92話 圧勝
結果は大体想像出来ましたか?
幸助とアカでは大きく離れているんです。言動が不味いのは仕方がありません。森の中で過ごせば価値観は変わるもんですし、不快と思うなら本当に仕方がありません。今後も不快に思われる単語や台詞が出てくるとは思うので、それを踏まえて読んで貰えると助かります。
「てめぇら、誰が雪姫に手が出せると思ってやがるんだ?」
俺の口からはあり得ないドスの効いた声が出た。
妖怪を殺す、それを聞いた瞬間、俺はこいつらを許す気はなくなった。
悟美の方がマシだ。あいつの方が差別なくて良い奴だ。
「幸助…?」
「雪姫、俺の背中から落ちるなよ。俺の裁きを見ていてくれ。あいつらに酷い目を合わせるからな」
怒りがあるのに、それ以上に俺の気持ちは落ち着いていた。
いや、興奮してるんだ。
俺は雪姫にとんでもないものを見せるというのに、高揚してる自分がいた。
この気持ちは分からねえが、何か褒めて貰いたい承認欲求が俺を掻き立てる。
「待って幸助!このままにっ——」
「逃げるって言うなよな。俺だって、雪姫の話を聞いて、自分にも当て嵌まるんじゃねえかと思ったんだ。そこで思ったんだ。俺も『雪女』の伝承を味わってみたいんだ。いいだろ?雪姫と同じ立場を味わってみたいんだ!」
雪姫の声を遮り、俺の行動を見て貰うために、俺の願いを言った。
雪姫には悪い事を言った気がするが、今は塵屑を相手する。
「なにくっちゃべってるんだぁ⁉︎雪女ってなんだよ?妖怪に名があんのか?」
妖怪のことを知らない奴がいるんだな。『雪女』を知らない奴がいるなんて、めでたい奴だぜ。
「そっか。てめぇは妖怪の雪女を知らないんだな?知らない妖怪がいて良かったな?じゃあ、今から教えてやるよ」
俺は妖術を使わず、【絶無】に俺の意思を流す。
妖術ではなく、九華の能力を思い出し、俺は【絶無】を平行に振る。
九華は妖術を使わなかったのに、様々な技を使っていた。俺はその時、合わせて妖術を放った。
俺は九華の弱点に応じた技を出していた。それを妖術として【絶無】から放っていた。
なら、俺が今度は九華の能力を模倣して放てばいい。
「妖怪を傷付ける奴には永遠の氷結をくれてやる。俺は冷たいぜ?」
俺の一振りで粉末状の氷を放ち、目の前にいる奴らは間抜けズラで氷漬けになった。
雪姫は俺の行動に驚く。
「妖術⁉︎違う、幸助は《忍法》を…」
一度見た能力に見覚えがあったんだろう。
そして、俺が妖術じゃない技が使えることも。
「殺すって言ったが、本当に殺したいのなら、氷は使わないな」
「良かった…」
「今、やっと冷静になったぜ。こいつらはもう動けはしないだろうぜ。後は…」
木の上から見下ろすアカらしき人物を睨む。アカは笑い、優雅に拍手をする。
「ハッハッハ!よくやるな。オレの手下が凍らされちまうとはねー」
余裕の態度。ムカつくような上から目線で俺を見下す。
俺は見上げてニッと笑った。
「弱かったぜ?あんたの手下はよ。能力、持ってんだろ?使わねえと死ぬぜ?」
「ほざけ。その剣、随分良い武器だな?オレのコレクションとして貰ってやる」
また斧かよ。アカが握りしめる斧を見た感想がそれだった。
純銀で、鋭さは一級品だった。
戦闘態勢に入ったみたいで、木の上から見下ろしてくる。
「これはオレの先祖代々に伝わる斧だ。お前の首を刎ね、その女を貰うぞ!」
「なら、こっちも言わせて貰うぜ?この【絶無】は恩人から貰った武器だ。てめぇに雪姫はやらねえよ!」
互いに武器と目的を言い合う。
まずはアカが動き出す。
「そんじゃー行ってやるかあーーー‼︎」
高らかに襲うと宣言して向かってくる。
今の俺には『未来視』は使えない。自分の目と感覚で攻撃を避けなければならない。
こいつの実力は秋水と同等かそれ以上と見だ方がいいだろう……。
………。
……。
…。
俺は気付いてしまった。
こいつ、大した強さを持っていない。
能力名を言いながら攻撃してくる。能力は《増強》と叫んでいる。
「どうだ!オレの攻撃に歯向かえねえだろうが‼︎」
調子付くアカは斧を俺に振り下ろす。俺はそれをわざと受け止めて防御している。
確かに身体強化はあるだろうし、能力名を知っている奴は脅威だと來嘛羅は言っていた。
だが、俺にも当て嵌まる。來嘛羅から教えて貰ったんだ。《名》だと教えてくれた。
なら力は少なくとも同格。俺とアカが接戦すると俺は期待した。
だが、攻撃威力、身のこなし、反射速度を全て確認したが、こいつは大した相手にならないと断定した。
速度も威力も俺が本気で走ったら余裕で越せるし、身のこなしも力任せで遅い。反射速度に関してはもう言わなくいいぐらいに馬鹿遅い。
こいつが手を抜いているとも考えたが、それはないと直ぐに踏ん切りついた。
「チッ…これがてめぇの力かよ?」
途中から、俺は完全に演技していた。相手を調子付かせ、俺は奴を誘ってみる。
「そうだ!オレが得た《増強》は、己の筋肉と神経に過剰に働きかけ、身体能力を向上させる異能だ‼︎お前みたいな男からすれば、筋肉増強は欲しいだろ?」
うわぁ…要らねえ。筋肉なんか誰も見ねえよ。
俺はアカの発言に気持ち悪さを感じた。
「そんなに筋肉に拘っていたのに雪姫を狙ったっていうのか?」
「筋肉で支配するなんざ簡単なことよ!オレの花嫁にするっていうのが使命なんだよ!お前みたいなガキはかあちゃんのおっぱいでも飲んでやがれ」
「はぁ?」
俺の眉間からビキっと鳴った。
もういいや。こいつは喋らせるとウザい事を喋り続ける。
黙らせるために、アカの喉笛を斬った。
「ギィヤアアッッーーー‼︎」
アカは首元を押さえ、子供のように叫んだ。耳にくるが、こいつの悲鳴が悪い気はしなかった。
喋れなくしたんじゃない。敢えて、血が噴き出すように首を斬った。擦り程度の傷を与え、こいつがどう動くかを様子見る。
「おいどうした?俺を殺して雪姫を奪う奴が、そんな程度の血で喚くなよな」
「い、いぃ…‼︎」
「相手を煽るような事を言うからこうなったんだぜ?」
俺は【絶無】をアカの首に当てる。
「やっ、やっいやっ…!」
「雪姫に手を出すって言ったら、本当に斬るぞ?擦り程度がガチになるぞ?」
俺は雪姫に手を出すって言われた時から、正気でいられなかった。
こんな程度の低い奴に雪姫は渡せねえ。
俺は圧でアカの戦意を折った。
こいつは秋水よりも弱え。というか、そもそも身体能力の差で開きがあった。
俺は雪姫と來嘛羅、無名から加護を受けている。
加護は人に対して恩恵、身体能力や潜在能力、妖力耐性が与えられる。しかも、加護を与える妖怪の知名度やその実力に伴って強化する。
俺は三人に好かれた。だから加護を受けられた。
だが、アカという奴は違った。
妖怪を拒み、加護を受けれる環境にいなかったこいつは加護を受けられなかった。
多分、此処に居る人間全員がそうなんだろう。俺が九華の能力を模倣して【絶無】を振っただけで動けなくなった。
これではっきりした。加護を受けなかった人間では、妖怪や加護持ちの人間には勝てねえんだって。
森に住む奴らを皆殺しにする気持ちは失せた。
交流を望みたいところだが、アカという奴はそれを承諾する精神を持っていない。
「おい、アカって言ったか?」
「いいっ‼︎殺すな!殺さないでくれぇ‼︎」
「殺すって…その言い方、あんたは何人殺したんだ?」
「ういっ⁉︎あ、あぁ…」
涙を流し、俺を恐怖の目で見る姿に、僅かな罪悪感を抱く。
「なるほどな、異世界あるあるかよ。人殺しや魔物殺しはよく聞いたことあるが、快楽を求めて殺害するのは違う気がするな。悟美は強さだから少し違うが、あんたはどうなんだ?」
俺が脅しているのかと思ったのか、アカは震えながら話してくれた。
「強さじゃない。この森に住むヤツはオレに従い、オレの命令を生き甲斐としてる。女は子供を産むための道具だ。そんなヤツは閉じ込めておいて、子供を作らせてる。この森に入った人間は女は生かせ…男は殺せと決められている。お前も、この森に入った以上…殺さなくては……」
こいつらの教育は杜撰なものだった。話を聞いた限り、本能に従う獣みたいな人格者。
女は苗床、男は拷問。妖怪を知るも知らぬ者両者がいて、森の侵入者は容赦なく手をかける。
加護・禁忌を知らず、ただ森の中だけで過ごしてきた一族。
俺がまとめた考えだとこうなる。
「そうか。じゃあ痛い目は味わったことがねえんだな?」
「ヒィッ‼︎」
俺は構え、突き刺そうとする。
反吐が出る話だった。それだけで、こいつの価値観は最悪なんだと理解した。
「やめてくれぇーーー‼︎」
俺が刺すと力を入れた瞬間、最後の叫びを聞いた。
「後世があったら反省しな。俺は鬼だからな」
顔に目掛けて突き出した【絶無】は奴の顔を避け、木に刺さる。
「イッ………」
驚き、アカはその場で気を失った。
「幸助…」
「言っただろ?本気で殺す気はないだわ。俺だって同胞殺しは好んでやるかよ。さて、悟美の奴は………何だこれ?」
俺は木の上にいる奴らがノビているのを見て、笑いかけた。
悟美は誰一人も殺しておらず、皆が木々に吊るされた状態で意識を失っていた。
「悟美も自重したのね」
雪姫は安堵し、背中にもたれる。
人を殺すのに躊躇しない人間はいないのだと、一時の焦燥感がなくなった。
「疲れちまったのか?」
「違う…。幸助が化け狐の影響が出てたから驚いただけ」
「ん?何だよそれ。俺が來嘛羅に何かされたって話か?」
「幸助は、化け狐に何をされたか覚えてる?」
「何の話だ?」
「……そう」
雪姫の表情が暗くなる。言いたげに口を開こうとするが、一言で済まされてしまった。
俺が何かされたっていう話は、以前にも聞かされた。
そのお陰で、俺が以前よりも強くなったがな。
でも、その際の事を雪姫が偶に聞いてくる。旅の途中でも何度も聞かれた。
俺の身を案じている節を感じるが、雪姫の様子が気になる。




