94話 精霊少女
華名と夜叉の一瞬だけの戦闘ですが、余裕で一章の名妓や黒山双子を倒すのは可能です。『夜叉』自体がそもそも伝承でも強く、日本でも周知されている彼女は特別な強さを兼ね揃えていますので、今後も遺憾なく発揮するかと思います。
華名達は森に入り1日が経過した。
最初は歩いていたが、この森に人の気配を感じ取り、急ぎ足で駆け抜けていた。
夜叉は華名を抱っこしての移動であるが、移動速度は幸助達よりも十分速い。
そして、幸助達よりも早く、アカの拠点に着いてしまった。
待ち構えているクロ達300人が、同じ顔で待っていた。
「ブフフフ、随分速い到着なことだずなー。女二人、味見してみるのも……」
クロは華名達を見て、下卑た笑みで涎を垂らす。気色悪く、華名はドン引きする。
「夜叉、あの人気持ち悪いです。私達を見て、獣みたく涎垂らしてます!」
「そうですか。男は下心が分かり易い生き物ですね」
夜叉に抱えられる華名は地面に降り、腰から短剣を取り出す。心具である【精霊の剣剷】は愛剣であり、古都で貰った。
古都は、昔から武器の宝物庫と呼ばれ、妖怪と人間の武器を生み出せる職人が多く、神具を除いた武器や武具、道具を多く生産している。
心具とは人間が持つ事が許される唯一の武器とされ、所有者に合わせた武器を持てば、その武器は特殊な条件下で効果を発揮する。
華名は【精霊の剣剷】の刃を上に向け、両手で握り、強く念じる。
「森に眠る精霊よ、この森を棲家とする精霊に命じる。森を拠点とする人間全てに断罪をお与え下さい」
華名の短剣は華名の声に応じ、森のあちこちから風が吹く。
小さい旋風が現れ、自我を持ったように吹き荒れる。
風はクロ達を襲うように激しく吹き荒れ、木々や住居が吹き飛ばされる。
「なんだ⁉︎嵐を利用する女か⁉︎」
「シロ!嵐を止めろ!」
「だ、駄目です‼︎風を止められません‼︎」
シロは異能を使って風を止める術を使うが、食い止められない。異能の特性を知る者は少なく、風の止め方がままならない。
それがかえって、彼らの焦りを強く感じさせる。
華名の異能ではなく、【精霊の剣剷】による空間支配である。心具を持つ人間が少なく、その存在を知らないクロ達は混乱する。
心具を使い熟す者のみに許された力、華名は存分に扱う。
「自然は人間の脅威です。あなた達が人間に恐怖を知らないようでした。ですので、私は精霊にお願いして、この森の空気を支配しました」
華名は精霊を【精霊の剣剷】で意思疎通ができる。この短剣を持つ限り、華名は自然界に存在する精霊と意思の共有を可能とし、如何なる精霊も手懐ける。
尚、【精霊の剣剷】を所有していた人物がいたが、その前任者より、華名は遥か上の才に恵まれた人間だった。
精霊を生み出し、異能による使役は完全なもの。華名が口を開けば、華名の為に彼らは力を貸す。
「風の精霊、地の精霊よ。私達を人として見ない彼らに自然の恐怖を与えて下さい!」
【精霊の剣剷】に導かれし精霊二体が出現する。
風の精霊は女性風の緑の羽衣を纏い、地の精霊は男性型の騎士の鎧を纏う。
彼らはシルフとノーム。
クロ達が混乱の中、現れた精霊は容赦なく攻撃を開始する。
風は木々を薙ぎ倒すほどの突風を吹かし、風によって形状変化した砂が砂刃となって彼らを切り裂く。
クロ達の大半は風に紛れる砂刃に体が斬られ、100人が一気に減る。
「地の精霊さん、お願いします‼︎」
華名がそう命令すると、地面が隆起を起こし、全員が上空へと吹っ飛ぶ。
夜叉は空中へ飛んだ彼らに引導を渡すべく、『天上夜』を使って空へ飛ぶ。
夜叉の姿を見て、誰もが妖怪だと理解した。空中を飛ぶ夜叉が妖怪と知り、絶望の表情をする。
飛ばされた彼らは死を受け入れなければならない。
「フフフ、理解が早くて助かります。苦しむ顔を拝ませくれたのは褒めてあげましょう。では、淫乱な人生に終止符をどうぞ」
夜叉は上機嫌に長刀で命を刈り取る。
上空からは血の雨が降り、血を見たクロ達全員がその場から逃げ出そうと慌てふためく。
劣情から絶望へと変わった感情は、夜叉のご馳走そのものだった。
夜叉は人の恐怖を糧に強くなる。それは、この世界においても同様で、畏怖すればするほど、妖怪としての強さが際立つ。
「さあ、私達を襲うのではなかったのですか?触らぬ神に祟りなし、これを破った者に生きる資格はありません。妖怪の本当の恐怖を知らぬ人間、夜叉である私の前に、その魂を差し出しなさい」
たった二人の女に、クロ達は成す術もなく次々と死んでいく。
クロも夜叉に刈り取られ、その生涯を知らぬ内に終えた。
僅か数名だけ生き延び、残党は死ぬ思いでアカ達に助けを求める。
既にアカ達が無力化されていると知らずに………。
当然、アカ達が向かったであろう方角から数人の影を見つけた残党は喜んだ。
「た、助かった‼︎」
「おーい!拠点が襲われたんだ!アカ様は居な…い、の……か?」
近付くにつれて分かる容姿。
その姿が見えてくる。女性らしき影も確認できる。
彼らが望んでいた人物達との再会ではなかった。
「よう、俺達を襲いに来たか?」
「シシシッ!遊び相手が来てくれたわ!」
最悪なパターンだ。幸助達と鉢合わせてしまった。
生きた心地がせず、引き返そうにも背後からも敵がいるのを知り、逃亡を放棄する。
「うわあああーーーっ‼︎」
足は止まらず、幸助達に捨て身で挑む。
「じゃあーね〜!」
独特なテンションの悟美に蹴り落とされる。
木から落ち、運良く頭を打ちつけなかった。地面に落ちるが、雑草がクッションになり助かった。
「おい悟美!三節棍で人を殴るなよ?流石に死ぬぞ」
「大丈夫よ、異能持ってる人は頑丈だし」
「いや…普通に瀕死になってるがな。てめぇが一振り振ったら死人出るからな」
幸助達は難なく突破し、全員を気絶させるだけに済ませる。
幸助に凍らされた者達は生きている。通常の人間なら即死だが、異能を持っている者ならば死ぬことはない。
殺すことに多少なりとも意識が阻害されるのが幸いと言ったところだろう。幸助は來嘛羅の記憶改竄を受けても尚、人の感性は当然のように持っている。
しかし、それはあくまでも感情が昂った時だけ。冷静に入れば、幸助は非情に変わる。
雪姫が危惧する部分でもある。
(あの時に見た幸助、明らかに化け狐の影響を受けていた。記憶に残る感情を弄り、他者の思考を歪ませる。妖術でしっかりと弄ったのね)
雪姫は來嘛羅を認めない。
雪姫が來嘛羅を軽視するのは、何も幸助が拐われたとかだけの理由ではない。
幸助が好む妖怪が來嘛羅だというのに無意識に嫉妬している。
最初に助けてあげたのは自分、なのに自分に寄らないと不満を抱く。
好きではあるが、それは幸助のような熱情の感情ではないと決めつけている。
そこに何があるのか、雪姫には理解が及ばない。
(幸助は無茶をする。今まで助けた誰よりも。私であっても他の妖怪であっても……良いことかも知れない。だけど、幸助が傷付く度に胸が痛む。針を刺されたような心痛がする。気持ち悪さが私に訴え続けるの。人間界ではこんな経験…した事がない)
悲しくも、伝承に記された行動に口出しは出来ない。己の感情で伝承を変えるなど不可能。
若い男を殺す美貌は、『雪女』には止めようがない。
だが、それがもし、雪姫自身の感情が混ざったらどうなるのか?
雪姫が持つ本当の感情が願望、そして、それを叶えたいと強く願い、受諾されることがあれば……。




