98話 演技
今日でひと月ぐらいは間が空いてしまいます。投稿は9月中旬から再度行いますが、その前にpixivで1週間分投稿してからこちらに戻ってきます。
明日はオリジナル小説の投稿をpixivで行います!
暫しの間、休む事になりますが、きちんと休んでから見てもらえる小説を書いていきます!では、あと2日間はpixivの方でよろしくお願いします。
幸助は勇気ある笑みを見せる。
「ありがとな。俺が、妖怪の凄さを見せつけてやるぜ‼︎」
青い冷気が身を包む。氷雪は剥がれ落ち、殻を破り、あの姿へと変わる。
白縹に髪が変色し、左目はシリウスのような青白く、右目は紅い目の相対眼へと様変わり。
「っ……これが?『妖怪万象』」
「待たせたなカナ。今の俺は激怒だ。覚悟しろよな?」
大人びた姿とその威圧的な冷気に華名は足がすくむ。
(寒い…。あれが彼の力ですか。汗が凍りそうです…)
華名は幸助から放たれる冷気に体が支配された錯覚を覚える。冷気のみが当たるだけだが、空気中の冷たさで肺が凍りそう。
人間とは思えなくなった。目の前の敵は人間じゃないと思わざる得ない。
「貴方…正気ですか⁉︎妖怪に化けるとは聞きましたが、噂は本当だったのですか?」
華名は【精霊の剣剷】を構える。
「噂?…ああ、そう言うことか。俺の情報はバレちまってるんだったな」
口調は変わらない筈なのに、恐ろしい圧を感じる。
歳下と見下していたのだが、ここにきて華名は、幸助を歳下扱いができなくなった。
「え、えぇ…」
「なら、俺の能力は分かるだろ?ここで思い知らせてやる!」
【絶無】を守護聖女に対して振るう。
守護聖女に特殊能力が備わっており、物理攻撃は効かない。
だが、幸助の持つ【絶無】は物理攻撃以外の方が特化している。
【絶無】に想いを封じ込め、守護聖女へと斬りかかる。
「無駄です!私の聖女への攻撃は無効です!」
「そうかよ」
華名の余裕を、幸助は容易く斬り裂いた。
幸助は、最初から物理攻撃ではなく、精神攻撃を付与させた斬撃を放った。刀身に宿し、精神体の肉体を斬れる武器となる。
守護聖女の体が真っ二つに分かれ、肉体を維持出来ずに消滅した。
一瞬の出来事に華名は驚きを隠せない。
「えぇっ⁉︎なんで⁉︎何かの誤解じゃないですか⁉︎」
自分を守護する者がやられ、頭を抱えて狼狽える。
とても状況を呑み込めず、幸助の強さが認識できなかった。
幸助は冷たく教える。
「俺の【絶無】はあらゆる形となって斬る刀剣だ。無名から貰った俺の大事な武器。あんたが使役する精霊とやらを斬ったのは精神体に有効な攻撃を念じたからだ」
「何その都合の良い武器は‼︎狡いです!」
「狡い、か。なら、雪姫を罵ったのは何処のどいつだ?妖怪の尊厳を貶めようとしたのはてめぇだろうが」
幸助はただ非情な顔で睨む。
怒りというものが感じられず、生気を感じられないその歪さは、華名は見たことがない。
(死人を相手しているみたい。なんでこんな人が生きてるんです⁉︎)
得体の知れない相手をしている気分だ。口調は同じなのに、別人を相手しているような……。
華名は気味悪がり、力を見せて驚かせてやろうと考える。
「では見せてあげます‼︎私の最高の技をその目で拝みなさい‼︎」
華名は【精霊の剣剷】を十字架に持ち、この空間内の精霊に言霊を送る。
「地を統べ、木々を支配する森の精霊よ、あの者に自然の脅威を思い知らせなさい‼︎」
森は華名の呼び掛けに、大地が体を作る。木々を巻き込み、土と岩、木の要素で森の精霊を召喚する。
しかし、この行動が仇となる。
木々や大地に吸収されていた妖力を掘り起こしてしまい、妖力が不足している者へ吸収される。結界により、妖力すら逃さない強度の中では、雪姫の力は元に戻る。
一時的とはいえ、妖力を糧とする妖怪が本来の力を取り戻す。
幸助と雪姫の不足していた妖力が回復し始めたのだ。
華名の思わぬ行動により、幸助達はまともに戦えるようになる。
(力が戻ってくる……今なら!)
雪姫は立ち上がり、地面に手を着き氷を張り始める。
雪姫は考えていたのだ。この聖域陵は常に妖力を吸収する仕組みになっており、如何にその仕組みを阻害させられるかを。
「『雪原霜降』」
雪姫は雪を操り、氷結も操る。地面を限定範囲で雪と氷で覆い、空に雲を生成し、雪を降らす。
雪姫は無駄な行動をしない。これにも理由がある。
妖力を奪う森の機能を停止させ、自身が立ち回れるように有利領域を創り出した。
「幸助、私も手助けする。あの人は、あなただけでは厄介」
「そうみたいだな。手伝ってくれるか?」
「うん、勿論」
雪姫も『妖怪万象』を使い、白無垢へと姿を変える。
和服仕様の服装は純白を誇張し、雪原に立つ二人が、華名からは神秘な存在に見える。
「かっこいい…‼︎雪女さんがこんな姿になれるなんて!純妖って色々変化できるんですね⁉︎あー私もその姿になってみたいです!」
危機的状況に追い込まれているのに関わらず、雪姫の容姿に赤面する。
華名は異種族に好意を抱く思考を持ち、妖怪や精霊の存在をこよなく愛する。愛するというよりも、神秘な存在として崇めている。
華名は妖怪が狂わしいほど大好きなのである。
先程の侮辱した発言は、雪姫のこの姿を見たかったからの誘発であった。
危険を承知であるが、華名の欲望を満たすには必要だった。
(素敵です。噂では常々聞いていましたが、なんと美しい妖怪なのでしょうか⁉︎雪の精霊とも呼ばれる雪女の儚さ、死を彷彿させる美貌と装束、守るべき者を守る姿勢……ああ、傍に置きたい……)
華名は幸助に比べると精神は大人びている。
そして、この状況になることは予め予想していた。
事前に夜叉と話し合っていた。
古都を離れ、聖域陵に辿り着く間にその話は行われていた。
『カナ様、少しお話しよろしいですか?』
『なんですか?』
『あとひと月も経たずうちに、マツシタコウスケに接触する可能性があります。聖域陵がありますが、彼らは森を突破する腹でしょう』
夜叉は古都の周りに詳しく、聖域陵にも詳しかった。
『そこで、私達はマツシタコウスケ達と出会えれば、妲己の目を覚ませられるかも知れません』
『えっ⁉︎なんで妲己さんですか⁉︎あの人怖いじゃないですか‼︎』
華名は妲己に苦手意識を持つ。
怒らせたらどうなるかを想像したくない。妲己の匙加減によって人が死ぬぐらいで、伝承を知る者は、彼女を酷く恐れる。
『確かに怖いお人です。ですが、褒姒は彼女を想っています。そして、あの都市は元々五人の九尾狐が治めていた古き場所。調和を取り戻したい一心で、褒姒は記憶を失っても尚、その理想を望んでおられます。古き妖狐の治める太古の都市であるからこそ、その調和を実現させたいのです』
褒姒は九尾狐の種族の中でも比較的温和な性格を有するとされる。
夜叉は妲己に敬意を見せるが、実際は心の底では敬意はない。褒姒には少なからず敬意を払っており、時偶に、褒姒から依頼される事も少なくはない。
ビジネス関係と呼べる関係であり、信頼関係が成り立っている。古都を出る際、夜叉は褒姒に依頼された。
——妲己様を救済して欲しい、と。
夜叉は快く承諾した。そして、華名にその主旨を告げた。
『そうだったんですか。夜叉は妲己を助けるんですね。分かりました。でしたら協力は惜しむつもりはありません』
『それでしたら幸いです。カナ様、これから出会うマツシタコウスケにわざと怒らせて下さい』
華名は意味が分からないと思う。
『どうしてです?』
『彼は妖怪を強く想う人間です。カナ様と同様、彼は妖怪を罵られると怒りを露わにするそうです。それを確かめるため、カナ様には危険をかって出て貰います。大丈夫です、私が必ず御守り致しますので』
夜叉は幸助の真意を確かめたかった。そして、力の発端を解明したいと考えた。
褒姒に依頼された中には、幸助の存在が不可欠だと念を押されていた。
褒姒がそれほど重要視する彼がどんな人物なのか、それを見極める為に、敵対心をわざと見せつけた。
幸助の人物像を見て、華名は大人の笑みを見せた。
そして、巨人を地面へと還す。【精霊の剣剷】をしまい、戦闘を放棄する。
「見事でしたよ。雪女さん、松下幸助」
華名は屈託のない笑みで、喜ばしく拍手する。




