第12話 光
パチパチパチ、という拍手の音でランマは振り向く。
スウェンが笑顔でランマに拍手を送っていた。
「お見事。初めての堕天使討伐だね」
ランマの右ストレートをスウェンは手のひらで簡単に受け止めた。
「一発殴らせろ……!」
「あっはは~、やーだ」
ランマとスウェンはアディガロスの死体に歩み寄る。
「どうすんだこれ。放置するわけにもいかないよな」
「僕が頂くよ」
「頂く? 回収して解剖でもすんのか?」
スウェンは黒炎の右手でアディガロスの死体に触れる。すると死体が黒く燃え上がった。
「骸炎は骸を薪に強化される」
アディガロスの生首と体は炎となって骸炎へと吸収されていく。
同時にスウェンの魔力が上昇したのをランマは感じた。
(えげつない能力だな。死体を魔力に還元させるのか)
「ほら、戻るよ。アレは見ておいた方がいい」
「アレ?」
二人は酒場に戻る。
そこでランマは信じられないモノを見た。
「なっ……!?」
眷属たちの遺体が、光の粒へと変わっていく。
「みんな……光になっていく」
赤、青、黄色、緑、ピンク、白……様々な色の光となって舞い上がっていく。その色は、彼らそれぞれの人生の色を表しているかのようだった。
「堕天使が死んだ時点で、眷属たちは生きていようが死んでいようがこうなる」
その光の粒たちは儚げで、それでいて温かくて、
思わず、ランマは両目から涙を流していた。
『ありがとう』
女性の声が、耳に響く。
「この声は……」
「彼らの声だよ」
ありがとう。ありがとう。ありがとう。と、声が聞こえる。優しい、声だ。
「堕天使の眷属となると魂を束縛される。君が堕天使を倒したことで、彼らの魂は解放された。そのことに対して、感謝しているのさ」
そう語るスウェンの背中が、ランマには大きく見えた。
「今でも世界には魂を堕天使によって縛られている人たちがいる。彼らの魂を解放することも、僕らの重要な仕事の一つだ」
光を見送りながら、射堕天という仕事の責任の重さをランマは実感した。
光は酒場の外に出ると、空高く飛び上がっていった。見えないところまで、ずっと。
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今回の一件の後始末をするから待ってて。と言い残し、スウェンは一人でどこかに消えた。
ランマはミラと一緒にバラジャムが塗られたパンを口に運んでいた。
「射堕天かぁ。思ってたより、ハードな仕事みたいだな。いろんな意味で」
『みら!』
「ビビッてはねぇよ。ただ反省しているだけだ。少しだけ、舐めていた。自分の命を懸ける覚悟はあったさ。でも、それだけじゃ足りなかった。一度の失敗で多くの人が苦しむ。俺以外の命を両肩に乗せる……その覚悟が足りなかったみたいだ」
『みみぃ?』
「“今からでも入るのをやめないか”って? やめないさ。あの人の背中も、スウェンの背中も……かっこよかった。もう俺は、射堕天ってやつにどうしようもなく憧れている」
例えそれが茨の道でも、
例えそれが先の見えない道でも、
憧れという松明があればどこまでも行ける。
――ブオン! ブオン! ブオン!
「……なんだこの音」
聞きなれない音が辺りに響く。
威圧的で、思わず背筋がビクッとなる、嫌な音だ。
「うおっ!?」
突如、時速80キロで目の前に現れたのは見慣れない乗り物に跨るスウェン。
「へい彼女! 後ろ乗ってく?」
「お、お前の乗ってるそれなんだ!?」
「バイクだよ。異界都市の産物。カッコいいでしょ?」
カッコいいという感情はない。内にあるのは恐怖と好奇心。
二輪の乗り物すら初めて見るランマがバイクを警戒するのは当然であった。素直に乗る気にはなれない。
手の甲でハンドルを叩いたり、タイヤを叩いたりして強度を確かめる。
「早く乗りなよ。ロンドンに行くんでしょ? この先にある港町〈ブルー・ラグーン〉から船で数時間だ」
「……これに乗んなきゃダメか?」
「徒歩で行くより何十倍の速さで着くよ」
恐怖もあるが、好奇心も混在する。
ランマは渋々、スウェンの後ろに乗った。
「しっかり掴まっててね。いっくよ~」
「ま、待て。少しずつスピードを上げろよ。ゆっくりでいいからな!」
「そーれ!!」
スウェンは思いっ切り爆速発進する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」
すでにバイクの時速は120キロを回っている。
「外の世界は制限速度がないから飛ばせていいね!」
「びびばけあるばぁ(いいわけあるかぁ)!!」
正面からの風圧でランマは言語能力を失った。
二人を乗せたバイクは平原を突っ切っていく。
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