86話 冷酷と狂心
雪姫が妖怪を明確に殺す描写はこれが初めてではないでしょうか?3章は2章よりも荒れる予感……。
幸助がこれを見ても大丈夫かと思う方は多いかと思います。ある意味、雪姫らしい配慮が見られる回です。
悟美が強者を壊したい理由、これもこのストーリーでの面白みです。
今回は紗夜は寝ているため活躍はありません。この理由は3章か次の章でコロっと明かされます。
残った羽民の尋問を行う。逃げられないように冷気で手足を凍結させる。
「ぐっ…捕まったのは何かの手違いだ!オレはこの村の奴じゃねえが、別に狙っているわけじゃないんだ!オレを解放しろ雪女!」
意識が戻った羽民は、自分が無関係だと主張する。
しかし、殺意を感じ取っていた雪姫は羽民の嘘を見抜く。
「白々しい言い訳ね。それでも災禍様として恐れられる妖怪なの?」
「確かにオレは元災禍様だ。だが、これとは関係ないだろ⁉︎」
羽民は中国に伝わる伝説上の人種。混妖であるが、中国では相当名の知れた妖怪。
その昔、災禍様であった彼は伝承が衰退し、今やその強さも弱体化の傾向を辿り、今や『烏天狗』にその座を奪われてしまった哀しき妖怪である。
「関係?関係なら明白なものがある。中国妖怪である昔から名を連ねていた筈の妖怪が、他人に従っているのは可笑しい。人間を襲うのを生業とするあなたは誰の差し金?答えなさい」
雪姫は羽民の目的よりも、その裏にいる人物を聞きたい。
幸助を脅かすというのなら、その人物を排除するつもりである。
口を割るのは簡単ではなく、相手は仮にも名のある羽民。自分のプライドが邪魔をし、妲己を売る気はない。
「喋るかよ。オレの独断でやったのは間違いないしな」
「やったのは認めるのね?」
「ああ…認める、認めるさ」
罪は認めるが、悪びれる様子は見せない。
「誰の差し金か吐いて貰える?」
刀身を羽民の目の前に見せつける。
脅し、すべての情報を洗いざらい吐かせようと雪姫は睨む。
「誰もいないって言ったんだろ?さっさと解放してくれ」
答える気はなく、身勝手にも解放を求める姿に雪姫は呆れる。
(無駄…みたいね。この妖怪はあからさまに殺気を幸助に向けていた。だから始末するしかない)
自白はここまで。
なら、雪姫は非情になるしかない。その身に刻むまで、震え上がらせなければならない。
雪姫の足元から氷が広がる。吹雪を吹かせ、雪姫の支配する空間は極寒となる。
「そう……妖怪が人間に危害を加えるのに理由は要らない。人間を喰らい、身に宿る異能を欲する。ただ食べるだけでそれが成せると、妖怪は人間を襲う。けど、中国妖怪は人間を食らう伝承が多く、特に、古来から人間を数多食らう。それが、私には酷く不愉快にしか思えない」
羽民は雪姫の表情を見た。自分が妖怪だと忘れ、目に映る妖怪を疑った。
酷く冷たい顔、雪の如く冷たい肌は死人を思わせる。目は異様な色を持ち、怒りも悲しみも区別出来ない人間では出来ない壊れた表情。
刀をゆっくり取り出し、羽民の胸を一瞬の太刀で斬る。
「ぎゃああああっ‼︎」
「斬られるのは確かに痛い。斬る時に不意打ちは当たり前だから。でも、妖怪は人間を食う時、配慮しているの?」
「ぐっ…うぅ…斬ってから聞くなクソが…」
「痛みを与えただけ。喋れないほどの痛みは与えてない」
「話を聞け!」
甲高く鳴く。雪姫は「うるさい」と吐き捨て、傷口に雪をかける。雪が染み渡り、冷たさと痛みが同時に襲う。痛みに悶えるが、自分で傷を押さえることが出来ないように拘束されているため、ただ叫ぶしかない。
悟美は羽民を見て興奮が止まらない。雪姫の行動に既視感を抱き、雪姫を気にいる。
「雪姫だっけ?貴女は意外と素質あるわ‼︎シシシッ、私と同じ血があったりして?」
「ふざけないで。私とあなたは同じ血は流れていない」
「妖怪と人間のハーフっているでしょ?あり得なくはなさそうだけど〜」
「妖界には生まれたという噂も事実もない。半妖が生まれるのは人間界でもあり得ない」
「え〜何それ、つまらないわ。人間と妖怪の力持っている人、期待したのに〜‼︎」
悟美は悔しがるが、別にイライラしている態度をとらない。子供のように笑い、「仕方がないっか〜」と簡単にこの話題から離れた。
雪姫の言った半妖はこの世界には存在しないとされている。
人間と妖怪が交わって生まれる妖怪を指すのだが、共通し、大きな違いがある。
混妖は伝承ある妖怪が生まれるのだが、半妖はその伝承を持たずに生まれる。妖怪と交わり、赤子として生まれる種族である。
半妖はこの世界で生まれたという実録がない。
雪姫は人間が転じて生まれた妖怪。混妖であるが、半妖ではない。
「羽民、あなたを差し向けた妖怪が誰かを言いなさい」
「っ……オレが脅されたと言ったら、助けてくれるか?」
諦めたのか、羽民は雪姫に何かを持ち掛ける。怯え、急な態度の変化に雪姫は怪しむ。
「何を言ってるの?あなたはそんな脅しに屈しないでしょ?」
雪姫には羽民の態度がわざとらしく見えた。
痛めつけた程度で許しを乞う。妖怪が根を上げるとしても理由にはならない。
「ち、違うんだ!オレは唆されているんだ‼︎…ホ、ホントだ‼︎オレは嘘を……」
「まともな嘘でもくだらない。あなたは自分の利益の為に襲った、違う?伝承でも上げて貰えるとでも思ったのでしょ?だから人の子を襲おうと仲間を引き連れた。そうでしょ?」
見え透いた嘘は雪姫には看破された。
武が悪くなり、羽民は自分勝手に物言いだした。
「ヘッ!人間如きに味方する妖怪は気楽で良いよな⁉︎人間を殺すしか脳がないと思えば、今度は男を騙して食おうっていうんだろ?美人で人間を美貌で呼び寄せる卑しいヤツは羨ましいな⁉︎
「……」
雪姫は蔑む目を向け、殺意を手に込める。
「事実だろうが!雪女は男を籠絡させ、気に入った人間と子を成すのは知ってるんだよ!何を企んで、あんな男に付いていやがる?禁忌を破り、人間と何を企んで名を貰った⁉︎答えやがれ男誑しの妖怪!名を受け、人間に加護を与えたお前は災禍様…いや、太古の妖怪に危険視されている!逃げ場はねえ。ただ、その身で何処まで耐えられるだろうな⁉︎」
今度は雪姫の素性を当てずっぽで言い出す。
羽民は、『雪女』の伝承を侮辱するようなことを言う。
雪姫の内心は穏やかでいられない。これほど自身が異常な妖怪と見られる不快感が、雪姫の気持ちに冷たい雫を落とす。
徐々に羽民に対する殺意を明確にし、惨たらしくも結果で示した。
「もう終わりだ雪女!オレを解放しろ!そうすれっ——」
一瞬、羽民は鋭い光を見た。意識はそこで途切れた。
雪姫が首を刎ね、羽民の命を奪った。
「罵詈雑言を言いたいなら後世で言いなさい!私がそんな考え無しに幸助から名を頂戴した覚えはない‼︎私を辱めるに留まらず、幸助の危険を促すお前は生きてきて反吐が出る」
普段、感情の昂らない雪姫が珍しく激怒する。
雪女に相応しく、冷酷に命を奪った。
悟美は雪姫の感情を好ましく思う。
(あぁ、堪らないわ!私の目に狂いはなかったわ。來嘛羅と『契り』を結んだ甲斐があったわね!この雪女は私より強くなるわ!)
今日一興奮が心を支配し、自身の酔いに酔い痴れる。
しかし、悟美は自身の目的の為に來嘛羅と『契り』を結んだ。それは危険であるが、同時に、遊び相手を探すのには都合が良かった。
(雪女は強いし、なんなら、面白い伝承も持っているみたい!早く遊びたいな〜!そうすれば、私が壊れるまで遊び壊してあげられる!えへへ、雪女をぐちゃぐちゃにさせるまで待たないと!今壊しても面白みはないし。幸助君は面白い力があるから、雪女が壊れたら遊び相手にしちゃおうかしら〜)
悟美の目的は強者をこの手で屈服させ、自分好みに壊すこと。無自覚であるが、意識的に感じ取り始めている。
強者と戦いたいのではなく、強者を壊したい欲求を持つ悟美は、この旅の参加を強要したのだ。
悟美はこの旅における危険人物であり、同時に強力な味方でもある。
遊び相手を探し、悟美が満足しなければ、悲劇は起きるだろう。




