第26話 夜明けは遠く
――15分前。
第一師団の船の甲板に、一体の堕天使が降り立った。
人の形はしているものの、全身が金属質の堕天使。体毛は一切なく、眼球まで金属のようにのっぺりとしている。体つきは男性とも女性とも言えない中性的なもの、身長は150センチほどだ。羽織っているのは丈の長いコート一枚のみ。
あまりに無機質で、異質。
堕天使の背後には第一師団の人間の死体が2つ転がっている。
そんな堕天使の前に立ちはだかるは2人の男。
第一師団C級隊員ゴネリス=カイゼル。
第一師団選抜試験トップ合格者エディック=ロジャード。
「……なんて奴だ」
ゴネリスは堕天使の実力の一端を感じ取り、冷や汗をかいた。
「エディック。俺たちはリーニャが他の者たちを保護するまでの時間を稼げばいい。勝とうとするな。時間稼ぎが終わればすぐさまお前の召喚獣で離脱する」
「わかってます。これに勝てないということは」
堕天使は、その機械的な眼球で2人を見る。
「あなたたちニ、質問がありまス」
(質問? ……ラッキーだ。会話で時間を稼ごう)
ゴネリスは戦闘態勢を解かぬまま返事する。
「なんだ?」
「ランマ=ヒグラシヲ、知っているカ?」
「!?」
エディックの表情が僅かに強張る。
「どうだろう。もしかしたら新入隊員の中に居るかもしれないが、他の師団の新入隊員の名前までは把握してないものでな。外見的特徴を教えてくれないか?」
ゴネリスはさらに会話で時間を稼ごうとする。
「身長172センチ、体重70キログラム。ニット帽を愛用していル。髪の色は茶色」
エディックは堕天使の言葉を聞き、違和感を抱いた。
(コイツ……なぜここまでランマに詳しい?)
「もう一度問いまス、ランマ=ヒグラシを知っていますカ? 正直に答えれバ、命は取りませン」
エディックはしたり顔で、
「知らねぇな」
エディックは決して勇者ではない。
今も足は震えているし、汗は止まらない。
それでも、仲間を売ることはしなかった。
「正直に答えたから見逃してくれよ」
「残念でス……あなたハ、嘘をついていル」
堕天使が異様なオーラを纏う。
ゴネリスは転生術を行使。体が真っ赤に染まり、額から角が生える。
「転生術“鬼人道”!!」
エディックはシムルグを召喚する。
「来い、シムルグ!」
堕天使は召喚陣を展開した。
堕天使は首に掛けた十字架を召喚陣に投げ入れる。
光り輝く召喚陣から現れたのは海のように青い槍。
「天界礼装“遊槍クモユラ”」
ゴネリスは槍を注視する。
(堕天使は自らの神力を凝縮させたロザリオを召喚陣に投げ入れることで、自らの魂を切り分け作成した天界礼装を召喚できる。天界礼装はその堕天使の半身……これだけの圧力を持つ堕天使の礼装だ。かなりのブツのはず――)
――ポトン。
間抜けな音がゴネリスの耳に届いた。ゴネリスは音の方を見る。
――ゴネリスの右腕が、そこには転がっていた。
遥か背後には、縦回転している青い槍がある。
今の一瞬で、槍は回転しながら迫り、ゴネリスの腕を斬り落としたのだ。
「ゴネリスさん!?」
「……自在に動く槍、ってわけか……!」
傷口はとても綺麗なもの。血が遅れて飛び出すほどに、痛みが遅れるほどに、鮮やかな切り口だ。それほどの切れ味。
堕天使の手元に槍が回転しながら戻っていく。
堕天使は一瞬でゴネリスとエディックの前まで移動し、槍を振り回す。
「演舞“獅子乱雲”」
縦横無尽、自在の斬撃が二人の全身を斬り裂いた。
(速い!? 斬撃の軌道がまるで見えないっ!!?)
ゴネリスが想定していた階位は200~300位。しかし目の前の敵はそれを凌駕する。
すでにエディックもゴネリスもズタボロだ。
それでもゴネリスは残った左手でエディックの首根っこを掴んだ。ゴネリスは最期の力を振り絞り、
「う――おおおっっ!!」
エディックを遥か彼方に投げ飛ばした。
投げ飛ばされたエディックの元へ、シムルグが駆け付け拾う。
「ゴネ……リスさん……!!」
「……逃げろ、エディック……助けを――」
シムルグの背に乗って逃げるエディック。
「くそ! くそ! なんなんだあの化け物は!!」
空を駆けるエディック。
だが、
「ぬぐっ!?」
エディックの脇腹から、槍が生えた。
エディックは脇腹を見る。堕天使の青の槍が脇腹を貫いていた。
振り返ると、まだ堕天使は船の上にいる。だがすぐさま背に鉄で作った翼を生やす。飛び立とうする堕天使、しかし堕天使は立方体の結界に囲まれ、飛び上がることができなかった。
エディックはその隙に急速で船から離れ、脇腹から槍を抜き、海に捨てる。
「はぁ……はぁ……はぁ……! くそ、こんなとこで死ねるかよ。俺はまた……アイツと……!」
エディックは命からがら堕天使から逃げた。ただし、その身はすでに――
---
「突然、その堕天使は現れた。全身、金属の堕天使だ。ゴネリスさんのおかげで俺だけ逃げられた……けど、他の奴は多分、全滅だ。あの船で一番強いゴネリスさんが一方的にやられたからな……敵う奴はいない」
「……エディック……」
「堕天使は自在に動く槍を使う。目で追えないほどの速さで……! 奴の狙いは、お前だ。ランマ。奴はお前を探していた……!」
「!?」
エディックはゴフっと血を吐き、薄く笑った。
「……なぁ、ランマ……ロンドンに着いたら戦うって約束、忘れてねぇだろうな?」
「ああ」
「……俺はここに、助けを求めに来たんじゃない。忠告しに来たんだ。逃げろ、ランマ。絶対に無事に、ロンドンにたどり着け……! 俺との……約束を、果たすために」
エディックはランマの胸倉を掴み、声を振り絞る。
「絶対、絶対だぞ……! 約束破ったら、ぶっ殺すからなぁ……!」
「わかった。絶対に逃げる。無事に、ロンドンへ辿り着く」
「ははっ、わかりゃいいんだよ。
……俺は、ちょっとだけ寝るぜ。ロンドンに着いたら……起こし――」
エディックの瞳から生気が無くなった。
ランマはエディックの瞼を手で下ろし、寝かせ、立ち上がる。
「俺は……第一師団の船に行く」
ランマは振り返り、4人の前で言う。
「ダチの仇討ちだ」
【読者の皆様へ】
この小説を読んで、わずかでも
「面白い!」
「続きが気になる!」
「もっと頑張ってほしい!」
と思われましたらページ下部の【★★★★★】を押して応援してくださると自信になります。
よろしくお願いいたします。