79話 天授
報われないとは虚しいです。
今まで素に見えた接触も会話も仕草も偽りだと思うと恐ろしいです。
でも仕方がないんですよね。博識の妖怪ですから、相手をよく理解する術を知ってるだろうし。九尾狐の伝承とは見方によっては悲惨とも捉えてます。妖怪の成り立ちや伝承を見ながら書いているつもりなので、かなり自己解釈が多めです。
俺の誕生日で、これまで味わったことがないもてなしを受けた。
悟美や紗夜以外に烏天狗と女天狗も祝ってくれたのだ。妖怪に祝われるのは気恥ずかしかったが嬉しかった。
來嘛羅のもてなしは極上だった。最高級の料理が並べられ、本膳料理が出された。
それだけじゃない。なんと、全てが來嘛羅の手作りなのだ。それを知った烏天狗と女天狗は丁重に料理を口に運んでいた。涙流して食ってたな。
そして、來嘛羅が多彩な芸を披露した。音楽に合わせ、舞踊りを踊ってくれた。まあ、俺的には一人で見たかったのは内緒だ。
誕生日にしては最高で贅沢な夜になった。
楽しかった。また出来ると良いんだが……。
俺は名残惜しくなってしまった。
これで俺は、明日で終わりなんだな。來嘛羅と別れ、いつ叶うか分からない放浪の旅が始まると思うと、胸が苦しい。
だが、俺は必ず成し遂げてやる!“三妖魔”を探し、俺は“放浪者”の烙印を消させて貰わなければ。
宴の後、來嘛羅に呼び出された。
淡い期待もあったが、どうやら俺一人だけしか呼び出していないとのことだ。
城で待ってるとのことで、普段は誰も立ち入らない門を叩いた。
妖都に唯一建つ巨城。その造りは異様で、天上が見えないぐらいの背がある。俺の足ではとてもではないが辿り着けそうもない。
この世界にも月が輝く。不思議な事に、元の世界で見る月と大きさや煌めきが似てる。
「来たようじゃな?」
門がゆっくり開くと來嘛羅が待っていた。
「こんな場所を借りてたのか?凄えな…」
「ンフフフ、此処は妾の本物の住処じゃ。何人たりとも立ち入れぬ故、此処が妾の住処とは誰も思わぬ。ほれ、早うせぬか」
招かれ、俺はサッと城門を越えた。越えて後ろを見ると、門は閉ざされていた。
「さて……これで邪魔は入らぬな?」
暗闇の中で聞こえる妖しい声。
一体何をされるのかと、俺は思わずにいられない。
「あ、あぁ…」
「期待しておるな?妾がお主に色仕掛けすると思っておるのか?」
「ちょっと…」
こんな暗い空間で囁くような声で言われると、まるで誘っているようにしか考えられねえ。
ちょっとぐらい、大人の階段を進んでも……。
「ではお主の願いを叶えてやるとしよう!」
「えっ⁉︎マジか‼︎」
「お主が妾を受け入れるなら良いぞ?」
來嘛羅が笑う。
そう思ったのも束の間、俺と來嘛羅の体が浮いた。
視界が消える感覚はなく、はっきりと意識がある。徐々に上へ飛ぶのかと思いきや、一瞬で頂上らしき場所に辿り着いていた。
急な落胆が襲ってくる。物理的ではなく心理的に。
「嘘だろ……なんか違う…」
大人の階段違うじゃねえか!何が応えてやるだよ⁉︎
期待値が一気に崩落し、俺は頂上で絶望した。
気持ちが落ちた俺に対し、來嘛羅は揶揄うように笑いを抑えていた。
「これこれ。妾の提供した願いの意味を履き違えておるな?お主が20の歳に達した事を祝い、この摩天楼を見せてやると心待ちにしておったのじゃ。あーなんと嘆かわしい…。お主がこの絶景に絶望してしまうとは⁉︎妾が意地悪であったかぁ……」
袖で顔を隠し、ワザとらしく嘆き始めた。
感情が豊かで、來嘛羅がしくしく袖で泣き声を漏らす。
涙を見て、俺の勘違いがアホらしく思った。罪悪感にやられ、俺は來嘛羅が笑ってくれるようになんとか取り繕うとした。
「悪いって來嘛羅!俺が変な勘違いしてただけだって!上空から見下ろす妖都は……」
必死に妖都の景色へ指を指し、感想を言う為に妖都の街並みを見た。
頂上から見た妖都の夜景に心が奪われた。
都市の街に灯る街灯が蛍のように光を発し、豆粒のような小さな光が無数に散らばっているようだった。
宝石に見えなくもない。だが俺には、この景色が宝石箱の中のような輝きには見えなかった。
真下から見た景色とは一味二味も違う。上空から眺める景色の良さを知った。
「フッフッフ、小さな星に心奪われたかお主よ?どうじゃ、妾の創り上げたこの妖都は?」
來嘛羅は得意げに笑う。
俺は思ったことを口にする。
「凄えよ!こんなにも違う見え方のする景色があるなんてな。まるで蛍のようだぜ!」
「ほう?面白う捉え方じゃな?」
「そう思うのか?俺の目には、この都市が最初摩天楼には見えた。それは下からであって、今上から見たら景色が大分違う見え方がした。灯る光が一定じゃなく、不定期に消え、不定期に灯る。夜なのに街に出る為に消すだろう?消したのに帰ってきたから明かりがついた。夜なのにだぞ?街灯の光が延々と同じように燃えて光るわけじゃねえ」
光が交互に入れ替わるように点滅する都市に、俺は見えた。
「ふむ。お主は妖都をなんと見た?」
面白そうに俺を覗き、答えるのを期待しているような目を向けてくる。その仕草があまりにも大胆だから、思わずドキッとさせられる。
「夜なら必ず照明が輝くものだろうが、妖都は常に夜。光を輝かせるにも消すにもあまりにも長過ぎる。消さなければならず、人間が寝るなら消すだろ?人って寝る時には暗くしないと安眠出来ない。だから妖都はそれを体現した都市だ。だけど、それだと暗いだけで光が見えなくて困る生活者もいる。妖怪もまた光を見続けるのも疲れる。だから気軽に光の照明に手を出し、生活に精を出す。暗闇も光と同様に安らぎとなって、永遠に光るよりかは、ある程度の暗い空間も必要になってくる。それが交互に入れ替わるように妖都は存在して見える」
俺が俺の思った妖都を語った。
俺は変化が好きだ。
妖都が一度崩壊して再建したように、何事にも変化がある。
町、都市は変化がなくちゃつまらない。
妖怪も一緒だ。変化するからこそ魅力的。
「嬉々と語るお主は気持ち良いの。それでじゃ、お主は変化を好み、“三妖魔”をどう思う?」
「俺には不変は一番の退屈だ。だから、“放浪者”になっちまった俺が“三妖魔”を倒す…いや、彼らを助けてみたいんだ!連行じゃなく、共に肩を並べて隣を歩きたい!仲良くしたいんだ!この都市に愛されて良い妖怪だと、そう認識させてあげたい。この都市の一人として一緒にいるのも悪くないだろ?」
力強く宣言した。
俺が“三妖魔”をこの手で説得させたい。
それが強い今の願い。
來嘛羅が何を考えているのか?それは表情から分からない。
何を聞き出そうとしているのかも、俺には知り得ない。
回答違いでも良いから、俺は答えられなかった気持ちを伝えた気がした。
手の離れた庇護者を重ねる來嘛羅。その目に映る姿に、懐かしき二人を重ねていたのだ。
懐かしく、そして純粋な感情を読み取る。内心、來嘛羅は幸助を彼らと同じように特別視する事に僅かな疑問を抱いていた。
(これが幸助殿が望む願望……。妾と同じく変化を好む考え…やはり妾の見定めは間違ってはいなかった。あの二人もそうじゃった。じゃが悔しくも、目的半ばでその命潰えた。死に怯えはせぬが、彼奴らも些か、己の願望に無自覚ではないと分かった今、真なる加護を授けるとしよう)
死に怯えた幸助を見た時は見当違いかと自分の目を疑った。
なので、彼に記憶改変を施してまで見極める方針をとった。
それでも幸助が期待に応えられなかった時は、その時は彼と雪姫の二人の記憶を奪い、他所にやるつもりだった。
一度加護を渡してしまった責任を放り投げては守護者として不始末。けじめをつけ、最後まで面倒見るつもりであった。
だが、幸助は來嘛羅の期待に見事応えた。
だからこそ、自ら加護を与えた者に褒美をとらす。
幸助には本来の加護を授けた。
だが、それはこの世界に知られた秘術。誰もが辿り着けるであろう加護である。
寵愛ではあるが、來嘛羅という太古の妖怪の感情を向けるのは上辺に過ぎない。本当に感情移入までして加護を授けたのは『無名』と『雪姫』。彼女の寵愛であるには変わらないが、その性質は異端なものに過ぎない。
人を知ってしまった來嘛羅には、雪姫達と同じ人肌に恋焦がれるような感情がない。人間に愛想が尽きたのではない。
人間の行き着く場所は二つ。來嘛羅はそれを理解しているからこそ、庇護下の者をその運命が潰えるまで“真実”を教えなかった。
異能は誰かに公言されてならない“真実”。それを破られた者は、如何なる罰もその身に下される。
唯一、來嘛羅は“ある禁忌”である『秘匿開示』を破った。その代償者は今も尚、本来の自分に戻る事が出来ない。
その危険を自ら知り、來嘛羅は幸助に“真実”を打ち明けなかった。否、本当の寵愛者には隠しているが正しいのだろう。
心の穴を埋めてくれる存在。それが再び現れた事で未来が大きく変わった。
天地がひっくり返る出来事が起きる予感を感じさせてくれた。
庇護者二人にその期待は大いにあったが、その内一人は大いなる過ちを犯した。
寵愛者であった者の中で闇を克服出来ず、自らの力に溺れ、多くの犠牲を生んだ。
その者を來嘛羅は自らの手で始末した。
次はあってはならない。この手で触れ、幸助の善悪を見極める。
一人は純粋な善、一人は純粋な悪へとその願望と魂は色に染まった。今回与える幸助の心を色を染めようとする。
(300年前。妾の過ちがなければ、この者は選ばれなかったのじゃ。…違うか、責任を負わせる運命を与えられなかったが正しいかの。否、そもそもあのような戦争が起きなければ『玉藻前』は妖都へ連れてこれたであろう。天は妾の過ちを水に流す事を許さぬ。じゃからせめて、お主の我儘が叶う事を願い、妾が“天授”を授けよう)
加護を与える事で、互いに利を得る。
妖怪は血肉の代わりに生気、人間は努力の代わりに力の恵み。理に適い、彼らは今まで、人間との交流目的にしていた。互いに利を得るだけの関係の裏に本物の感情はない。
血肉を求めるだけに加護を授ける者が増えた今、“天授”というものを知る者は誰もいなくなった。
『九尾狐』の根源妖怪である來嘛羅のみ、大秘宝ともいえる秘術を隠し持っていた。
与える者から頂く生気を一切断ち、与える者に無償の力を与える。文字通り、無償の愛とも呼べる神の業。
加護の最上位の聖寵が“天授”である。
來嘛羅は幸助の胸を触る。
「お、おいっ⁉︎」
「待っておれ。今、妾がお主の心に入る」
この技を使い、庇護者二人同様に幸助に授ける。
「……天は自ら助くる者に囁く。地を駆け、天高く飛び、勇ましくも愚かにも喜怒哀楽を晒す我が愛する者よ。ここに真実は半ばなく、神孤の真偽を見極めよ。さもなくば、立ちはだかる運命の扉は開かぬ。妖怪のすべてを望む者に我が寵愛を。妖怪の意思に耳を傾ける者に一貫する執念を。己を知るまで、その命に妾の血肉を与えよう。二度の生を掴んだ今、汝が求む結果を望め。欲張りを知り、妖界に新たな波紋を落とすがよい。望む願望の形を型に埋め、まだ見ぬ世界に辿り着くのを心より願う」
そう告げると、來嘛羅が翳す幸助の胸に光が入り込む。
青い炎のようで、妙な気配が入り込むような感覚を幸助は感じる。
他の加護とは違うのは、光が入った瞬間に幸助は理解した。
「なあ…これって?」
「妾の愛じゃ」
艶めましく、色香と息が聞こえる距離で囁く。
「っ‼︎…は、恥ずかしいな……」
幸助は照れを隠せず、彼女の言葉に赤面する。
「ンフフフ!お主は妾のお気に入りじゃ。死んで欲しくないのじゃ。じゃから二重に加護を授けたのじゃ」
他の庇護者には見られない反応を見て、來嘛羅は艶然と笑った。
決して“真実”を言わない。その代わり、その者が妖界を変える事を心から願う。
愛情ではなく、彼らに向けられているのは慈悲である。恋愛感情など皆無であり、『九尾狐』としての伝承に従った來嘛羅には無縁なのである。
果たすべき全てを成し遂げるまで、その責務を全うする。
その意思は生まれた時より確立されていた。
來嘛羅は天女のように冷静に考えてしまうのだ。
(哀れじゃ。この者に幾ら嫉妬しようと愛そうとしてもあの二人とさほど変わらぬ。この身は、妾の思考は妖怪である以前に冷静じゃ。起伏するのもここ最近増えただけで、特に変化はない。感情が揺れないとは怖いものじゃな。雪姫は羨ましいの…人を妬む者の感情は読めぬものじゃ。妾が名を頂戴しても力が増すだけで芽生えぬか。どうやら、異能を解き明かして貰うしかなかろうか?人間が滅びゆくまで、妾は繰り返すしかないかの……)
加護を与え、その未来を見てきた。これほど明るい未来を見た事がなかったことで託したに過ぎない。
もしかしたら、幸助以外が変えれる人間がいれば誰でも良かったのかも知れない。
妖界は妖怪の為の世界ではなく、人間の新たな可能性を探究する世界だと來嘛羅は人間を導く。
二度の償いを幸助に託す。それは罪を擦り付ける行為でもあった。
漸く探し求めていた幸助の恋心の成熟は閉ざされていく。
そんな事実を知らず、三人目は前を向いて明日へ足を踏み込んだ。




