第2話 愚直な凡才
「気にすることはないさ」
ランマが一番後ろの席に戻ると、右隣の席からエディックが慰めてきた。
「努力次第で召喚陣は大きくなる。卒業までに全員を抜かしてやればいい」
エディックは線の細い青髪の男子。
ランマの唯一の友人である。
「……卒業試験まであと一か月もないんだがな」
「なら諦めて留年するか?」
「まさか。どんな手を使ってでも卒業試験を乗り切って見せる!」
この召喚士アカデミーには卒業試験がある。
試験の内容は実技だ。召喚術を駆使し、生徒同士で本気で戦う。
よっぽど酷い内容でない限り落ちようがない試験である。しかし、悪魔を召喚できないランマにとっては非常に厳しい試験である。悪魔を召喚できなければ不合格必至なのだから。
「そう言うと思って、また新説を持ってきたよ」
エディックは小さく笑うと机の中から本を一冊出した。
ランマはエディックから本を受け取り、表紙を見る。本のタイトルは“召喚陣拡大訓練法”。
「いつも助かるよ」
エディックは実家が本屋で、召喚陣について書かれた本を仕入れるとこうしてランマにくれるのだ。
「その本によると滝行をすると召喚陣が広がるらしいぞ。脳に刺激を与えることで魔力神経が活発化し、召喚陣に影響を及ぼすそうだ」
「へぇ、滝行か! なんか効き目ありそうだな! ありがとう、試してみるよ」
ランマは生まれつき召喚陣が成長したことがない。召喚陣は体の成長に伴って成長するのが普通で、ランマは異常だった。
そんなランマを周囲は落ちこぼれと評する。だけどエディックだけは彼を励まし、『いつか必ずみんなと一緒になる』、『これから追い抜かせばいい』と口にしていた。
自分以外にも信じてくれている人がいる。それだけでランマは頑張れた。現状、ランマを支えているのは間違いなくエディックだろう。
「次! エディック=ロジャード!」
ガルード先生に呼ばれ、エディックが教卓の前に行く。
エディックは手を前に出し、召喚陣を起動させる。
「うお~!!」
教室内で歓声が起こった。
エディックが出した召喚陣は先生の背より大きい。
「2メートル9センチ! さすがだなエディック! 学年最高クラスだ!」
学年の平均サイズが1メートル10センチ。
これだけの大きさがあれば小型の悪魔は大抵出せる。2メートルを超えれば人型の悪魔や二人乗りの飛竜(竜も悪魔の一種)なども出せるだろう。
召喚士の才能、そのわかりやすい指標が召喚陣の大きさだ。召喚陣が大きければ大きいほど、召喚できる悪魔の種類が増えるからだ。
つまるところ、ランマは召喚士として下の下の下。
「はぁ」
授業が終わり、帰路。
ランマは一人、ため息をついていた。
「2メートル9センチ、か。俺の何倍だ? えーっと……70倍くらい?」
生まれた時はみんな、ランマと同じ3センチほどの召喚陣しか持たない。
でもそれから年月が経つにつれ、どんどん大きくなっていく。
ランマは15年間3センチのまま。これはなにかの呪いか? とランマは苦笑する。
小屋の家に帰り、ランマは木の床に大の字に寝転がる。
「才能、か。あいつは天才で、俺は凡才ってやつなんだろうな」
いや。とランマは言葉を紡ぐ。
「俺は凡才ですらない。凡才未満の才能だ……」
凡才とは特筆する才能がない者、平凡な才能の存在を言う。つまりは平均値。平均値を大きく下回るランマは凡才ですらない。
それが現実。
ランマ=ヒグラシの召喚士を名乗ることすらおこがましい現実である。
「嘆いてても仕方ねぇ……か」
ランマは気を取り直し、日課を始める。
「998、999、1000……!」
腕立て伏せ→腹筋→スクワット、各1000回ずつ。
ランニングは町を10周。
そしてこれが終わったら10段のトランプタワーを20個作る。ランマはトランプタワー一つを約1分で作る。
「集中……集中……」
ランマに唯一才能と呼べるものがあるとしたら、集中力だった。
常人が継続して集中できる時間が15分程度。しかしランマはその4倍は持つ。さらに集中力の深さは並大抵のものじゃない。
トランプタワーを作ったら近くの森で滝行を30分。
「うおおおおおお! つめてぇ!! 頭皮に染みる!!!」
滝の勢いは思いのほか強く、0.1ミリの針を大量に浴びているような刺激が全身に走る。
(これは新刺激だ! 確かに、なんか新たな扉が開ける気がする!)
あまりの勢いに意識を失いそうになるが、ランマはなんとか耐える。
「……一説によれば、筋肉が成長することで召喚陣が大きくなる。一説によれば、手先が器用になると召喚陣も大きくなる。一説によれば、滝行することで召喚陣が大きくなる。一説によれば――諦めなければ報われる……!!」
最後以外、すべてエディックからの受け売りだ。
(やれることはすべてやる。彼女に相応しい男になるために……!)
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