episode.V 幕引
「あのー、、?」
「はい、なんですか。」
「なんで俺は、」
「はい」
「こんな風に抱き抱えられて」
「はい」
「なんで先輩は」
「ビルの中飛び回ってるんですかね、、」
先輩は俺を片手で右脇に抱えて跳んでいる。
流石に人間離れしている。本当に、俺と先輩は住んでる世界が違っているようだ。
この数時間で情報量が多すぎる。
突然ピンクの世界に入ってしまったこと。
先輩が謎のロボットに乗っていたこと。
緑色の女が出していた光球と怪物。
魔術、、なんて非科学的なもの。
全部、この目に焼き付いてしまった。どうやら認めなければいけないらしい。
この世には俺の知らないところで、関わってはならない世界があったと言うこと。
さっきだって何が何だか、、あ。
「そうですよ先輩。さっきは結局何があったって言うんですか?
ロボが出た瞬間に目も隠されてちゃあ何があったのかもわかんないですよー。
あの魔術師みたいな奴はどうなったんですかー?」
「。。。」
先輩は何か言い淀んだ後。
「別にどうということはないですよ、
頑張ってあの人から逃げて来ただけです。」
なんて、涼しげに言っていた。
◇
「とうっ」
そして先輩はある屋根の上に着地した。
ここはー
「俺の家だ。。」
自分の家なんてちゃんと見たことなかったけど上から見るとこうなってんのか。
一人で納得する。
「ここまででいいですよね?」
先輩が言う。
「さっきも言いましたがここからは赤の他人です。学校も転校しようと思います。
もし私に会っても無視しちゃってください。
ーこれはあなたの為ですから。ちゃんとわかってくださいね。」
そうして先輩はまた跳んで行った。
ほんとすごいなあれ。5m間隔位だぞ。
「ふう、、、。」
一息つく。
なんとか自分の部屋に戻った。屋根から降りるのは中々怖かった。
それにしても、
「魔術、か。。」
思わず声に漏れる。
神崎三咲先輩。俺が出会って数日で告白した相手。
そういえばなんの部活に入ったのかもまだ分かってなかったな。
あんな人が魔術師、、驚く一方でどこか納得している自分がいる。
ていうか魔術ってもっとなんかこう、それこそあの女みたく魔法陣とか謎のローブとか着けてるもんじゃないのか?
ロボ乗って剣ぶん回すって、、どこが魔術師なんだよ。現代科学の賜物じゃねーか。
「でももう会うことないんだよな。」
そう、もう終わったことだ。
これから出会うことも無いのならそれはもう夢みたいなものだ。
「そうだな。」
俺が先輩から学べることなんて世界は広いってことくらいだ。
もう関わることは無い。
さみしくはあるけど、この命が続いただけマシだと思おう。
そういえば先輩はなんで、俺の家なんて知っていたのだろう-
「おい」
「え?」
なんて、乾いた疑問はその一声で掻き消された。首筋を狙ったかかと落とし。
一撃で仕留めんとしている。
その一瞬の間に足を踏み出した。当たれば失神しかねないと俺の感覚が叫んでる。
「ふんっ!!」
倒れ込むようにしてなんとか避け切った。
「あら、今のが避けられるのか。なかなかいい筋してるみたいだが、、」
再び繰り出された蹴り。
だが今の倒れた俺には避けることは出来ず、
「ガハッ!」
もろにくらった。狙われたのは鳩尾。
痛い。痛い。痛くて動けない。
呼吸ができない。
カチッと音がした。
見れば男は余裕そうにタバコに火をつけていた。
長く黒い髪が後ろで結ばれている。細身でいてかつ鍛えられているのがわかる体つき。
こいつもおそらく強い。それだけはわかる。
「悪いな、魔術師はこっちの都合ですぐには殺せねーんだ。
どうやって俺らの魔術に入ったかは知らんがお前は"春の一族"に手を出したんだ。
その意味はわかるだろ?」
………いやわからんがな。混乱状態がさっきから続いているんだこっちは。
誰かこの巡りめく状況を止めれるのなら止めてくれと思う。
「はあ、なんで三咲はこんなのにも情けをかけるんだ?
尻拭いをする身にもなれよ。」
ー今。奴から逃してはならない単語がでた。
「あんた、先輩の取り巻きなのか?」
「あ?取り巻きていうか、、
まあいい。お前には関係ない話だろ。
とりあえず今は寝とけよ」
まずい。ここでまた同じことをされれば意識が落ちる。
それではさっきの焼き直しだ。
しかも今は先輩はいない。
煙草を置いて逆の手から伸びる手刀。
足はまだ動く。
奴の攻撃を避けるために俺はー
バリン!!
窓が落ちる。
「おいっ!!お前まじか!!」
奴が何か叫んでる。
それを俺は窓の外から見つめてる。
知らない。知るもんか。興味もない。
今奴に殺されるよりマシだ。
今、この体が真っ逆さまに落ちていることなんて、気にしないー
────ドン。
左手から落ちた。
体はその場に転がり落ちる。
「うっ、、あぁあああ、ぁああ!!」
痛みが激しすぎる。2階から特に受け身もとらずに落ちたんだ。
左手に全体重がかかったんだ、痛いに決まってる。折れてるかもしれない。
「くっ、、ああ!」
それでも立たなきゃ。立って走らなきゃ。
痛いのは痛い。ほんとは耐えられない。
けど、こんなわけわからんとこでは死にたくない。
死ぬのは怖い。痛いのより死ぬことの方がもっと怖い。
「ふう、はあ、、はあ、、」
だから立ち上がる。俺の部屋の窓を見つめると奴が呆然と見つめていた。
睨み返してその場を離れる。
近づいている死の恐怖。
俺は左手を抱えてどこへ行くでもなくただ逃げ出した。
◇
「はあー」
思わず出た大きなため息。
彼の名は智秋。
今の彼の思考は一つだけだ。
「めんどくせー。。」
なぜあんなにがんばれるのか。
どうせ結果は変わらないというのに。
先刻までの出来事を彼は全て観察している。
彼女は1人で任務をこなした気でいても、その若さゆえに監視がいつも1人はついていた。
今日は彼がその役目だったようだ。
基本的に彼女は完璧に任務をこなしてきた。
取りこぼしなどあまりなかったし″金色″の名に相応しい活躍をしてきた。
しかし今回、あの少年がなぜかこちらの次元に侵入してきた。そして三咲は少年を見逃した。
ありえないはずではあるが、魔術師であるなら何があるかは分からない。三咲はおそらく何らかの術中に囚われている。
しかし、それでは先程までのことと矛盾する。
少年は自分の雑に行ったあんな攻撃を躱しはしたものの一切の反撃もしてこなかった。
そんなへっぽこがあの三咲に暗示を仕掛けた?
そんなもの、天地がひっくり返っても有り得ない。
何が起きているのか。
それは神のみぞ知る答えだ。
智秋自体には関係ない。彼は与えられたものをただ淡々とこなすだけ。
故に。
「照準確認」
編まれた魔術。その手には三咲とはまた違う印を。
彼の眼はもう、新機零二を捉えている。
「管理次元領域/展開」
世界がピンクのソラに移行する。
「遊びは終わりだ、坊主。」
◇
数刻の後。
「んんんっ!!んがー!!」
そこには手足口を塞がれ、何もできずに暴れている新機零二がそこにいた。
本作をお読み頂きありがとうございます!
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