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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
古都・妖狐救済編
98/265

97話 契り破棄

昨日はお騒がせしました。

車の方は修理してくれるということで、なんとかなりました。車も代車を借りられたので、ひとまず安心しています。


いよいよ明日で来月の中旬近くまで休みとなります。中途半端で終わってしまいますが、続きの方を楽しみに待っていてください。

カナの様子が可笑しい。

さっきまでの悔しさが爆発したのか、途轍もないぐらい大気が揺れている気がする。


完全に怒らせたみたいだ。


俺はさっきの強気が何処かへ行くように、俺の体が震えていた。

武者震いじゃねえ、本気で逃げねえと不味い‼︎

手を差し伸べ、俺に強い殺意を向けてくるカナ。

「貴方こそ身勝手な発言をしていませんか?雪女に名前を与えて力を奪い、そんな彼女を背負っての発言、おちょくっているのは貴方の方ですよ松下幸助。私が確かに甘えている部分があるのは自覚しています。ですが…私の気を知らないで発言するのは止めて貰いますよ」

俺の方に指を指す。


俺は最悪にも、森から逃げられないように結界を張られた。


逃げ場を失い、俺は気を引き締める。

「守護聖女よ、あの者を倒して下さい」

そう命令すると、俺の目の前に突如、女性の霊が現れた。

無言で剣を振ってくるその姿勢は、俺を本気で狙っていた。

【絶無】を取り出し、俺は抗戦する。

「雪姫、しっかり捕まってろ!」

俺は背中の雪姫を背負いながら戦う。悟美が夜叉と激戦を繰り広げ、見てくれる奴がいない。雪姫を降ろして戦うのは、カナの様子からすると連れ去る可能性もある。

チッ、この森は都合が悪過ぎるぜ!

「私が欲しいのは背負っている雪女です。私ならちゃんと仲良くできます。あまり仲がよろしくないみたいですので、貴方の代わりにもっと親密になってあげます」

「出鱈目たことを抜かしやがって!雪姫と俺の何処が仲悪いって言うんだよ⁉︎」

俺は本気でそう言った。

「貴方の方こそ、自分を棚に上げてませんか?この世界の禁忌を犯した大罪人の分際で、自分が好かれていると勘違いしている男。そういう人間が嫌いです!男って好きって言われると勘違いして張り切るものですから」

「はあ?」

「事実じゃないですか。男は性欲に忠実な獣、私を見る人間が全員そうでした。家系に恵まれ、家庭も温かく、友達も素敵な方たちでした。なのに……男だけは違う生き物です。私をいやらしい目で体育や水泳なんかできたものじゃない。貴方は男です。だから貴方には残念ですが痛い目を見て貰わないと。私達女をいやらしさしか求めない精神をズタボロにされて下さい!」

怒り・屈辱・差別・軽蔑が混ざったような感情を吐く。

カナの言ってることを理解したくねえ。俺はそんな奴ではないとはっきり言いたい。

カナの意思に応じてなのか、守護聖女の動きが俊敏になってきやがった。剣を捌くだけで精一杯。言葉を発する余裕がない。

俺の気持ちを代弁してくれるように雪姫がカナに訴える。

「違う!幸助はそんな獣じみた人じゃない。あなたは経験が少ないからそう言うだけ。誰もがそんな男じゃない!」

背負ってる後ろから言われるのは目障りだが、俺の気持ちを言ってくれているから何も文句言えない。

「経験が少ない?妖怪の癖に生意気を言わないで下さい!人の生き方をどうこう言う前に、自分が犯した伝説を振り返ったらどうですか⁉︎」

「っ…私は『雪女ユキオンナ』だった頃に、人間界で人を殺めた」

感情の起伏の差が激しく、激昂するカナと落胆する雪姫。

雪姫の事情は知っている。知っているからこそ、カナの言葉に腹が立ってくる。

「そうじゃないですか!私は妖怪も好きですが、悪魔や天使、精霊が好きです。ですが、私は『雪女ユキオンナ』を知って失望しました。貴女も男みたいな性格でしたよ!若い男を娶る為に老人や邪魔者を殺し、自分勝手に家に上がっては子を成す。碌な妖怪じゃないですよ‼︎」

そっか、こいつはそう言う奴か。

自分の価値観で妖怪をディスるような性根なんだな。

失望したぜ。

俺は怒りが抑えられなくなっていた。

雪姫を悪く言う奴も、妖怪を侮辱する奴だ。俺がこいつを………殺す。




幸助の雰囲気がガラリと変わる。

雪姫はこの気配を知る。

「幸助⁉︎駄目!それをしたら…」

幸助は雪姫を降ろす。

「悪いが、あんたが侮辱する奴を見過ごせねえんだ。雪姫、座っていてくれ」

とても冷たく、目は紅く灯る。その目には殺意が宿り、華名を威圧する。


雰囲気の違いに気付いたのは、木の上で今だに接戦を楽しむ二人もだった。互いに足を止め、その様子を見る。

「これは……?」

夜叉は幸助を見て、僅かばかりの興味を持つ。

「シシシッ!幸助君が暴れるわ。あの子、多分死ぬわよ?」

「なんですと?」

「事実よ?私は怒ることがないから分からないけど、幸助君は怒ると力が解放されるのよ。私も危うく頭打つところだったし」

悟美が嘘もなく言うから、夜叉は驚く。

「そんな強者が彼です、か。しかし、マツシタコウスケは異能は《名》の筈。あれ程の別人格を持つのは不思議なものですね」

事前に幸助を知っている夜叉からすれば、彼の異能に不可解な点があった。


異能には、人間や妖怪と同じように“名”がある。

異能の獲得は、自身の願望に基づいた近しい欲望として魂に宿る。

意識・無意識問わず、それぞれが名を有して異能が発現する。

しかし、異能は自身の欲望の為、それを知覚する手段はほぼなく、きっかけや長年の異能の行使によって解き明かすしか方法がない。

異能を解明できる妖術や異能があればそれは可能である。だが、それ相応の代償を受けなければならない。

幸助・悟美はその異能の名を來嘛羅から開示して貰い、異能を知った。

悟美は既に代償を支払っているが、幸助は不明である。

(名を与えれば妖怪の力を増す。妖怪限定の本人には特に意味のない異能。それを、あの九尾狐の來嘛羅様がこの男から名を受けた。妖怪の死を意味する“ある禁忌タブー”を犯した。通常なら、クミホと同じように力を失って人間として死ぬ筈。なのに、彼が付けた名を持つ妖怪は寧ろ、その力が増幅している。この原理は一体……)

夜叉は深く考え込む。

幸助の異能の謎を理解したい、解き明かし、自分の異能の解明のきっかけにしたい。


夜叉は異能を使えるが、その名を知らない。


妖怪が持つ異能もまた、人間の持つ異能と同様に欲望を体現する。それ故、知性ある妖怪であればあるほど、異能の“名”を明かすのに時間を有する。

伝承に基づいた願望でなく、妖怪もその意識から思考を切り離せられない。殆どの妖怪はそうであり、太古の妖怪ですら異能の“名”を解明出来ないでいた。

特別な存在、上位の存在であっても、異能を知らなければ真なる力を解放に至れない。

また、異能には隠された進化がある事は來嘛羅以外は知らない。

(マツシタコウスケ。貴方が如何なる異能なのかを調べさせて貰います。カナ様の異能も明かせられれば助かります。危険になれば、彼を戦闘不能にしておきますか)

悟美との戦闘よりも、自分の主人が戦う姿を拝もうと完全に戦闘態勢を解く。

悟美もそれに合わせ、三節棍をしまう。

両者は一時休戦、勝敗はこの勝負が終わってから着けることにした。




胸を押さえて訴える雪姫。

「幸助!絶対にその力は使っちゃ駄目!この森は妖怪を無力化する森。妖怪になったらあなたが動けなくなっちゃう」

『妖怪万象』は確かに切り札そのもの。だが、それは妖術の部類となり、使えば妖怪と同じ妖力を使うことになる。

雪姫が『妖怪万象』を使っても、今の状況を乗り越えられない。幸助も同じ危機に陥ってしまう。

だが、雪姫の願いに幸助は答えない。

『契り』を破ろうとしている。雪姫は止めようとするが、幸助の顔を見て、傷まれない気持ちになる。

「お願い幸助…。『契り』であなたを殺したくない。どんな罰があるのか分からない。お願いだから、何か言って頂戴…」

どんな苦痛でも逆境でも怯まなかった雪姫は、心底から幸助に話しかける。

妖力を失い、力のない声となっている雪姫の言葉に、漸く反応した。

「頼む。俺にこの力を使うのを許可してくれ。あいつには、妖怪の強さを知って貰わないといけねえんだ。その為だったら、俺はあんたの力を使うぜ」

幸助の意思は固い。雪姫の許しさえあれば、即座に使う気でいる。

雪姫はどうしても使わせたくなかった。

だが、冷静に考えてしまう自分がいる。

幸助が自分の為に命を挺して戦おうと武器を振るっている。それを見ると、今の自分の非力さを呪う。

「……分かった。絶対に、死なないで」

『契り』を一時破棄し、幸助の枷を解いた。

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