第16話 結界牢
「いやぁ、すげぇな。あの人」
陽気な声でウノは言う。
「結界を同時に59個も展開して、これだけの強度」
ウノは自身を囲う結界を手の甲でコンコンと叩く。
「しかもご丁寧に1センチサイズの空気穴をいくつも空けている」
ランマは結界を見回す。
ウノの言う通り、合計16個ほどの穴が空いていた。つまり、呼吸は問題ないし、声も外に出る。完全な密室ではない。
「おまけにあんな砂時計の形をした結界が作れるなんてな。結界の基本形は立方体、球型や三角錐は見たことあるが、あそこまで形弄れる奴は初めてみた。同じ結界士として尊敬するね」
「って、感心してる場合か? その凄い結界士に閉じ込められちまってるんだぞ」
「どんな状況でも余裕は大事だぜ、ランマちゃん」
パキン! と、ガラスが割れたような音が響き渡る。
ランマは何かと思い、音の方を向く。
銀髪の少女、純白のワンピースを着た少女が、結界を蹴り破っていた。
召喚獣の姿はない。転生術を使った様子もない。身体強化魔法と純粋な身体能力で結界を破ったのだ。
受験生たちは彼女に注目する。
「すげぇ、どうやって破ったんだ?」
「私、見てたけど、あの子召喚術も転生術も結界術も……なにも使ってなかったよ」
「マジかよ!? 基礎魔法で破ったのか……」
「レベルちげぇな……」
少女は注目の中、ミカヅキの元へ歩み寄る。
「一つ、質問があります」
「はい、なんでしょうか」
銀髪の少女はミカヅキに質問する。
「別に私が全てのゾンビを倒して、そのサモンコインを全て持ち帰ってもいいんですよね?」
「おう。全然問題ねぇぞ」
「よかった。……この程度の結界に苦戦する足手まといは同期にいりません。私が全てのサモンコインを独占してみせましょう」
そう言って銀髪の少女は大穴に飛び降りた。
少女の発言を皮切りに、受験者の焦りが加速する。
「うおおおっ! やべぇぞあの女! 一人で78枚集める気だ!」
「急げ! これじゃ合格者アイツだけになっちまうぞ!」
喚く受験者たち。
ランマは冷静に自身を取り囲む結界を見る。
(うし。俺も自己強化魔法で……)
ランマは自身の体を強化し、結界を殴る。すると結界にヒビが入った。
「なんだ、これならちょい力溜めればいけるな……」
「転生術、“ウルフマン”」
目の前にいる受験生が狼男に変貌し、結界を破る。
他にも転生士が次々と結界を破っていく。
「おうおう。やっぱ転生士向きだな、この一次試験」
ウノは能天気に言う。
先に行った少女も含め、すでに10人ぐらいが脱出した。
「よっと!」
隣のウノの結界がパリン! と粉々に消し飛んだ。破片は外に向かって飛んで行く。
「は!? お前、いまなにやった!?」
ウノはポケットに手を入れ、直立不動の状態で結界を破った。
結界に触れずに結界を破ったのだ。
「なーに、俺の結界で内側からあの人の結界を破ったまでだ」
ミカヅキの結界内にウノは結界を発生させ、その結界を広げ、その広げる力で結界を破壊したのだ。
ウノは手を振りながら大穴に向かう。
「早くしろよランマちゃん。ダラダラしてると、取り返しのつかないことになるぜ」
ウノはそう言い残し、大穴に飛び込んだ。
結界士なら結界を足場に降りていくんだろうな、とランマは推測する。
「取り返しのつかないこと? どういう――」
ランマは気づく。結界に入れたヒビが消えていることに。
「ヒビが消えてる。自動修復機能でもついてるのか……」
ランマは体を強化し、結界を殴る。だが、
「どういうことだ?」
今度は殴ってもピクリともしない。
「結界ってのは多く展開するほど脆くなる」
ミカヅキはそう言って笑う。
「逆に、数が少なければその分強度は増す。つまり、だ。誰かが脱出する度、結界の強度はドンドン上がっていく」
ランマはもう一度結界を殴る。
やはり、渾身の力でもヒビ一つ入らない。
(これは……もう殴って壊せる強度じゃねぇ!)
「すでに11人が脱出したか。結界の強度は最初に比べて、2倍にぐらいになってるかね」
これがウノが言っていた取り返しのつかないこと。
受験生たちの顔に絶望の色が浮かぶ。
「不公平だ!!」
一人の受験生が声を上げた。
「あぁん? なにがだ?」
「これ、明らかに召喚士が不利だろ! こんなスペースじゃ召喚陣を展開できない! なんとか召喚獣を出せても、結界の中で召喚獣に押しつぶされて死んじまう! 転生士はこのスペースでも十分に転生術を使えるし、結界士もやりようがある。俺たち召喚士だけ脱出のしようがない!! こんなの不公平だろ!!」
たしかに。とランマは思う。
現時点で脱出に成功しているのは転生士と結界士のみ。召喚士は未だ脱出者ゼロだ。最初に出て行った女子が召喚士でない限りはの話だが。
「ぶっちゃけると、いま俺たちが欲しいのは結界士と転生士でな、召喚士はいらねぇんだ。相当優秀でない限りな。だから召喚士には厳しめの試験にさせてもらった」
「なんだよそれ、ふざけんな! 俺は本気で射堕天になりたいんだ! 恋人を堕天使に殺された! その復讐のためにな! こんな贔屓試験やってらんねぇっての!」
「別に召喚士は絶対脱出不可能ってわけじゃない。抜き道もいくつもある。最初脱出した女みてぇに基礎魔法でごり押ししてもいいしな。あんな芸当、できるやつ限られてるだろうけど。それにここを突破すれば二次試験は召喚士の方が有利だぜ。探索能力は召喚士が一番上だからな」
「二次試験の有利なんか知ったことか。ここを突破できなきゃ意味ねぇ! 納得いかねぇ!!」
駄々をこねる受験生をミカヅキは睨みつける。
受験生はその鋭い瞳を前に思わず息を呑む。
「……お前、名前はプーマだったな。お前の手持ちの悪魔の中にはバイコーン……二角獣がいるな」
「そ、それがどうした」
「結界内に召喚陣を展開して、そっから頭だけ出させる。そうすりゃ、結界に角で穴空けられただろ。ま、最初の結界の強度ならの話だけどな」
「……!?」
「他の奴らも同様に突破口はあった。この一次試験は最初の結界の強度なら誰にでも突破できるよう調整してあったんだ。なのにお前らはモタモタと様子を見た。論外だな。この一次試験で問うたのは思考の瞬発力! 窮地に瀕した時、如何に素早く頭を回し打開策を実行できるか! 特に召喚士はこの能力が求められる! テメェらは全員、落第なんだよ!」
ミカヅキの迫力に、受験生たちは何も言えず沈黙する。
「召喚士はここで全員リタイア、ですわね」
フランベルが呆れたように言う。
召喚士に諦めムードが漂い、ミカヅキが「情けねぇ」とため息をついた時、
「いいや。まだ一人、余裕のある子がいるよ」
スウェンは一人、ある少年に目を向けていた。
その少年はコイントスし、手に落ちたコインに語り掛ける。
「――コウリュウ」
通常、このスペースでは悪魔を召喚できない。
ただし――例外はいる。例えば、3センチの召喚陣から悪魔を召喚する召喚士とか。
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