねぇ。君」
普通はここでミカヅキから引き下がる。
だが彼女はまだ、そこを離れようとしなかった。
「ねぇねぇ君さ、法陣付きの結界が出せないって本当?」
法陣とは、結界に付与される特殊効果のことを言う。
結界内に居る者に対し何らかの強化作用を生み出したり、あるいは弱体化作用を生み出したり、結界そのものに感電効果や炎熱効果を与えるものがこれに当たる。法陣は努力で身に着けることはできず、生まれつきの才能で決まる。
ミカヅキは法陣を持たず生まれた存在。つまり、彼はただの空箱――特殊効果のない結界しか発生させることができない。
通常は法陣有りの結界と法陣無しの結界の二種類の結界を結界士は作成できるが、ミカヅキは後者のみしか作れない。
ミカヅキにとって最大のコンプレックスであり、それを刺激されたミカヅキは教本から目を離し、睨みつけるようにリーニャを見た。
「だったらなんだ? ……俺は、例え空箱しか出せなくても誰よりもすげぇ結界士になる! 舐めてっとシバくぞコラ!!」
「舐めるなんて滅相もない! だって私も空箱しか出せないもん」
「っ!? そう、なのか」
初めて見る同じコンプレックスを持つ相手に、ミカヅキは勢いを削がれた。
リーニャは右手を差し出す。
「ん」
「はぁ?」
何となく、反射的に、ミカヅキはリーニャの手を掴んだ。
「はい! 凡人同盟結成ね!」
「はぁ!? なんだそりゃ!!?」
「君と私はこの学校でたった二人の空っぽ、凡人でしょ? これから二人で協力して勉強してさ、天才たちを抜いちゃおうよっ!」
「ふっざけんな! 俺は凡人じゃねぇ!! テメェの協力なんざいらねぇんだよ!!」
「へぇ~、じゃあ君さ、こういうのできる?」
リーニャは人差し指と中指を合わせ、上にあげる。
するとミカヅキの手足首に結界の錠が掛けられた。
「なっ!?」
「名付けて“四肢括履”! えっへへ~、抜けられないでしょ?」
「くそ! このっ!」
ミカヅキは錠を剝がそうとするが、結界は強力で、抜けられない。
(一瞬で3つの結界を展開してこれだけ形を弄るなんざ並じゃねぇ! しかもこの強度……コイツ、すげぇ!!)
「同盟に入るなら、この技、教えてあげてもいいよ?」
どや顔するリーニャ。
ミカヅキは唇を噛みしめ、悔しさを押し殺す。
「……わかった。少しだけ、その同盟に入ってやる。少しだけな!」
「やったー! じゃあ早速聞きたいことがあるんだけどさ……」
「待て! まず俺からだ! 今の技のことだが……」
それから二人は幾度と議論を交わし、共に成長した。
互いに師でありライバルであり、そして、かけがえのない友人だった。
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いつかの記憶を噛みしめながら、ミカヅキは結界を生成する。
「転生術“鬼人道”!!」
「コウリュウ!!」
ランマは結界を足場に飛び上がった。向こうでは、同じようにリーニャに足場を作ってもらったゴネリスが飛び掛かってきている。
ミカヅキは空中に多数の結界を張る。リーニャも結界を張る。結界を足場に、蛇腹剣を持ったランマと鬼と化したゴネリスが空中戦を繰り広げる。
ゴネリスのとびぬけた身体能力による乱打をランマは躱し、剣を振るう。ゴネリスもそれを躱す。
(あの野郎、ゴネリスさんと同等にやりあってやがる……!)
ミカヅキはランマの動きを見て、心の内で称賛する。
(ここに来るまではこいつのこと、落ち着きのない奴だと思っていたが……いざ戦闘になると至って冷静……いや、集中していると言った方が正しいか)
一方、ランマもランマでミカヅキに対し賛美の感情を抱いていた。
(すげー。欲しい場所に欲しいタイミングで結界の足場ができる。俺が捌き切れなかった打撃を結界で弾いてくれている)
言葉も交わさず、
視線も交わさず、
自分の意のままに結界を出してくれている。
はじめて組むのに完璧に意思疎通できている。
ミカヅキの経験が成せる業だ。
(思いっ切りリードされてるな。ちょい悔しいけど、ちょっと気持ちいいな……!)
まるでワルツのリード。
ランマに次の道筋を教え、それでいてランマが行きたい道筋は尊重する。
(これが一流の結界士か……!)
しかし、一流の結界士が付いているのは相手も同じ。
「……」
現在、戦いは拮抗している。だがそれも時間の問題。
この状況が続けば敗北するのはランマ達の方だ。コウリュウに変化したミラはかなりの魔力を消費する。ゴネリスの方はまだまだ魔力に余裕がある。長期戦を仕掛けるのは悪手でしかない。
それがわかっているミカヅキは、早々に動いた。
ランマとゴネリスが海の上空まで戦場を移した瞬間、ミカヅキはリーニャに向かって駆け出した。
「結界刃ッ!!」
ミカヅキは手元に結界の剣を作る。
刀身が婉曲しており、刃が三日月のような形をした剣だ。
「結界槍」
リーニャは結界で槍を作り、ミカヅキの刃を受ける。
「……やっぱり、そう来ると思ったよ。ミカヅキ君」
ミカヅキとリーニャは海の上に巨大な板状の結界を作り、ランマとゴネリスの足場を確保し、目の前の敵に集中する。
一時的にランマとゴネリスはサポートを失い、結界の足場の上で一騎打ちを始めた。
ミカヅキは地面を踏み鳴らし、リーニャの足元から結界で作った棘を発生させる。棘は伸び、リーニャを穿とうと迫る。
リーニャは頭の上に固定型の細長い結界を発生させ、結界を鉄棒代わりに使う。結界の棒を掴み、そのまま半回転して結界の上に足を乗せた。
リーニャは左手を振り、立方体の結界を5つ発生させる。そして5つの立方体の結界をミカヅキに向けて伸ばす。ミカヅキは足元から結界をせりあがらせこれを回避、リーニャに向かって飛び掛かる。
「やるね! 実を言うと、こうして君と一度、全力で戦いたかったんだ!」
二人は空中で武器をぶつけ合い、ガキン! と弾き合った。
「俺もだよ。白黒付けようじゃねぇか、リーニャ!!」
互いに甲板に着地する。
「久しぶりにあれやろうかミカヅキ君! 押し合いっこ!」
リーニャは自身を囲うように立方体の結界を発生させ、それをそのまま肥大化させていく。
「ちっ。仕方ねぇ! 付き合ってやるよ!」
ミカヅキも同じように結界を発生させ、膨らませる。
結界同士がぶつかり合い、互いに押し合う。
「うおおおおおおおおおっっ!!」
「はああああああああっっ!!」
互いの結界にヒビが入る。しかし、
――パリン!!
先に壊れたのはミカヅキの結界だった。
「私の勝ちだね! ミカヅキ君!」
そのままリーニャは結界を膨らませる。
結界を避けるため、ミカヅキは一度後退するだろうと読んでいたリーニャだったが、
「!!?」
ミカヅキは退くことなく、むしろ前進してくる。
「馬鹿だね! 生身で結界に突っ込むなんて……!」
ミカヅキはそのまま結界を殴りつけ――ぶち壊した。
「えっ!?」
予想外の事態。
リーニャはミカヅキの能力をよく知っている。身体能力は低いことはないが、肉体と強化魔法だけで自身の結界を破れるほどのパワーは出せない。
にもかかわらず、ミカヅキは生身で結界を破った。
リーニャは慌ててバックステップを踏もうとする。ミカヅキはリーニャの動きを先読みし、長く伸ばした結界をリーニャの足の後ろに設置、後ろへ動いたリーニャの足を結界で引っ掛けた。
「しまっ……!?」
リーニャの態勢が崩れる。
ミカヅキは結界の剣を手に、迫る。
「まだぁ!!」
リーニャは指を前に出し、力を振り絞る。
「“四肢括履”!!」
手足首を結界で縛るリーニャの得意技。
ミカヅキの手足と首に結界が生成される途中で……パリンと音が鳴り、リーニャの結界が弾かれた。
リーニャはそこで気づく。ミカヅキが自分の体に、纏うように結界を作っていることに。
「結界の、鎧……」
結界を生み出す座標に、予期せぬ不純物があると結界は生成できずに自壊する。ミカヅキの結界の鎧によって、リーニャは座標確定の計算をミスり、結界を自壊させてしまった。
――ザク。
ミカヅキの刃が、リーニャの胸に突き刺さる。
飛び散る血潮に目もくれず、ミカヅキはリーニャの顔を見つめる。その瞳は、哀しみに満ちていた。
「……やっぱり、君は私とは違うね……」
リーニャは優しく、ミカヅキの頬に手を添える。
「今日で、凡人同盟はおしまい、だよ」
「……」
「安心して。きみは、凡人なんかじゃ、ない……きみは、天才、だよ……! 私が、保証、するから……」
リーニャは最期に、微笑んだ。
「だから……自分を、愛して、ね……」
ミカヅキは走馬灯のように彼女との思い出を振り返り、
ただただ、感謝を込めた言葉を贈る。
「――ありがとう。お前が居たから、俺は……自分を嫌いにならずに済んだ」
結界の剣が消え、リーニャがその場に倒れる。
船上の戦い、ミカヅキvsリーニャ。勝者――ミカヅキ。
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