81話 放浪の旅 開始
これで2章は終わりです。
長かったですが、これで2章はひとまず終了。次は3章へと突入します。
この後の展開がどうなるか、楽しみにしててください。
そして、この2章が終わったということで、土日を挟んで休ませて貰います。卒業論文も集中しているので、疎かにすると単位を落としてしまうからです。
月曜日に『妖界放浪記・長編』の「0話 設定」を投稿します。こちらの方で後書きにリンクを貼っておきます。『妖界放浪記・長編』は幸助と雪姫が半年過ごす期間を手がけております。幸助がどのようにして成長するのかを書き、雪姫の幸助への信頼の芽生えを書いています。
1章追加で追記する予定です。
そんな会話をしているうちに、來嘛羅が門から時間通りに現れた。
腕にはすね子が抱えられ、気持ちよさそうに眠っている。
「妾が最後であったか?これはすまぬことをした。すね子を愛でていたあまり、約束の時間を忘れておった。閻魔大王は何処に?」
「此処にいるぞ九尾狐…改めて來嘛羅だったか」
來嘛羅の声に閻魔大王が反応する。
以前会った時は肉体が違うため、來嘛羅も分からなかった。
「ほう?随分、華奢な服で出迎えてくれるとは大した奴よな。人間の死体でよくもまあ似合うこと」
「ワシは外には出られん。それに、人間の骸は長期間保存が合わぬ。新しく死を迎えた人間の骸を使わなければ勿体ないだろう」
「フッフッフ、地獄では退屈じゃろうて。一度死ねば地獄から抜けられるものを」
「たわけが。ワシは閻魔大王だ!ワシが死ねば、死者が解き放たれてしまう!」
物騒な会話が飛び交う。太古の妖怪の話に震え上がるのも無理はねえな。
そこに、臆さない悟美が退屈を紛らわしに割り込んだ。
「ねえ早く。もう行かないとでしょ〜?」
恐らく、この場で一番無礼な態度を取ったであろう悟美。周りの妖怪が怒り混じった
閻魔大王は眼力ある鬼の目で睨む。悟美は目力に臆する様子はない。それどころか、狂気じみた言動を見せる。
「シシシッ!貴方が閻魔大王でしょ?人間を地獄に叩き落とすのが趣味な妖怪なんでしょ?私は興味あるわ」
馬鹿と言いたい。悟美が笑顔で三節棍を振り回し、今にも襲う気満々に見える。
見えるじゃなくて、ガチでヤバい。こいつはやりかねないと。
「貴様は……そうか、烏天狗と女天狗に育てられている人間の女だな?九尾狐から異能を開示され、本能が抑えられなくなった貴様如きがワシになんの用だ?」
「一度も死んだことないんでしょ〜?だったら少し遊んでよ」
「そんな事か。なら断る!一言で済む話だ」
閻魔大王は戦う意思を見せない。戦う理由がないから断るのだ。
悟美は断れても嫌な顔をしない。挑発すらして、閻魔大王を怒らせようとする。
「それじゃあ仕方がないわね。たった一人の小娘の私に倒されるのがそんなに怖いのかしら〜?私はちゃんと遊んであげようって言っているのに、貴方はそんな誘いに乗らないのかしら〜?」
流石に悟美の態度が行き過ぎたと判断した烏天狗達は必死に止めに入った。
「こらぁっ‼︎閻魔大王様になんて口を聞く⁉︎申し訳ございません‼︎」
「すいませんでした閻魔大王様!ワタクシ達の娘が無礼な態度を‼︎」
悟美を無理やり地面に押さえつけ、烏天狗達は勢いに任せるような土下座をした。
悟美はそんな二人の行動を理解できないとばかりに不満げな表情を見せる。
「なんで抑えるの?私はあの妖怪と遊びたいだけなのに」
悟美は理解しておらず、駄々をごねている。不満が漏れる悟美に烏天狗は必死に宥める。
「逆らおうとするな!でなければ、お前が地獄に連れてかれてしまう。頼む悟美!今は大人しくしておいてくれ‼︎」
本心で言っているのが伝わる。悟美を想うからこそ閻魔大王の前でも心配をする。閻魔大王の前で嘘は通じない。嘘ではなく、本意だから行動できるわけだ。
悟美は全く反省の色を見せない。ずっと紅潮した顔にニヤけがあった。
それどころか、恐れを知らない悟美は三節棍を握りしめ、閻魔大王を狙おうとまで考えているようだった。
一触即発になりかねない状況の中、來嘛羅が三節棍を取り上げた。
「これ!言う事の聞けぬ者には妾の躾が必要か?」
悟美は『契り』を結び、來嘛羅には逆らえない。
流石の悟美もピタリと止まり、真顔になって抵抗をやめる。
「そうだったわ。貴女に逆らったら遊べなくなっちゃうんだった。残念だわ」
反省はしない。悟美にとっての遊びがお預けされ、嫌々と従うだけ。
俺はその様子を見てヒヤヒヤした。
まったく…こんな奴と旅をするのかと思うと、この先が思いやられるぜ。
騒ぎにはならずに済んだはいいが、閻魔大王の機嫌を損ねていたらどうなっていたことか。まだ優しい妖怪で助かった気がする。
と思ったのも束の間、俺は閻魔大王の顔を見てしまった。
人間とは思えない冷酷な笑みをしていた。まるで、人間に情けをかけたと思わせるような…。
その時、閻魔大王がわざと悟美を相手にしなかったのだと理解した。
一瞬だけだが、閻魔大王が他の妖怪とは違う異彩を放っていた。
場が収まり、漸く俺の門出を祝うこととなる。とは言っても、俺を祝う奴は知る者だけだがな。
他の妖怪は二人の太古の妖怪が現れてから伏せたまま。顔は上げず、ただ二人の威厳に震えるのみ。
俺はこの様子を異様に感じた。
以前、この光景を見たのだが、これが不自然とは思わなかった。亡夜での光景を思い浮かべると可笑しいとぶり返してしまった。
「どうしたのじゃ?この景色を快く思わぬか?」
俺の心を読んだのだろう。來嘛羅が俺の気持ちを汲んだ質問をしてきた。
俺は今の現状を一言で聞いた。
「なあ來嘛羅。なんで妖怪はこんな可哀想なんだ?」
「……どういう意味じゃ?」
「昔の江戸じゃねえんだから、なんで上の奴に態度を畏まらなきゃならねえんだ?」
俺は答えを求めた。
來嘛羅は俺の意図を理解してくれる。当然のように答えてくれると思った。
だが、それを裏切る答えが返ってきた。
「すまぬが……その問いに答えることは禁じられておる。決して他の者にも聞くではない。お主が命を大切に思うのならば」
触れてはいけない領域に踏み込んだ。俺に警告するように來嘛羅が初めて、俺に敵意を見せるような目を向けた。
同情の色はなく、ただ、俺に警告を促すサインだった。
これ以上踏み込むな。踏み込めば、無事ではない。
そう思えた。
俺がとんでもない質問をした。それが分かり、俺は返さなかった。
“ある禁忌”に値する以上の何かを知ろうと、危険な質問をしたのだろう。
冷静に考えたらそう思えなくはない。
そして、この質問を忘れようとした。
閻魔大王は罪状文を持ち、俺に対して読み上げる。
「罪人:松下幸助の罪状を述べる。妖怪の加護を受けし山崎秋水を討ち滅ぼし、その後、山崎秋水が根城とした地下を爆破。爆発による被害は妖都全土を巻き込み、多くの負傷者と損害を与えた。爆破の要因を作ったのは紛れもなく罪人当人であり、これを証言する証人も確認済みである。本来であれば、当人に地獄行きを宣告する筈だったが、【浄玻璃の鏡】による生涯を見透す神具で当人を映したところ、鏡には一切の生涯が映し出されなかった。これにより、罪状を明確にするわけにはいかず、一時的な処置として罪状を言い渡す。罪人:松下幸助に“放浪者”の罪状を言い渡す。これを破棄する条件として、1000年あまり妖都:夜城に訪れぬ『酒呑童子』・『大獄丸』・『玉藻前』の“三妖魔”の捕縛を命じる。期限は無期限とし、また、経由する村落の滞在は許可する。しかし、妖都:夜城の滞在は“三妖魔”を捕らえるまで禁じ、他の都市及び都市に属する町に関しても3日の期間から10日と延長し、滞在を許可する。また、妖都を守護する『九尾狐』の名を改めた『來嘛羅』による助力は認めないとする。武器及び受けた加護の継続を認めるが、言い渡した刑を果たすまで、『來嘛羅』の助力を借りない事をここに記す。情緒酌量を踏まえ、罪人:松下幸助に言い渡す。朝日が昇る時より刑を執行する」
長々しい罪文を初めて聞いた。俺が受けるんだけどな。
刑が緩くなったようだが、実は違う。
村落には滞在を許可されたが、それは人間が誰も住んでいないからという理由もあるのだろう。
村落は人間には住めない環境であり、凶暴化した妖怪が人間を襲うだとか。それに、稀に太古の妖怪と肩を並べる妖怪が生まれる穴場でもあるとかなんとか……。
つまり、村落を経由していては生きられない事を意味する。
更に俺の頭を悩ます問題が発生した。
來嘛羅の手助けがない事だ。
貰った武器や受けた加護は消されずに済んだものの、それ以外は一切の援助がなくなる。俺とて、このまま話せないというのは辛いし、会えないのも悩みどころだ。
死活問題と言いたいところだが、まだなんとかなる。雪姫がいるし、俺の癒しのすね子もいるんだ。悟美や紗夜はおまけって思えばいい。
いよいよ始まる放浪の旅。俺は自分の果たす事に集中する。
俺は最後に來嘛羅を抱きしめ、自分のやり残しを解消した。
「行ってくる。ちゃんと帰ってくるから待っていてくれ」
「良かろう。幸助殿が無事に帰還できる事を心より願っておるぞ。心配せずとも、お主には幸運が訪れよう。臆さずに、冷静に物事を見定めるのじゃよ」
「あぁ…分かった」
俺は涙を拭い、堪えきれない寂しさを笑顔で紛らわせる。
「罪人:松下幸助。執行の時間だ」
刑が執行され、朝日が昇るのと同時に閻魔大王によって妖都の外へ飛ばされた。
飛ばされたのは俺の他に、雪姫、すね子、悟美と紗夜だ。飛ばした閻魔大王は存在せず、自分達だけが飛ばされた。
辺りに草木はなく、荒地のようで砂漠でもあるような広大な土地が広がっている。
目印となる景色がなく、方向感覚が掴めず、東西南北がどの方向すらも分からねえ。
妖都は特殊な結界に覆われ、不可視がかけられている。よって、何処に妖都があるのかも見渡せない。
初めて妖都の外に出た。その感覚だけは強かった。
「幸助…大丈夫?」
「心配しなくていいぜ?こんな荒地の道を進んでいけばいいんだよな?」
妖界の世界はどれぐらい広い?どれぐらいの驚異なのか?どれほどの危険な旅なのか?それすら未知として認識しなければならない。
「あってる。でも用心して。此処はもう安全地帯ではない。結界から出てしまえば、私達は格好の獲物。妖怪に襲われる可能性が高い。絶対に私の傍から離れないこと」
「そうするつもりだ。まあ、余程な妖怪じゃなければ大丈夫だろ?雪姫と來嘛羅の加護があるし」
「……確かに、それはある。でも、中には加護を無視できる名のない妖怪が存在する。それに、人間相手にはその加護は意味がないから気を付けて」
「いやいや大丈夫だろ?こんな荒地みたいな荒野に人なんていねえよ。人なんかいたらそいつは物好きだろうぜ?」
「……そう?」
「妖怪が出てくるんだったら対処するか和解すれば良いし。今考えるんじゃなくて、歩きながら考えようぜ?」
俺がワクワクしているのだと気付く。
この状況が何故か、俺には都合がいいように思えた。
俺はすね子を肩に乗せる。体重は軽いので、俺の体にも負担はかからない。
「にゃあ〜!」
「お前って奴は愛くるしいぜ!すね子がいるだけでも気が紛れる。よろしくな!」
すね子は俺の首を舐める。
「こ、こらっ!くすぐってえよ…!たく、俺が好きなら舐めればいいからな?」
喋れたらいいのに。なのに、すね子は言葉が話せないみたいだから仕方がねえよな。
「紗夜?大丈夫かしら?」
「ちょっと……さむ、寒くて…」
「そうだったわ。荒野って寒いよね?風邪、気を付けないと」
悟美が珍しく心配をしている。それも、妹を心配するような優しい対応だった。背中を摩り、ずっと震える紗夜をあやす。
意外な一面があるのは意外だった。
「なあ…大丈夫か?紗夜は身体弱いのか?」
「ちょっとね。住み慣れたところじゃないと体調崩すのよ。それと、私の隣に居ないと不安で仕方がないんだって。私が居ないと何も出来ないっていつも駄々捏ねちゃうし。ま〜それはそれで面白いからいいけど」
「依存症かよ…」
そういえば、こいつらが離れているのは見たことがないな。面倒な厄介事を明かしやがって。
「別にいっか。あんたらが離れないんだったら安心するぜ。体調、悪かったら言えよ?熱なら妖術で冷やしてやるから」
「う、うん…。でも、コウスケ君には頼るのは…」
嫌そうな顔をするなよ。なんか俺が嫌なんだが…。
「紗夜は幸助君が苦手だもんね〜?そしたら、雪女にして貰ったら?」
「おい、雪女って言うなよ。ちゃんと名前で呼べよ」
食い気味で俺は注意する。雪姫を雪女って言って欲しくない。
ちゃんと名前を呼ぶのが礼儀だしな。
「ユフフ、私をちゃんと理解してくれる機会、儲けてくれるのね?」
「儲けないとだろ?まあ、時間たっぷりあるし、改めて自己紹介をしようぜ?」
「そう…ありがとう」
雪姫がちょっと嬉しそう。
俺と居ることが増えてから、雪姫の変化が好転しているのに気付いた。
冷たい態度が、ここ最近、笑みが多くなって優しくなっている。
変化は嬉しいけど、少しもの寂しく感じた。
俺の旅は今日から始まる。
目的がある旅。これほど気持ちが高鳴るのはそうはない。別れちまうのは辛いが、永遠に帰れないわけではない。約束を果たせば帰れる。それまでは我慢をすればいい。
放浪の旅となったが、今の俺に怖いものはない。
雪姫は俺を心配してくれた。そして、率先して俺に付いてきてくれた。こんな嬉しいことはないな。心許せる妖怪といられる。そう思うと、恐怖心が感じられなくなる。俺と雪姫は『契り』を交え、お互いの気持ちを伝えた。
悟美はヤバい奴だが、戦闘面は頼れる奴として俺は見てる。交流会で親睦を深めたとは思ったが、相変わらずの恐ろしい奴なのは変わりないがな。歪んだ性格が災いしないことを願う。
紗夜の奴は……よく分からねえ。一番弱そうだし、悟美が嘘を言っているようにしか今だに思えない。悪いが、一番先にやられないかどうかが心配でならない。悟美が守るなら話は変わるだろうけど。
すね子は俺のペット兼癒し担当だ。猫みたいに可愛い奴だし、俺が無意識に妖怪と思わず名前をあげちまったからな。ちゃんと責任持って世話をしなきゃだし。目標は、すね子と人語で語り合えるように言葉でも覚えて貰うことだな。
放浪の旅から始まった旅が、予想だにしない長旅の人生になるとは俺が知る由もなかった。
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