第10話 堕天使
「堕天使は酒場にいる可能性が高い」
「なぜかな?」
「ララが俺を酒場に誘導していたからだ」
ランマはララと話したことをそのままスウェンに教える。
「なるほど。確率は高いね。君を酒場に誘導して、君も矢で射抜くつもりだったのかもしれない」
ランマとスウェンは会計を終え、外に出てから話の続きをする。
「この町には酒場が三か所ある。しらみつぶしに探ろう」
「おう!」
スウェンはまず、町の外れにある人通りの少ない酒場に足を運んだ。
「もしここに堕天使が居るのなら、君と同様に眷属に誘導され、矢で射抜かれ眷属にされた人間が多くいるだろう。護衛としてね」
「矢で射抜かれた人間とそうでない人間はどう見分けるんだ?」
「これを使って」
スウェンは手鏡をランマに渡す。
「これは天鏡、これで眷属を映すと頭の上に黄色の輪っかが見えるんだ」
「これでララも判別したわけか」
ランマは天鏡を左手に持ち、逆の手でサモンコインをコイントスする。
「召喚」
ミラ(コインの姿)を召喚し、右手に握る。
「へぇ。ミミックにしたんだ。そっかそっか、ミミックの擬態を使えばその召喚陣からでも出せるよね。頭いい」
「はぁ? お前が言ってた『どんな大きさの召喚陣でも出せる悪魔』ってミミックのことじゃなかったのか?」
「違うよ。ほら、スライムとかならいけるかなって」
「スライムは核が5センチあって俺の3センチの召喚陣からじゃ出せねぇよ」
「そうなの?」
「適当なやつだな……」
とは言え、スウェンの言葉がヒントとなったので結果オーライである。
「それじゃ行くよ。入ったらすぐに鏡で中に居る人物を映すんだ」
「了解」
ランマとスウェンは扉を押しのけ、酒場の中に入る。
「いらっしゃい」
カウンターにグラスを拭く紳士風な男が一人。
テーブル席には20人を超える客。それぞれ和気あいあいと酒を飲んでいたり食事をしたりしている。
一見、普通の酒場の光景だ。
「……」
「……」
ランマとスウェンは鏡を客やバーテンダーの方へ向けた。
「「!?」」
映す人間映す人間すべての頭上に――天使の輪っかが存在した。
唯一、バーテンダーを除いて。
「転生術――」
スウェンの足元に星形の魔法陣が発生する。
星形の魔法陣は転生陣の証。
「おいで、“骸炎”」
隻腕だったスウェンに、黒炎の右腕が生える。転生術を見た客たちはスウェンを明確に敵だと認識する。
次の瞬間、一斉に客たちが襲い掛かってきた。
スウェンはその全てを右腕の黒炎で薙ぎ払う。
「すっげ……! 右腕が生えやがった」
ミラを剣に擬態させ、その様子を見ていたランマは呆気に取られた。
「驚いた? “骸炎”はね、術者の失われた部位を補って発現するんだよ」
転生術とは、簡単に言うと体を造りかえる術だ。つまるところ変身である。
生まれ持った転生陣によって変身能力は異なる。スウェンの転生術“骸炎”の能力はスウェンの言った通り、体の失われた部位を黒い炎が補填することである。黒い炎は伸ばすことも巨大化させることも可能だ。
「さぁて、鏡に反応しなかった君が堕天使かな?」
「いいえ、私はただのこの店のオーナーですよ。アディガロスと申します」
スウェンはいつの間にかくすねた店のナイフをバーテンダーに投げた。
バーテンダーは額にナイフを受ける。
「うげっ!」
「……」
バーテンダーは仰け反るも、ナイフを額から引き抜き、平然とまた視線を前に向けた。
「血が見えないね」
スウェンが言うと、バーテンダーはつまらなそうな瞳で、
「やれやれ、物騒な客ですね」
バーテンダーは右手の手袋を外す。
バーテンダーの右手の甲には998という数字が刻まれていた。
「第三階位とは言え900番台か。
――ランマ君、眷属は僕が片付けるから、堕天使の相手は君に任せる」
「はぁ!? いきなり堕天使相手にタイマンかよ! 俺は堕天使の能力とか知らねぇんだぞ!」
「それ込みのテストだよ」
ウィンクするスウェン。ランマは不服ながらも受け入れる。
「まったく、スパルタだな」
ランマは唾を飲み込み、前に出る。
「つーわけで、アンタの相手は俺だ」
バーテンダー姿の堕天使アディガロスは指をぱちんと鳴らす。するとアディガロスのすぐ側に黄金の円形魔法陣が展開された。
(アレは、召喚陣か!?)
堕天使は首に掛けた十字架にキスをし、召喚陣に十字架を投げる。十字架は弾け、魔法陣が輝く。
「降臨せよ。――天界礼装“蛇剣コウリュウ”」
召喚陣から現れたのは悪魔ではなく――形状が独特な一本の剣。色は血を固めたような赤、質感は蝋のよう。鍔には翼のような模様が入っている。
一定間隔で刃には切れ込みのようなものが入っている。
「剣を、召喚しただと……!?」
「召喚術はあなた方の特権ではありませんよ」
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