96話 価値観の違い
今日は遅くなりました。
理由は、今日車が運転中に故障し、かなり手続きをしなければならない状況だったからです。まさかの不慮な出来事に戸惑っています。
幸い、衝突事故は免れたので一安心しています……。
「なんだよ?まさか、あんたが幻術でも使ってねえよな?」
「幻術ですか?確かに、私なら可能です。ですが、夜叉にしたのは全く違います」
「俺を一方的に知られてるのも癪だ。あんたは名乗らねえのか?名前はなんだ?」
俺は少女に問う。
「私は泉華名です。古都より遣わされたものですが、何か?」
カナって言うんだな。こいつは意外と畏っているが、少し可愛げがあるな。
精霊のような少女に思えた。ただ、言葉遣いが妙に畏っている。
俺は失礼な質問をしてみた。
「あんた、何歳だよ?」
「女性に対して失礼ですよ?松下幸助。私はこの見た目ですが、加護によって幼くなっているだけです。実年齢は25歳です」
「うわぁ……詐欺じゃん」
カナの容姿を見誤った自分を呪いたくなった。
俺は聞いたら不味かった気がする。
実年齢が見た目に合ってないし、25歳でコスプレをしてる感じがして恥ずかしさを覚えた。
いい大人がコスプレはちょっと、な……。
「なんですか?私に不満ありげな顔をして」
「悪い…。あんたの趣味を否定したくなかったんだが、少女になれたからといって胸を少し誇張したり、気恥ずかしもなくコスプレされると反応に困るんだわ」
大人にはきちんと言うことは言う。それは当たり前だし、当然、指摘もすることで相手も気付くものだろうからな。
……ん?なんかあいつ、プルプル震え出したぞ?
と思ったら、俺の背後で雪姫もプルプル震え出した。
「幸助…あの人に酷いことを言ったこと、謝りなさい」
雪姫は俺の耳に息を吹きかけるように囁く。声に怒りが混じっていた。
「えっ?なんでだよ⁉︎」
「彼女、怒らせたらいけない性格。私と近しい力を感じる…」
雪姫は少女の姿をしたあいつから何かを感じるみたいだ。
俺は、踏まなくていい虎の尻尾を踏んだようだ。
「…松下幸助…‼︎私をコスプレ女と辱めるというならタダで済ませませんよ!」
怒ったな。てか、普通に25歳だと思うと、幼い女の子が怒っている認識になれない。
秋水と違ってマシだとは思ったんだがな。
仕方がないか。こうなったからには剣を抜くぜ。
「怒るなよカナさん。俺が責任取るべきか?相手してやるよ」
「いいえ、貴方の相手は私ではありません」
怒って襲う奴かと思ったが、意外と冷静な人だな。名妓の時は怒って襲ってきたのに、この人は何か違った雰囲気を感じる。
俺が動こうとすれば動けた。だが、俺は妙に慎重になっていた。
「あんたが相手するわけじゃないのかよ」
「私は貴方を殺せます。しかし、私が手を下して良いとは言われてないので」
「命令されてんのか?俺を狙っている奴、誰だ?」
俺はカナに聞く。
俺を狙う相手はなんとなく知ってる。俺に助言してくれた女性店員が教えてくれた。
カナと夜叉、この二人がどんな関係かは知らねえが、あの人に命令されたのだろうとは察した。
「妲己様、貴方を所望していると話してました」
カナの口からは、予想通りの妖怪の名を聞く。
普段なら、素直に喜びたいところだった。
九尾狐の中でも、一番最初に名を得た妖怪。俺がそんな妖怪を知らない訳がない。
好きだ、そして会いたい。俺はこの世界に来た時から期待に想像を膨らませていた。
だが、その妖怪に自分が狙われ、助けろと言われた。
俺にどうするべきなのかを告げず、ただ救えと残して……。
俺は妲己に何を恨まれてるのだろうか?
ただ、俺は知りたいんだ。彼女が俺に拘る理由を。
「幸助を狙う化け狐ね。幸助、この二人から逃げるしかない」
雪姫は俺の安全を考えて逃げる選択を言う。そんな雪姫に対し、カナは可笑しな提案をしてくる。
「雪女さん、私は貴女が凄い好きです。実はファンなんです!妲己様に彼を差し出した後、私の元に来ませんか?そして、一緒に古都に住みませんか?最近、来る人が少なくってまして、古都の人口が減少していくばかりなんです。雪女さんが来てくれたら、私凄い嬉しいのですが」
カナは俺よりも雪姫を欲している口ぶりだ。それに、俺が妲己に殺される始末となっているようだ。
「化け狐は幸助を殺すと言うのね…。残念だけど、私は幸助以外に尻尾を振る行為は嫌い。あなたのお願いは聞けない」
「ち、違うと思います!ただ、痛い目に遭うとは言ってましたけど、殺されるなんて…」
目が揺れる。恐らく嘘を吐いてやがるな。
俺は間違いなく殺される。
そう思ったら、背後からもの凄い耳を疑う声が聞こえてきた。
「嘘を吐くなっ‼︎幸助に危害を加える人は私が許さない。あなたは素直な子だと思ったけど、自分の利益の為に私を差し出せない。いいえ、化け狐に狙われているのなら、尚更、あなた方に幸助を渡す訳にはいかない!」
俺の耳が軋むような大声で雪姫が怒鳴っていた。
吹雪は吹かない。だが、それ相応の思いが感じられる。
背中から感じる意思は俺の耳に響く。自分よりも俺を懸命に庇い、睨みきかせている。
敵心を向ければ何が起こるか分からねえと言うのに。
雪姫……あんたは凄えよ。
俺を守る為に、動けないのに強気に出て、言葉で圧を放つのは凄えよ。カナは気不味そうに何も言えない口になったしな。
「あなたは自分で何を言っているか、それを理解していない。自分は安全なところにいる、だから、人を捕まえろと言われてもそれに従う。自分が安全ならと言う考えを持つあなたは他人事で物を言っている。自分の保身の為に化け狐に従うあなた達は間違っている。他人を差し出した先にも後にも幸せなんかない。価値観が違う、それだけね」
「雪姫…」
呟くと、雪姫は俺を力弱く抱きしめてきた。
「もう離したくないの。幸助の安全、それが私の願い。あの人は…欲に忠実、幸助と似ているけど、自分勝手に発言したのは見過ごせなかった」
「雪姫の言う通りかもな。俺、カナって奴は苦手かも…」
俺と雪姫はカナを好意的には思えなかった。
「……なんで、ですか?なんでなんですか…⁉︎なんで私に付いて来てくれないんですか⁉︎妖怪は怖い人もいますが、全て受け入れたいのです。ちゃんと面倒見ますし、一緒に居て楽しいこともさせてあげたいんです!なんなら、私がすべてお世話してあげますから!」
カナの何処にも発散できないような怒りを見せる。
望んだ人生を手にしていた奴の台詞だな。
「おい!いい大人がそんなお子ちゃまみたいな我儘言ってどうすんだよ?妖怪の世話をする?それ、今のあんたに当て嵌まる気がしねえよ」
「私がですか?」
「ああそうだ。今のあんたは夜叉にお世話されてるじゃねえか。その容姿、あんたがお世話出来る気が全くない気がするぜ?そんなあんたに、雪姫は渡せねえよ!」
カナがどんな奴かは知らねえ。だが、ある程度の情報は見て取れる。
こいつは甘えん坊な女だ。そして、自分の欲に忠実な奴だ。
世話をする、これは自分が世話をされるを勘違いしているんじゃねえかと見る。
自分の発言の間違いに気付かねえ奴と、俺は関わりたくねえ。
「っ……」
「自分で認識してるんだな?あんた達には悪いが、俺は一緒には行かねえよ。妲己が俺に用があるなら俺だけでも行く。殺される覚悟で行くんじゃなく、俺は妲己を救いに行くんだ。あんたが来る前から、とっくに行くと決めてるんだ」
雪姫が離れそうな勢いで驚いた。
ま、俺がわざわざ殺されに行くって思うのも無理ねえよな。
それでも、俺は好きな『九尾狐』の妲己の誤解と憎悪を消してあげたい。だから行くしかない。
結局、俺が動いていれば噂は広がって、好きな妖怪に出会う前に食い殺されるかも知れない。
「幸助…それは一体…」
「俺の意思だ。好きな妖怪の苦しみとやらを救えば、妖怪に認められるだろ?名を広めていけば俺をよく思う奴らがいるだろうぜ?」
全く根拠のない説得。当然、雪姫は不満な表情をする。
「危険過ぎる。そんな事、幸助がしなくても」
「心配すんなよ。俺は殺されに行くんじゃねよ、妲己を助けてやるんだよ」
不満そうにするが、雪姫はそれ以上何も言わなかった。




